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渡辺明名人、1秒間に8000万手読むコンピュータを購入しディープラーニング系のソフトも導入(4)

松本博文将棋ライター
(記事中の写真撮影:筆者)

「AIイコール神」ではない

(渡辺名人が超ハイスペックのマシンを購入。ディープラーニング系のソフトも導入され、研究の準備が整って)

松本 そうだそうだ。△3一銀のやつ、やってみてくださいよ。

(△3一銀は2020年棋聖戦第2局▲渡辺明棋聖-△藤井聡太挑戦者で藤井挑戦者が指し『AI超え』『神の手』などと評判になった一手)

杉村 あれ、よくなかったですね(苦笑)

松本 まず反省から(笑)

杉村 「AIが読みづらい手はこうやって探すんですよ」というツイートの一環としてあれを出しただけなんです。

杉村 その前に豊島-永瀬戦とかの棋譜で「これも読みづらい」みたいな話をしてたんですけど。そのツイートから「棋聖戦第2局もそうでした」みたいに書いたのがバズってしまってよくなかったです。

松本 先日、ある大御所の先生にお会いしたときに「△3一銀、全然いい手に思えないんですけど。△3二金と比較してどうなんですか?」と言われました。

杉村 そうなんです。△3二金の方が最善の可能性があるくらいです。

渡辺 dlshogiは立ち上がるまでに時間かかるんですね。・・・ああ、出てきた。dlshogiは(候補手の)2番目は先手(渡辺)有利って言ってる。

松本 へえ。両方とも最初、最善は△3二金しかないって言ってるわけか。・・・あっ(水匠の候補手に)△3一銀が出てきた。(ほどなく△3二金に代わって△3一銀が最善という評価に変わる)

渡辺 新しいマシンだと、△3一銀に行くまでの時間が、前のパソコンと全然違うわけですね。

杉村 その通りですね。

松本 うちのパソコンでやっても、△3一銀が最善となるまでに何分もかかりますが、なるほど、これだとほとんど時間がかからない。

杉村 △3一銀が「神の手」って言うよりは「AIが出しづらいんですよ」っていう例だっただけなんですよね。

松本 うんうん。

杉村 よくなかった・・・(苦笑)

渡辺 ワイドショーでも言われてましたね。

松本 「AI超え」とか「神の手」とか、キャッチーですからね。

渡辺 ・・・あれ。dlshogiは△4六桂で先手よしって言いますね。

杉村 本当に最善なのかどうかは、指し継いでみないと・・・。

渡辺(△4六桂で先手よしというdlshogiの評価は)たぶん間違ってるんだけど。このへんは終盤の怪しさなんですね。

杉村 そうなんです。中終盤からやっていくと、そうなったりします。そういう場合は指し継いでみれば・・・

渡辺 どっちかがちぎれるわけですね。

杉村 その通りです。

渡辺 水匠対dlshogiになっていく。

杉村 そういうことです。

渡辺 どっかで訂正が入るんだな・・・。

松本 確かに、将棋はやっていけばどっちかが勝つから、どちらの評価が正しかったのかがわかる。

渡辺 ねえ。(しばらく先に進めて)読んでる手は一緒なんだけど、評価値は全然違うんだよな・・・。たぶんこれは水匠が合ってる。

松本 ほんとだ。でもそろそろ反省する?

杉村 そうですね。あっ、だいぶ反省し始めました。(dlshogiが不利を認め始める)

松本 じゃあこれは両ソフトの見解が分かれる典型的な例だったってことですか。

杉村 ですね。

松本 まさにDL系の弱点が出た・・・。

渡辺 ちょっと・・・。dlshogi、危険ですね(笑)。使い方が、これ。

杉村 こういう感じで負けるんですよね、dlshogi。これだと全然「dlshogi弱いじゃん」ってなっちゃうんですけど。

松本 ここだけ見たらね。

杉村 dlshogiは、読む量が少なくて、広く読むという感じではないので、そこが弱点なのかなと思っていて。だからタダ捨てとかが苦手なんだと思います。タダ捨ては通常、よくない手なので。

