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甲子園に導いたボール 木更津総合

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

夏の全国高校野球選手権の千葉大会は、木更津総合が6-5で習志野に競り勝ち、2年連続で甲子園キップをつかんだ。決勝戦、木更津総合のダグアウトの隅には白球がひとつ、置かれていた。ボールには、ベンチ入りを逃した3年生部員の激励のコトバが黒マジックで書きこまれていたのである。

ベンチ入りメンバーは20人で、うち3年生が半分の10人だった。ベンチ入りから漏れた3年生の7人がそれぞれ、書いた。<自分を信じろ><みんなで甲子園だ><おれたちの夏><辛くなったら元気だぜ><ブルペンは任せろ><何かあった時、おれを思い出せ><スタンドを見てみろ>。ある3年生部員は応援団長として、炎天下のスタンドで声をからした。

ベンチ入りした木更津総合の選手たちは窮地に立てば、このボールを見て奮起したかもしれない。寄せ書きのボールからは、高校球児らしい「チーム一丸」がみえる。「よく勝ったなあ。いやもう、信じられません」と、ベテランの五島卓道監督は逆転勝利に顔をくしゃくしゃにした。

「ボールには、目に見えない何かがあるのかな。ぼくは(控えの)3年生がなんでやったのか、わかりません。ほんと控え選手がいっぱいいますけど、彼らも一生懸命、チームのために頑張っていますよね。学年全体で勝利に協力するんだとの思いでしょ。ぼくは素晴らしいことだと思いますね」

ことしの3年生は総じて、入学した時から、周りの学年と比べ、打力が弱かったそうだ。とくにスイングスピードが遅いのだ。タイミングは天性のものだが、スイングスピードは練習で何とかなる。ずっと、この学年だけ、土曜日、日曜日の練習では1時間前に集めてスイング練習を課してきた。

「頭にきた選手もいると思いますよ」と五島監督が説明する。「でも、スイングをはやくするためには、たくさんスイングをしなきゃダメなんです。ティーバッティングでごまかすんじゃなく、しっかりスイングをしろと言い続けてきました」

結果、4番の谷田のごとく、スイングスピードがはやいバッターが生まれた。この日の一番の勝因はもちろん、前日準決勝の延長13イニングに続き、粘り強いピッチングで連投した2年生の千葉投手の踏ん張りだが、3年生の谷田や逆井の打撃も見逃せない。

木更津総合の勝負強さと、チームの結束力の強さは無縁ではなかろう。最上級生の雰囲気が、チームの空気をつくる。打線に昨年ほどの破壊力がなくても、守備でミスをしても、勝利をあきらめない。序盤の3点のビハインドも、4回の一挙4点の猛攻で逆転した。

相手の反撃をしのいで、ついに戦国千葉を制した。五島監督が不思議そうな顔で続ける。

「野村監督(克也=元楽天監督)が言うところの“勝ちに不思議の勝ちあり”でしょうか。そういう学年なんです。粘り強いといえば粘り強いし…。3年生は人のいいやつばっかりなので、下級生がこう、活躍できるのでしょう。(試合に)出ないけれど、”がんばってよ“と」

高校野球はこうでなくては。チームワークのシンボルが、寄せ書きされた白球なのだ。次は甲子園球場のダグアウトの隅に置かれることになるのだろう。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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