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地域対抗戦でゴールデンカード実現! 藤井聡太八冠(中部)が羽生善治九段(関東A)に勝利

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 3月30日。ABEMA地域対抗戦・準決勝、関東A-中部戦が放映されました。 

 6局目では▲羽生善治九段(関東A)-△藤井聡太八冠(中部)のゴールデンカードが実現。結果は128手で藤井八冠が勝利。中部が5勝1敗で決勝に進みました。

エース2人、予選で圧倒的な成績

 将棋連盟創立100周年を記念しておこなわれる地域対抗戦は、5人1チームの団体戦です。

 羽生九段が監督を務める関東Aは木村一基九段、佐々木勇気八段、近藤誠也七段、石井健太郎六段(現七段)という手厚いメンバー。

 一方の、杉本昌隆八段が監督を務める中部は、藤井八冠、豊島将之九段、八代弥七段、服部慎一郎六段と、こちらもスキのない顔ぶれ。

 どちらのチームも優勝候補といえます。

 出場棋士を決める監督の采配も、試合のゆくえを大きく左右します。先発3人を決め、以後の進行によって「棋士チェンジ」ができるというルールで、先発の2番手にエースを置くのが定跡となっているようです。

 予選では、関東AはAリーグ、中部はBリーグに入りました。

 監督にしてチームのエースである羽生九段。個人成績は9勝1敗という、圧倒的なものでした。

 関東Aは1回戦で関西Aと対戦。2番手で登場した羽生九段が4連勝し、5勝1敗で試合を制しました。

 1位決定戦では中国・四国と対戦。試合はフルセットにまで持ち込まれ、羽生九段は最終9局目で菅井竜也八段に敗れ、4勝5敗となりました。

 2位決定戦では北海道・東北と対戦。2番手で登場した羽生九段がまたも4連勝で、チームは5勝1敗。予選通過を決めました。

 藤井八冠の予選での成績もまた、9勝1敗でした。

 中部はBリーグ1回戦で関西Bと対戦。2番手で登場した藤井八冠が5人抜きを達成しています。

 続く1位決定戦では九州と対戦。2番手の藤井八冠は佐々木大地七段に敗れています。チームが1勝4敗で追い込まれたあと、藤井八冠は再び登場。そこで4人抜きを達成し、再びチームを勝利に導きました。

角換わり最前線

 本局は中部4勝、関東A1勝という状況での対戦でした。

 羽生九段先手で、戦型は角換わり腰掛銀。互いに間合いをはかり合う進行の中で、40手目、藤井八冠が5二の玉を5一に引くと、両チーム控え室がざわめきました。

(関東A)

佐々木「難しい・・・。新手ですよね」

木村「△5一玉で待つって、ないよね。見たことあまりないですね。結局同じになるのかな」

(中部)

杉本「これ、普通でしたっけ?」

豊島「いや、あまり見たことはないです」(笑)

 超早指しの地域対抗戦。そう話している間にもどんどん進んでいきます。羽生九段が仕掛け、戦いが始まったあと、49手目、▲6五歩と動いていったのが、驚きの構想でした。

石井「それは知らないですね」

木村「いつ考えてるんですか、っていう感じの」

 実はこの手は、NHK杯準々決勝▲中村太地八段-△羽生九段戦で現れたものでした。

 結果は羽生九段が勝ったものの、中村八段がずっと温めていた新手▲6五歩は非常に有力でした。今度はそれを羽生九段が自身で採用してみたというわけです。

 地域対抗戦が収録された日には、まだNHK杯は放映されていなかった。そこで最新形に詳しい棋士たちもびっくりしていたわけです。

佐々木「え、でも、すぐ指した」

 藤井八冠は手を止めることなく、最善手で応じていきます。おそるべきことに、事前研究でカバーしていた範囲だったのでしょう。そして、佐々木八段、豊島九段もまたこの定跡を知っていました。

佐々木「早いねー」

木村「ひょえー。なんでこんなに早いの?」

佐々木「いや、これすぐ出てくるの、ヤバすぎるけどな」

杉本「とりあえずすごい進んでるね。これはどこまで定跡なのか」

豊島「なんでしたっけ、これ。ああ、あったな」

杉本「すごいな」

八代「なにも言えないんですけど」(笑)

豊島「でもなんか、見たことはあります。ちゃんとやれば、先手がちょっと無理だったような気がするんですけど」

 藤井八冠は時間を使うこともなく、自陣に角を打って受けます。

佐々木「マジか。すぐ打ってくるのヤバすぎるけど」「これは相当マニアック定跡ですけどね」

豊島「でもなんか、まだ研究してそうですね。藤井さんは」

藤井八冠、リードを奪う

 進んで60手目。藤井八冠が打った桂が、力のこもった受けでした。

羽生「途中までは一応考えてた順になったんですけど。その想定からはずれたあとに、すぐ間違えてしまった気がします。△3一桂と打たれたのがちょっと意外な手で。そこまでちょっと手を入れてくるとは思ってなかったので。ちょっと意表を突かれましたね」

