Yahoo!ニュース

若き王者・藤井聡太竜王(20)同学年の大器・伊藤匠五段(19)との初手合を制す NHK杯2回戦

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 9月11日。第72回NHK杯テレビ将棋トーナメント2回戦▲藤井聡太竜王(20歳)-△伊藤匠五段(19歳)戦が放映されました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 結果は116手で藤井竜王の勝ちとなりました。

 藤井竜王は3回戦に進出。三浦弘行九段-佐藤天彦九段戦の勝者と対戦します。

同学年の王者と大器

 藤井竜王と伊藤匠五段は同じ2002年生まれです。

 両者は同学年ながら誕生日の差で、現在は伊藤五段が現役最年少棋士です。(10月からは17歳の藤本渚新四段が現役最年少)

 藤井竜王にとっては、公式戦で自分より若い棋士と指すのは初めての経験となります。

 四段に昇段して棋士になったのは、藤井現竜王は2016年10月。よく知られているように、史上最年少14歳2か月でした。

 伊藤現五段は2020年10月、17歳で四段に昇段しました。

 対局開始前、両対局者は次のように語っていました。

藤井「伊藤五段とは公式戦では初対局になりますけれども、非常に活躍されている方なので、楽しみでもありますし、また自分もしっかり集中して指したいと思っています。NHK杯戦ではこれまでなかなか結果を出せていないので、今期は上を目指したいと思っています」

伊藤「そうですね、本当に藤井竜王は将棋界の第一人者ですので、今日の対戦をとても楽しみにしていました。終盤まで均衡の保たれた熱戦をお見せできればと思います」

 本局の解説は渡辺明名人。いつも本音のぶっちゃけ具合が好評です。伊藤五段の発言を受けて、次のように語っていました。

渡辺「なんかそれって、棋士はよく言うんですけど。でもなんか別に『圧勝しちゃってもいいんだよ』とかって思っちゃいますよね(笑)。よく『終盤まで均衡』とかいうけど、それはなんか負ける前提というか、ちょっと変なんですよ、本当は(笑)」渡辺「まあまあまあ、常套句ですね。棋士がよく言う。本心ではないですよ(笑)」

 言われてみるとなるほど、そうかもしれません。それぞれの棋士の本心はもちろんわかりませんが、本音はどうであれ、そうした謙虚なコメントをするのが、将棋界の伝統です。

 渡辺名人はどちらかといえば若手の才能を見る目はシビアです。しかし伊藤五段に関しては「若手ではいちばん勝っていて、非常に勢いも実力もある棋士で、プロ間の評価も非常に高い」と述べています。

渡辺「このお二人の対戦って、これ今日は2回戦なんですけど、決勝戦でもおかしくないようなカードなんですよね」

 ところで同学年同士のライバルといえば、1970年生まれの羽生善治九段と森内俊之九段が有名です。基本的には、先行する羽生、追いかける森内、という関係でしたが、十代後半の頃には新人王戦や早指し新鋭戦(当時存在した棋戦)の決勝で優勝を争っています。

 羽生九段と森内九段がはじめてタイトル戦で対戦したとき、羽生九段は七冠制覇を達成していました。

 森内九段の歩みが遅かったわけではないのと同様に、伊藤五段の歩みも遅くはありません。むしろフルシーズン参戦1年目で新人王戦優勝、C級1組昇級、勝率1位など、将来を嘱望される若手としては順風満帆すぎると言っていい。森内九段、伊藤五段ともに、同学年に規格外すぎる早熟の大天才がいたのが運命的です。

渡辺「伊藤五段も勝率的には昨年度も8割を超えて(中略)本当ならタイトルはたぶん、すぐ取れてもおかしくないぐらいの勝っぷりなんですけど。ただやっぱ同学年にこういう人がいると、仮に挑戦者とか行ってもね、簡単じゃないんで。そういう意味ではもう、藤井竜王に勝たないと、っていうのがね。もうたぶん、伊藤五段にとっては棋士人生の中でずっとそれがテーマになるっていうことですよね」

