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独往・山崎隆之八段、藤井聡太棋聖への挑戦権獲得! 挑戦者決定戦、佐藤天彦九段との死闘を制す

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 4月22日。東京・将棋会館においてヒューリック杯第95期棋聖戦・挑戦者決定戦▲佐藤天彦九段(36歳)-△山崎隆之八段(43歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 10時に始まった対局は20時46分に終局。結果は182手で山崎八段の勝ちとなりました。

 山崎八段は強敵を連破して、藤井聡太棋聖(21歳)への挑戦権を獲得しました。

 五番勝負第1局は6月6日、千葉県木更津市・龍宮城スパホテル三日月でおこなわれます。

序盤の駆け引きを楽しむ両者

 順位戦のクラスは、佐藤九段はA級。山崎八段はB級1組。両者はともに昨年度、残留争いの中で生き残りました。

山崎「自分がいま挑戦できるっていう感じは、ちょっと前まで、まったく・・・。たぶん、自分自身も周りも思ってなかったというか。どちらかというと、3月末は(B級1組で)降級もしそうな状態でしたし。そうですね。なんかすごく、危機感を持ってやってはいたんですけど。ただ、挑戦できるとは思ってなかったんですけど。せっかく棋聖戦、強い人とずっと当たれるんで。なんか、踏み込んで、勝負勝負でいこうみたいな気持ちが結果としてついてきたというか。すごくちょっと不思議な感じですかね」

 佐藤九段は本棋戦、2011年、15年に続いて、3度目の挑戦者決定戦でした。ずっと居飛車党でありながら、最近は振り飛車をよく採用するという棋士が少しずつ増えていて、佐藤九段はその筆頭格です。

佐藤「僕も、という言い方も変ですけど。去年からけっこうスタイルを変えていく中で。このタイミングでこういうチャンスが訪れるっていうのはあんまり思ってなかったことではあって。ちょっと自分でも意外な感じはしていたんですけれども。とはいえやっぱり、大きなチャンスではあるので。ここまで来たからには、なんていうか、それをつかめるように全力を尽くしたいなというふうに思っていたので」

 両者ともに棋界屈指の人気棋士。盤上ではどのような作戦を取るのか、最初の段階から常に注目されています。

「序盤から目が離せない」

 そんな常套句がありますが、本局などはまさにそうだったでしょう。

 振り駒の結果、先手は佐藤九段。互いに角筋を開いたあと、3手目、角筋を止めて、振り飛車模様の立ち上がりとなります。

 4手目、山崎八段は角の横に銀を上がります。序盤早々にして、早くも定跡形をはずれた駆け引きが始まりました。

 7手目。佐藤九段は向かい飛車に振りました。居飛車で数々の実績を積み重ねてきた佐藤九段。しかし最近は振り飛車を多く用いています。

 山崎八段は相振り飛車でいくのか、居飛車で対抗するのか、なかなか態度を明らかにしません。

 そこで19手目、山崎八段は8筋に角を上がって相振り飛車をけん制します。

山崎「序盤、お互い見たことない感じで。楽しい感じだったですかね」

佐藤「本当に序盤は、最初の最初から、前例のないような将棋になって。ある意味・・・。そうですね、山崎さんが言われていたように、面白いというか、お互い持ち味が出るような将棋になったかなとは思っていたんですが」

ちょいワル逆転術

 駆け引きの結果、佐藤九段の向かい飛車に対して、山崎八段は居飛車で臨むことになりました。

山崎「序盤は積極的に動かれて。ちょっと怖かったところはあったんですけど。欲ばらずに丁寧に指して。難しいけど、最初はそんなに不満もないのかなと思ってたんですけど」

佐藤「振り飛車としては左辺のつくりが軽い感じはあったので、そのあたりどう耐えられるかというところではあったんですけど」

 見応えのある長い中盤戦が続く中で77手目、佐藤九段は左側の桂を跳ねていきます。振り飛車党であれば指がしなりそうな味のよい桂跳ねで、佐藤九段がペースを握りました。

山崎「あんな桂、きれいにさばかれる人、いるかな」

 終局直後、山崎八段は頭を抱えながら、そう苦笑していました。

山崎「中盤以降ちょっとこちらの指し手がたぶん、まずくて。きれいにさばかせてしまったので。中盤からはちょっと少し苦しくなってきた気はしてました」

 山崎八段はかつてNHKで「ちょいワル逆転術」という講座を担当していました。少し形勢を損ねてからの勝負術が、山崎将棋の真骨頂です。苦しいながらも相手に決定打を与えず、自陣の駒を活用し、逆転の機会をうかがいます。