 進んで4図は、羽生九段が▲2四歩△同角と突き捨てを入れたところです。

 コンピュータ将棋ソフト(AI)が示す評価値はわずかに藤井よし。しかし羽生九段の側から一方的に攻めが続きそうなところだけに、簡単ではありません。

 4図から羽生九段は▲5三桂成△同金▲7三角と進めました。しかし△6四銀▲6二角成△6一銀と進んでみると馬がつかまっている形。藤井八冠が大きな駒得をした勘定で、はっきり優位に立ちました。

 戻って4図では▲2四同飛と切る手が有力で、終局直後、藤井八冠はそれをすぐに指摘しました。

藤井「▲2四歩△同角に切って・・・」

羽生「ええ、そうですね。それをやるしかなかったですかね。(▲1五香△同香)▲3三歩△4二金・・・」

 とはいえ、藤井八冠が6一に打った銀は、遊びそうなポジションです。しかしそこをうまく活用。銀が2枚縦に並んだ美しい形を築きました。

佐々木「いやあ、この銀、絶品だなあ」

近藤「絶品ですね」

杉本「磁石のようにくっつくなあ。大山名人みたいな」

八代「いや、そう言おうと思いました」

杉本「大山名人が居飛車やったら、こんな感じですよね」

 銀は縦でも横でも、2枚並ぶ形が美しい。大山康晴15世名人を思わせる受けの好手順が出て、形勢は藤井八冠優勢です。

藤井「こちらが受けに回る展開で。かなりきわどい変化があって。ちょっと危ないかなと思いながら指していたんですけど。途中からは少し手厚い形にできたかなと思います」

羽生九段、差を縮める

 やや苦しくなった羽生九段。しかしもちろん、簡単には崩れません。藤井陣にじっと角を打つ、羽生九段らしい曲線的な指し回しで、逆転の機会をねらいます。

 対して藤井八冠は、このタイミングで左端9筋を突っかけます。

杉本「そこなんだ」

木村「そっからですかー。急にやられると、しびれるねえ、その手はねえ」

 両チーム控え室からは、異口同音にそんな声が上がります。

 羽生九段は角を成り、藤井八冠の飛車を追いながら差を縮めていきます。

木村「まあでも、少し接近したね」

石井「いやでも確かに、少しあやしい気がするけどなあ」

豊島「(首をかしげながら)しかしなんか若干、さっきよりはいやな気がする」

 羽生九段は手にした飛車を横から打ち、藤井玉に王手をかけます。

佐々木「まあでも▲4四角たたきこんで」

木村「ああそうか、そんな手があるのか」

 関東Aの控え室ではそんな声が上がっていました。藤井八冠が飛車を打つ返し技を放ってくれば、さらに中空に角を打つ返し技があるというわけです。

 はたして、藤井八冠は飛車を打ちました。

木村「(飛車を)打った! ▲4四角! ▲4四角!」

佐々木「▲4四角は?」

豊島「▲4四角は?」

藤井八冠、振り切ってゴールデンカードを制す

 両チーム控え室で声が上がったように、4図では▲4四角という鬼手がありました。△4四同飛とは取れないので△3三角と受けると▲5三角成(銀を取る)△5二飛▲同馬と進行。まだ後手がいいものの、実戦的にはかなり大変だったのかもしれません。

 本譜、羽生九段は▲4四角ではなく▲5五角と打ちました。以下は▲3三角成△同桂▲5三飛成△4八飛成と進み、藤井八冠が再び突き放したようです。

 最後は藤井八冠が羽生玉を詰ませて終局となりました。

 藤井八冠が終盤の忙しい場面で突いた9筋の歩が、最後は詰みに役立っています。

藤井「途中からはこちらが、形勢としてはよかったと思うんですけど。少しちょっと方針が立たなくて。少し対局中の気持ちとしては、ちょっと焦ってしまったところもあったかなと思います。今回は豊島九段に3連勝していただいて。それで私自身も非常に気持ちが軽くなったというか。のびのびと指すことができたのかなと思っていますし。チームとしても決勝進出ということで、非常にうれしく思っています」「これで決勝に進むことができたので、ぜひ中部に日本一を持ってこれるように、また決勝戦もがんばりたいと思います」

 日本将棋連盟会長として運営にもたずさわり、日々激務をこなしている羽生九段。地域対抗戦でも大活躍を見せましたが、残念ながらここで敗退となりました。

木村「うーん、残念。でも、強かったね」

 木村九段がそうつぶやいた通り、本局でもさすがの強さを見せました。

羽生「(地域対抗戦は)初めての試みで、どうなるかというところはあったんですけども。チームとしても、一局一局、充実して指せたかなと思います。非常に皆さん、個性派揃いというところありましたし。非常にいい雰囲気の中でチームを組めたので。皆さんには本当に感謝しています」「残念ながら今回はここで負けてしまいましたけども、次回以降もですね、引き続き変わらず声援を送っていただけるとありがたいと思っています。どうもありがとうございました」

 準決勝のもう1局、関東B(監督・渡辺明九段)-中国・四国(監督・山崎隆之八段)戦は4月6日に放映されます。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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