藤井竜王、機敏に仕掛けてリード

 振り駒の結果、先手は伊藤五段に決まりました。両者「お願いします」と一礼して、対局開始。伊藤五段が初手を指す前に、藤井竜王は湯呑を手にして、お茶を飲みました。

 戦型は両者得意の相掛かり。新人王戦の記念対局でも同じ戦型となり、結果は藤井竜王の勝でした。現代将棋の最前線。本局でも、両者ともによどみなく、すらすらと手が進んでいくところからも、研究十分であることをうかがわせます。序盤における端の突き合いなども、なんだか意味深な感じです。

渡辺「なんか意味はあるんでしょうけど。ちょっといまの段階ではわかってないんですけど、私は(笑)」「なんかあるんだろうなあ、きっと意味が」

 名人にわからないのであれば、当然ほぼすべての観戦者もわかりません。

 角交換のあと、両者は似たような陣形で駒組を進めていきます。

 48手目。まず仕掛けたのは後手番の藤井竜王でした。これが機敏な動きだったようです。

藤井「仕掛けていって、難しいながら徐々にペースをつかめたのかなというふうには思っていたんですけど」

伊藤「ちょっとこちらの駒組の手順がまずくて。さきに先攻されてしまって、ちょっと苦しくなってしまったのかなと思いました」

 前傾姿勢になって考える藤井竜王。これはデビュー時から変わらない、集中しているときの傾向のようです。

藤井竜王、非凡な着想

 53手目。渡辺名人は一目の攻め筋として、金取りに歩を打つ手を示します。それで藤井竜王の調子がよさそう。しかし藤井竜王は考えた末に、相手玉とは逆方向、かつ自玉頭の歩を突き出しました。

渡辺「いやー、これはやっぱ、非凡な一手ですね」「いやー、これはちょっと、ぱっと見はわかんないですね」

 渡辺名人はそう感心します。コンピュータ将棋が示す評価値だけを見れば、渡辺名人が示した手の方が優っている。指したのが並の若手棋士なら「理解できません」と切り捨てそうな場面だったかもしれません。しかし指したのはほかならぬ、藤井竜王です。

 伊藤五段は一方的に攻められるという展開ではなくなりました。しかし手を渡されてみると、方針が難しい。考えた末に61手目、伊藤五段は相手陣に角を打ち込んで攻めに出ました。

渡辺「うおー、切るんだ! けっこう過激なんですね、伊藤五段の棋風は。しゃべり方は穏やかなんだけど」

 伊藤五段は打った角をすぐに金と刺し違え、猛攻に出ます。しかし頭を抱えているあたり、自信なさげにも見えました。

 結果的には、伊藤五段が取った方針はよくなかったようです。ただし、それをとがめた藤井竜王が強かったというべきでしょう。藤井竜王は的確に応対し、反撃。72手目、自陣に角を据えました。

渡辺「うーん、これはなんだ、ぱっと見(笑)」「現状、何を争ってんのかね。それが難しいよね」

 大局観が問われる局面。藤井竜王は正確な判断をしたようで、いつしかはっきり優位に立ちました。

棋士はなぜうなずくのか?

 藤井竜王は指を動かしながら、「うんうん」というようにうなずきます。

渡辺「うなずく人ってけっこういますけど、なんなんですかね、あれ(笑)」

 言われてみれば、なるほどという疑問です。それを最近将棋を見始めた人ではなく、百戦錬磨の名人が言うのが面白いところです。

渡辺「もう『よしよしよし』みたいな感じなんですか? 僕、うなずかないから、対局中に。わかんないんですよ。その、うなずく人の心境が」「負けてる人もうなずくんですかね、うなずく人って。ちょっとよくわかんなんいですけど、それは」「『うんうん』とか言って、指して、それ間違ってたらどうするんですかね(笑)」「だって相手の手にうなずくのはまずシャクだし。それは(自分は)しないです、絶対。なんか認めてるみたいで」