佐藤「中盤をなんとか乗り越えて、模様がいい局面もあったかなという気はしていたんですけれど。ただちょっとその先に進めなかったというか。相手の王さま、ちょっと手をつけるそのタイミングをうかがっていたんですけど。微妙になんていうかその、ちょっと攻めていきづらい感じ。厳密には何かタイミングがあったかもしれないですけど。ちょっとこちらとしても、はっきり攻めに転じることできるタイミングをつかめなかったというのがあって」

 棋聖戦挑戦者決定戦の持ち時間は各4時間。両者ともに持ち時間が切迫する頃には、形勢はほぼ互角へと戻っていました。

山崎八段、死闘を制して挑戦権獲得

 長い中盤が続き、いよいよ終盤へ。山崎八段は相手の弱点である端を攻めます。形勢はむしろ、山崎八段が逆転しているかとも思われました。しかし佐藤九段も流れがよくない中、最善を尽くしてがんばり続けます。本局を観戦する人々からは次第に「名局」という声が上がり始めました。

 佐藤九段の大師匠は、振り飛車の達人である大山康晴15世名人(1923-92)です。もし昭和の時代にインターネット中継があったならば、本局のような中終盤がリアルタイムで見られたのでしょう。

山崎「自信ないときと、少しよくなったなっていうときが、少し揺れ動いてたかなっていう感じだったですね。(端を攻めたあたりで)一瞬、手応えが逆転しかけてるかなと思ったんですけど。そのあとちょっと、端(に垂らした歩)を払わせてしまった。弱い手を指したんで、またよりが戻ったかなっていう感じで」

佐藤「ちょっと旗色がわるくなって。そのあとまたちょっと、そのへんはもうお互い時間がないので、いろいろあったかなと思うんですけど」「厳密には、なんかどっかで攻めるタイミングはあるんじゃないかなとは思ってたんですけど。ちょっとなんか、そういう展開に入ったときはけっこう、秒読みというか。ちょっと精査して、攻めを繰り出す時間がなかったというか。そのあたり、もしなにかあったとしたら、見つけることができないといけなかったのかもしれないですけど。実戦でやっていた中では、わからなかったという感じでしたね」

 149手目。佐藤九段は相手陣へ飛車を成り込みます。相手の龍で自陣の銀はタダで取られる。それを百も承知の上での勝負手でした。対して山崎八段はきっぱりと銀を取り、さらには龍と金を刺し違え、一気に佐藤陣を薄くしました。

 そして156手目。山崎八段は自陣に金を打ちつけます。いかにも情念がこもったかのような一手。自玉の周りには金3枚と馬1枚という鉄壁ができあがり、容易には負けない形となりました。

山崎「終盤、いつも通り疑問手でっていう感じで。わるくなってから、勝負手、勝負手っていう感じで。ちょっと、いつも通りという感じの指し方で。本当は中盤、もうちょっとうまく指したかったなっていう感じなんですけど。まあ、いつも通り、ちょっとブレのある将棋でした」

佐藤「最後は手厚く、戦力にちょっと差がある展開になってしまったので。そのあたりが勝敗につながったかなという感じがしています」

 右端に追い詰められた佐藤玉は、ほぼ受けなしに追い込まれます。対して山崎玉は中段に追われながらもつかまらない形。佐藤九段が自陣に2枚の龍を引きつけて最後の勝負に出たのに対し、盤上中央追われた山崎玉は、両脇を2枚の桂、頭を1枚の成桂に守られて盤石の形。

 佐藤九段が1枚の龍を切り、銀と刺し違えたのに対して、182手目、山崎八段はその龍を成香で取り返します。攻防ともに手段の尽きた佐藤九段がここで投了し、ついに大熱戦に幕がおろされました。

 かくして今期棋聖戦五番勝負は、八冠独占中の王者・藤井棋聖に、実力は十分にありながら、まだタイトルを取ったことがない山崎八段が挑むという構図になりました。

山崎「実力差があるのはわかってはいるんで、作戦をしっかり考えて。少しでもチャンスのある将棋。チャンスのある五番勝負したいというか。将棋、一局、見てる方に、最後、ちょっとわからないような、将棋になるように、これからまた、よりがんばりたいと思います」

 山崎八段と佐藤九段の対戦成績は山崎7勝、佐藤5勝となりました。

 終局後、今後もいまのスタイルを続けていくのかと問われた佐藤九段は、次のように答えていました。

佐藤「けっこう気分屋のところまであるんで(笑)。ちょっとどうなるかわからないんですけど。今日の今日というか、いまのいまはそういうつもりではありますけれども。ただ、その戦法云々もありますけど。今日の将棋もそうですけど、勝負は勝負で大きなものではあるんですが。ちょっとした、なんていうか、自分の中での面白みとか楽しみみたいなものを見出しながらやってるのが、最近、いい面としてはある気がするので。そういうところは大事にして続けていきたいなとは思います」

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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