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豊島将之挑戦者(32)封じ手は衝撃の銀捨て! 藤井聡太王位(20)は長考で応じる 王位戦第4局2日目

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 8月25日9時。徳島県徳島市・渭水苑において、お~いお茶杯第63期王位戦七番勝負第4局▲藤井聡太王位(20歳)-△豊島将之挑戦者(32歳)戦2日目の対局が始まりました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 対局がおこなわれる部屋にはまず豊島挑戦者が入室。下座に着きました。信玄袋から懐中時計を取り出し、自分から見える畳の上に置いて、鎖をくるくると巻きます。

 続いて藤井王位が現れ、上座に着きます。自分と盤の間の畳の上には、扇子を置きました。藤井王位は電子時計派です。

 両対局者の盤側には「お~いお茶」のペットボトルが置かれています。

 本局の立会人は元王位・木村一基九段(49歳)と、地元徳島県出身の武市三郎七段(68歳)。記録係は清水将馬二段(19歳、森信雄七段門下)です。

 藤井王位は駒箱から駒袋を取り出して、ひもを解きます。まれにひもが堅く結ばれていて、なかなか解けないアクシデントも生じます。藤井王位も過去にはそれで苦戦し、焦ったことがあるそうです。

 藤井王位は駒袋をさかさにして、静かに盤上に駒をあけます。そして駒の山の中から「王将」を見つけ、深く一礼をします。

 「王将」は格上の側が持つのが慣例。アマ大会などでは、王将を譲り合う光景がよく見られます。

 王位戦七番勝負のようなプロのタイトル戦では、タイトル保持者が上座に着き、王将を持つのが決まりです。王将を持つ側が「僭越ながら失礼して」という意味で、礼をするのもよく見られる光景です。

 挑戦者の豊島九段は「玉将」を据えました。以下は大橋流で駒を並べていきます。

 40枚の駒を並べ終えたあと、盤上には余った歩が2枚残されました。藤井王位は、それを駒袋にしまいます。駒袋のひもはそのままにして駒箱にしまってもよさそうですが、蝶々結びでていねいに結ぶのが藤井流です。

木村九段「それでは1日目の指し手を読み上げます」

清水二段「先手、藤井王位▲2六歩。後手、豊島九段△8四歩。・・・」

 記録係の棋譜読み上げに従って、両対局者は昨日の指し手を並べていきます。55手目、藤井王位が三段目に金を上がった局面で、豊島九段が56手目を封じました。

 後手はとても手が広く、受けるか攻めるかの方針もよくわからない。「次の一手予想クイズ」として出題されれば、大変な難問だったでしょう。

 木村九段が2通の封筒にはさみを入れ、封じ手用紙を取り出します。豊島挑戦者は持ち駒の銀を丸で囲み、8六の地点まで矢印を引いていました。

木村「封じ手は△8六銀です」

 封じ手は、どちらかといえば序中盤の無難な一手が多い。そうした中で今日は、朝から目が覚めるような、予想外の強手が飛び出しました。

 世界中でただ一人、封じ手の答えを知っていた豊島挑戦者。平然としたしぐさで悠然と、駒台の銀を手にして、相手の歩頭に打ちます。穏やかな顔をして、強烈なパンチを浴びせてくるのが豊島流です。

 奥に飛車が控えている形での歩頭銀は、部分的な攻め筋としてはまれに見られます。しかしもちろん、銀を捨てるのはかなりの代償。本局のように藤井玉が遠い状況で、成立しているのかどうか。

 ABEMAでは西田拓也五段と香川愛生女流四段が解説を務めています。

香川「・・・んっ!? ・・・えっ!?」

西田「それは予想だにしない・・・」

香川「△8六銀!? えっ!?」

 コンピュータ将棋ソフトの形勢判断がすっかりなじみあるものになった現在。人間の解説者がいなければ、こういう反応は見ることができません。西田五段、香川女流四段だけではなく、観戦する多くのファンも同様のリアクションだったのではないでしょうか。

 藤井王位はどう思ったのか。その表情からは様子をうかがうのは難しい。

木村「それでは定刻になってますので、対局を再開してください」

 両対局者は改めて「お願いします」と一礼しました。

 封じ手が予想通りであれば、相手はさほど間を空けずに指すことがほとんどです。しかし、藤井王位をもってしても、この銀打ちは予想外だったのか。藤井王位の手は動かず、そのまま長考に入りました。

 2020年の王位戦第4局▲木村王位-△藤井挑戦者戦(肩書は当時)では「△8七同飛成」という封じ手が話題となりました。

 そちらもまた、目が覚めるような一手でした。ただし木村王位も半ばは予想していた。ソフトも候補手として挙げていて、観戦者は心の準備ができていました。

 一方で本局の場合、ほとんどの人にとっては予想外の手が飛んできたわけです。

 57手目。もし藤井王位も銀を打てば、千日手コースです。しかし有利な先手番で、千日手は選びづらいか。

 考えること1時間6分。藤井王位は敢然と銀を取りました。豊島九段はと金を作って飛車先を突破。対して藤井王位は玉の遠さを主張し、受け流す方針のようです。

 局面はすでにのっぴきならない状況。一方、盤外では藤井王位のフルーツ盛り合わせの盛り付けが話題になっています。

 70手目。豊島挑戦者は藤井玉そばの桂取りに歩を打ちます。左右はさみ撃ちの態勢が作れるか。対して藤井王位はここからどう反撃していくか。ソフトが示す評価値は、やや藤井王位よしです。

 藤井王位はすぐに次の手を指さず、12時30分前、休憩に入りました。再開は13時30分です。

 王位戦七番勝負の2日目、夕食休憩はなく、終局まで指されます。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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