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増田康宏七段、A級昇級は持ち越し 羽生善治九段は木村一基九段に敗れる B級1組10回戦

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 12月21日、第82期順位戦B級1組10回戦の対局がおこなわれました。結果は以下の通りです。

増田康宏七段(8勝2敗)●-○澤田真吾七段(6勝4敗)

糸谷哲郎八段(5勝4敗)●-○屋敷伸之九段(5勝4敗)

羽生善治九段(5勝4敗)●-○木村一基九段(1勝8敗)

山崎隆之八段(5勝4敗)○-●横山泰明七段(1勝8敗)

大橋貴洸七段(5勝4敗)●-○近藤誠也七段(5勝5敗)

佐藤康光九段(4勝5敗)●-○三浦弘行九段(4勝5敗)

千田翔太七段(6勝3敗)空き番

増田七段、A級昇級は持ち越し

 ▲屋敷九段-△糸谷八段戦(大阪)は後手・糸谷八段の一手損角換わりから、両者とも早繰り銀に。この戦型特有の激しい進行となりました。屋敷九段が角を取らせる代償に桂を取りながらと金を作ったのが的確な踏み込みで優勢に。最後は屋敷九段が糸谷玉を即詰みに打ち取り、19時19分、91手で屋敷九段の勝ちとなりました。

 糸谷八段は持ち時間6時間のうち、半分近い2時間55分を残しての敗戦。早見え早指しのスタイルなので、たまにはこうしたこともあるのかもしれません。

 ところで現在のB級1組でもっとも多いのは森信雄七段門下で、山崎八段、糸谷八段、澤田七段、千田七段の4人を数えます。今期、この4人には昇級の可能性が残されています。

 ▲大橋七段-△近藤七段戦(東京)は、所司和晴七段門下の同門対決。近藤七段は前期、昇級争いで次点でした。A級には両者にとって偉大な兄弟子である、渡辺明九段(前名人)が待っています。

 大橋七段先手で、角換わりから相腰掛銀の駒組に。この戦型もまた、戦いが始まると一気に終盤へとなだれこみます。先に相手玉に迫る形をつくったのは近藤七段。大橋七段からの反撃をしのいだあと、大橋玉を詰ませて、19時51分、80手で近藤七段の勝ちとなりました。

 ▲澤田七段-△増田七段戦(名古屋)は相掛かりに。53手目までは前例のある進行で、それを離れたあとは両者とも時間を使い合う、難しい中盤となりました。

 3敗だった糸谷八段と大橋七段が比較的早い時間に敗れ、4敗に後退したため、増田七段は勝てば昇級という展開になりました。同じ対局場であれば他の対局の結果を知る可能性もありますが、今節では違います。もっとも、この日のうちに昇級が決まるには、増田七段自身が勝つよりないという条件に変わりはありません。

 コンピュータ将棋(AI)が示す評価値の上では、増田七段リードで迎えた最終盤の108手目。持ち時間6時間のうち、残りは澤田21分、増田1分。時間が切迫する中、増田七段は自陣に手を入れて受けるか、それとも澤田玉に迫るかという難しい選択を迫られていました。そしてギリギリまで考えて、後者を選びます。深夜の順位戦では、指運(ゆびうん)というよりないのかもしれません。

 109手目、澤田七段は12分考え、歩頭に桂を打ちます。これが厳しい王手。増田玉には即詰みが生じていました。

 113手目、銀打ちの王手を見て、増田七段は投了。以下、手数はかかるものの、増田玉はきれいに積んでいます。

 増田七段は8勝2敗となり、今節でのA級昇級は決まりませんでしたが、依然成績トップで変わりはありません。一方、地力を発揮した澤田七段は6勝4敗。昇級争いで浮上しました。

木村九段、羽生九段に勝って今期初白星

 棋聖戦五番勝負や王位戦七番勝負などで数々の名勝負を繰り広げてきた羽生九段と木村九段。順位戦ではA級で過去に2局対戦し、B級1組では初めての顔合わせとなります。

 本局▲羽生九段-△木村九段戦(東京)は相掛かり。羽生九段が積極的に動いていくのを木村九段が受けて立つ、両者の棋風がよく表れた進行となりました。

 中盤でリードしたのは木村九段。そこを羽生九段が追い込んでいきます。羽生九段が中段に角、角、成銀、銀と強力な4枚の攻め駒を並べたのに対して、木村陣の二段目には、頑強な受けの歩が3枚並びました。

 終盤の130手目。木村九段は香を打ち、羽生玉に迫ります。ここで評価値はまったくの五分に。筆者手元のソフトが示した見解は、両者が最善を尽くすと千日手になるというものでした。

 140手目。羽生九段が木村陣に攻めに銀を打てば、木村九段も受けに銀を打ち返すのが最善。そうなれば銀を取っては打つを繰り返す、千日手になったのかもしれません。本譜、羽生九段は自陣に手を入れて受けます。木村九段からの追及が見えているだけに怖いところですが、この呼吸もまた、羽生九段の強さを示した場面だったのかもしれません。

 進んで羽生玉は上部へと逃げ出します。互いの玉が接近し、白熱の最終盤となりました。

 150手目。木村九段は自玉に金を打ちつけます。受けながらも相手の角を攻める、迫力ある攻防手でした。

 対して151手目。羽生九段がじっと角を逃げた手が、敗着となったようです。

 158手目。木村九段は桂を打ちます。自玉をにらむ相手の角筋を止めながら、相手玉に王手をかける、ぴったりとした、最後の決め手。羽生九段はそこで潔く投了し、大熱戦に幕がおろされました。

 激務の会長職を務めながら、トッププレイヤーとして各棋戦で活躍を続け、A級復帰を目指す羽生九段。本局の敗戦で一歩後退となりましたが、今節は総じて上位陣が崩れたため、まだ昇級のチャンスは残されています。

 すでに降級が決まっていた木村九段は全力を尽くし、辛抱を重ね、二転三転の最終盤を制して今期初勝利をあげました。その相手がレジェンド羽生九段。深夜まで勝負のゆくえを見守った観戦者にとっては、なんともこたえられない一局となりました。

 この日、日本将棋連盟が公開した映像には、木村九段の姿も出てきます。

 2019年、史上最年長46歳で初タイトルの王位を獲得した木村九段。「百折不撓」の精神で、いまも戦い続けます。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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