 これは一つのテーマとして探究してみると興味深そうなところです。何人かの棋士に本音を聞けば「棋士はなぜ対局中にうなずくのか」という記事が書けるかもしれません。

再び非凡な着想

 藤井竜王は時間に余裕を残したまま終盤に入ります。ここからどういう寄せの構図を描くのか。

 83手目。伊藤五段は7筋に飛車を回ります。攻防ともに効いている相手の角に当たりをかけました。

渡辺「ここはちょっと見せ場ですね」

 対応は簡単ではなく、藤井竜王も時間を使って考えます。

 渡辺名人は「プロの第一感」「寝てても読める手」として(1)歩を打ち捨て、飛車をいったん中段に呼ぶ順を示します。「大駒は近づけて受けよ」の格言通り。さらに解説を聞いてみると、なるほど、よさそうな手に思われます。

 コンピュータ将棋ソフトが最善として示すのは(2)角のうしろに歩を打って支える手でした。渡辺名人の評価は「おしゃれすぎ」。なるほど、ちょっと人間には、なかなか思い浮かばなそうな手です。

 藤井竜王は少し考えた末に84手目、歩を打ち捨てず(3)単に銀を打ちました。角取りを受けながら伊藤玉に迫る攻防手です。

渡辺「こういうところがやっぱり人と違いますよね」「絶対なんか理論的にあるはずなんですよ、思考を言語化したときに」「わかんない。興味深いです」

 そう感心する渡辺名人。ここもまた藤井竜王の非凡さが示された場面だったのかもしれません。とはいえ、藤井竜王は、ここでは失敗したと思っていたようです。

藤井「終盤で間違えてしまったところがあると思うので。そこは反省点だったかなと思います。▲7九飛車のときに本譜△6六銀としたんですけど、△7四歩とするべきだったかなと。△6六銀を打ってからはちょっと、どちらが勝ちかわからないような展開になってしまったかなと思います」

 伊藤五段は考慮時間を使って以下は30秒将棋。時間があればいくらでも読みたい場面でしょう。しかし早指しの本棋戦ではすぐに決断をしなければならない。伊藤五段は秒を読まれながら、飛車と角を刺し違えます。この順ならば、藤井竜王は先ほど1歩を打ち捨てずにすんだ得が現れます。

 86手目。藤井竜王は相手の飛車を取ろうと盤面に手を伸ばします。しかしさっと手が戻り、とっさに駒台の歩をつまんで王手をかけました。3手先に指そうとした手を、つい1手目に指してしまいそうになる。それは「棋士あるある」のようで、現実にそうしてしまった例もあります。

藤井竜王、きわどい終盤を制す

 伊藤五段も藤井玉に迫って、一手争いの最終盤。藤井竜王よしでも、一手でも誤ればすぐに逆転しそうなところです。

 108手目、一手の余裕を得た藤井竜王は満を持して飛車を打ち、伊藤玉に王手をかけます。中段に追われていく伊藤玉。詰みはないようですが、116手目、王手馬取りをかけられて、伊藤五段に勝ちはありません。

「負けました」

 秒を読まれる前に、伊藤五段は潔く投了。熱戦に終止符が打たれました。

伊藤「やっぱり先攻されてからはずっと苦しい展開かなと思っていて。最後、きわどいのかなとは思ったんですけど、ただちょっと、余されていたのかもしれないです」

 藤井竜王は終局後、すぐに笑顔になって、言葉をかわして検討を始めます。いつもであれば歳上の棋士の聞き役に回ることが多い藤井竜王。本局では比較的饒舌に感想戦がおこなわれました。

 これからも長く続いていくであろう、両者の対戦。藤井竜王は記念すべき公式戦初手合を制し、今期NHK杯好発進です。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

松本博文の最近の記事