Yahoo!ニュース

若きトップクラス伊藤匠七段、藤井聡太叡王への挑戦権を獲得 挑戦者決定戦で難敵・永瀬拓矢九段を降す

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 3月19日。東京・将棋会館において第9期叡王戦挑戦者決定戦▲永瀬拓矢九段(31歳)-△伊藤匠七段(21歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 10時に始まった対局は17時8分に終局。結果は142手で伊藤七段の勝利となりました。

 伊藤七段は藤井聡太叡王(21歳)への挑戦権を獲得。五番勝負第1局は4月7日、愛知県名古屋市・か茂免でおこなわれます。

伊藤七段、短い持ち時間で結果を出す

 叡王戦はチェスクロックを使用。持ち時間は、段位別予選は1時間。本戦トーナメントは3時間。八大タイトル戦の中では、もっとも短い時間設定です。

伊藤「叡王戦は比較的持ち時間の短い棋戦だと思うんですけど。いままであまりそういった棋戦で、なかなか結果が出ていなかったんですけど。今期はわりと、時間が短い中でも決断よく指すことができていたのかなというふうには思ってます。いままではどちらかというと、持ち時間がある棋戦の方が結果は出ていたのかなというふうには思っています。あまり相手との持ち時間が差がつかないようにということは、意識はしていて。ただ本局は、結果的には、そういう展開にはなってしまったんですけど。ただ、そうですね、ここまでの勝ち上がった中では、比較的そういたところがうまくいってたのかなと思います。そういう(持ち時間が)短い棋戦に対してちょっと苦手意識みたいなものが少しあったので、今回、挑戦できたことはよかったと思います」

 伊藤七段は17日、栃木県日光市で棋王戦五番勝負第4局に臨み、藤井棋王に敗れて0勝3敗1持将棋で敗退しました。

 18日は移動で東京に戻り、19日には本局、叡王戦挑決というスケジュール。よく勝ち、対局数の多い棋士の宿命とはいえ、大変なハードスケジュールです。

伊藤「一日休むことができましたので、そんなにコンディション的に問題なくやれたかなと思っています」

永瀬九段、八十数手まで想定内

 振り駒の結果、先手は永瀬九段。戦型は角換わりになりました。伊藤七段は右玉に組み、深遠な駆け引きが続きます。このあたりはいつもながら、両者の事前研究の深さがうかがえるところでした。

 伊藤七段が6筋の右玉を、5筋の居玉の位置に戻したのに対して、61手目、永瀬九段は8筋に囲った玉を、7筋に引きます。持ち時間3時間のうち、ここまでの消費時間は永瀬8分、伊藤13分。ここで少しだけ伊藤七段の手が止まります。そして約5分の考慮で、飛車先の歩を交換にいきました。

 永瀬九段は桂を犠牲に伊藤七段の飛の退路を絶ち、飛の捕獲に出ます。以下はあっという間に大決戦になりました。

伊藤「▲7九玉と引かれたときに、△8六歩から一歩交換が通るかという将棋で。本譜はかなり激しい展開になったんですけど。こちらとしても、この将棋を選んだ以上は仕方ないのかなと思いながら指してました」「ちょっと本局はこちらの方がはっきり認識が不足していた印象で。▲7九玉と引かれる局面は先手がけっこう手が広い局面なのかなと思っていたんですけど。(玉を)引かれてこちらも8筋(の歩)交換を通しにいくよりないのかなと思っていて。ただ、そのあとの直線の変化が、そこまで深い認識を持っていなかったので。ちょっと問題だったかなと思っています」

 駒割は飛と金桂香の交換で伊藤七段が駒得。しかし永瀬九段が持駒にした飛ももちろん強力です。

 永瀬九段は自陣の飛を左辺に転換して伊藤陣に成り込み、81手目、持駒の飛を右辺から打ち込みます。盤上はあっという間に終盤戦に入りました。ここまでの消費時間は永瀬11分、伊藤1時間16分。おそるべきことに、ここまでは永瀬九段の想定内でした。

永瀬「(81手目)▲2一飛車までは予定で」

 ここで昼食休憩。近所のリコカレーから、永瀬九段はキーマカレー、伊藤七段はビーフカレーを出前で注文していました。

 通算勝率が8割4分近い藤井叡王。ただでさえなかなか負けないのに、リコカレーを注文すると、一度も負けたことがないというジンクスがあるようです。

 八冠を制覇した現在は、東京・将棋会館、および大阪・関西将棋会館で対局する機会がほとんどなくなり、藤井叡王がその近所の飲食店で食事を注文する機会もまたなくなりました。

 藤井叡王が対局時にリコカレーを頼むのは、次はいつになるでしょうか。

伊藤七段、正確な指し回しで勝利

 再開後、伊藤七段は自陣に角を打ちます。こんどは伊藤七段が相手の飛を捕獲し、取りにいく進行となりました。

伊藤「△2二角と打ってしまうと、先手玉を捕まえる形も難しくなるので。あまり成算はなかったですね」

永瀬「角も考えたことがあったんですけど。(その次、伊藤玉を上部から抑える)▲2五桂、変だったかもしれないので。ただ、そうですね。先手として駒損ではあるので。そこらへんの判断が難しい将棋という認識ではありました」

  終盤、リードを奪ったのは伊藤七段でした。

伊藤「ちょっとなかなか判断が難しい将棋だなと思ってたんですけど。少しずつこちらが駒得の形になってきて。少しペースをつかめていてもおかしくないかなという気はしていました」

永瀬「(92手目)△4九桂成とされた局面が、一直線というか、そういう激しい変化が少し分がわるいような気がしたので。形勢としては少し自信がない展開になってしまったかなと思って指していました」

 伊藤七段は玉の周囲を鉄壁にして、負けづらい形にしたあと、永瀬玉を寄せにいきます。対して永瀬九段は上部脱出に逆転の望みを託します。

伊藤「(104手目)△2六歩から、左辺から寄せていく方針を取ったんですけど。ただ、ちょっとそうですね。けっこう上部脱出を止められるかがわからないまま指していました」

 苦しい局面でも、不屈の精神力で指し続けるのが永瀬流。その姿勢でこれまで、何度も逆転勝ちを収めてきました。しかし本局の伊藤七段の指し回しは、ほぼ完璧でした。

永瀬「(終盤は)基本的に全然ダメなのかなと思って指していました。(入玉を目指し)難しいところがあればとは思ったんですけど。的確に捕まえられてしまったので、もう少し・・・。ただ、全体的には厳しいのかなと思ってはいました」

 142手目。伊藤七段は角金取りにと金を寄せます。駒を取られ続ける形となり、さすがの永瀬九段も手段が尽きました。17時8分、永瀬九段が投了し、伊藤七段の叡王初挑戦が決まりました。

伊藤「あまりタイトル戦で結果が出ていないので。もっとよい内容の将棋を指せるようにがんばりたいと思います」

永瀬「前期と同じ結果(挑決敗退)になってしまったので。挑戦者決定戦までは行ったんですけど、ただそこでやっぱり、あと一歩(いっぽ)が出ていない状況なので。なんとかしていきたいなと思っています」

 両者の対戦成績はこれで永瀬1勝、伊藤5勝となりました。

 伊藤七段の今年度成績は50勝17敗1持将棋(勝率0.746)となりました。

 伊藤七段は全棋士中のランキングで対局数(68局)、勝数(50勝)ともに1位。今年度、いかによく勝ったかがわかります。来年度、同い年にしてラスボスの藤井叡王(八冠)に勝てるでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

松本博文の最近の記事