渡辺 でもこの段階で(評価値が)これだけ分かれるとなあ・・・。じゃあこの(中盤の深い)段階で分かれたら、水匠の方を取ればいいんですね。

杉村 ・・・と、私は言いたいです(笑)。もちろんdlshogiが正しい場合もありますが。水匠がdlshogiに負けるときは、序盤の早い段階から有利を拡大されてそのまま負けるっていうパターンが多いです。中終盤までいったら、だいたいの場合は水匠の方が終盤力があるという感じです。

松本 なるほど。

杉村 dlshogiは序中盤の精度がとっても高い。だから矢倉脇システムの先後同型とかだと、dlshogiはめちゃくちゃ強いです。

松本 へええ・・・

渡辺 そうなんですね。たいがいのソフトでは、脇システムで先手がよくするのは大変って言いますけどね。

杉村 dlshogiに序盤から先手有利と言われたら、コンピュータ同士で後手が勝つのは本当に大変です。

松本 ひええ・・・

AIによる過去の名局検証

松本 今から10年以上前の話ですけど。控え室でBonanzaでみんなで遊んでたら、ある棋士の先生から「ちょっとBonanzaに考えさせてみてください」って頼まれたことがありました。ずいぶん前に指された、その先生の生涯の一局ともいえる大一番でね。「いまだに考えてるんだけど、最善手がわからない」と。Bonanzaが示した手は、他の棋士からも指摘された手と一致してたらしいですけど、あまり納得されてる感じではなかったですね(笑)。そこからもまた、ソフトは驚くほど強くなった。いつか尋ねてみたいですけれど、もう納得できる答えが得られてるかもしれませんね。

渡辺 そうそう。仕事で過去の棋譜を解説するときに、ソフトに改めてかけるじゃないですか。そうするとけっこう衝撃的な事実がわかったりするんです(笑)

松本 あるあるですね。

渡辺 「おれの会心譜だと思ってたのに!」という棋譜が、実は全然結論が違ってたりとか(笑)

松本 ソフトで過去の棋譜を並べてみると、いろんな発見がありますね。自分が少し前に「あっ!」と思ったのは2004年名人戦第2局▲森内俊之挑戦者-△羽生善治名人戦。当時、私は中継を担当してたんですけど、横歩取り最新型で森内挑戦者の研究が深く、パーフェクトゲームみたいな完勝に見えた。61手目▲7四歩と桂取りに歩を取り込む手は『将棋年鑑』には「新手。この変化の決定版ともいえる一着」と書かれてます。で、最近、ソフトに少し考えさせてみたら、互角前後で評価が揺れるんです。そこからさらに深くソフトに読ませると、わずかに森内よしという評価に落ち着いて。仮に当時最高峰の棋譜の要所の結論が変わったからといって、名勝負の価値が変わるわけでもない。また逆に、当時の対局者のすごさがわかるということもあります。ソフトで過去の棋譜を調べてみれば、いろんな新しい発見があると常に感じています。

渡辺 僕が竜王戦で羽生さんに打ち歩詰めで勝った将棋があるじゃないですか。(2008年竜王戦七番勝負第4局▲羽生善治挑戦者-△渡辺明竜王)

松本 あの有名な。

渡辺 あれも正しくやられたら、全然ダメだったみたいです。

松本 えっ。あの局面で?

渡辺 △8九飛と打った局面で。当時はけっこう検討したんですよ。感想戦でも、後日でも。当時は「△8九飛以降、先手の勝ちはわかりません。後手勝ち」って結論だったんです。

松本 おそらく過去の文献のほとんどにはそんなことが書かれてますね。

渡辺 でもいまはソフトに検討させたら△8九飛でも先手が正しくやれば勝ちだと。

(△8九飛以下▲3八金△3六玉と進んだあと実戦は[A]▲4六金△2六玉と進んで先手は打ち歩詰めを回避できず後手勝ち。代わりに[B]▲4一飛成としておけば先手勝勢というのが最新の水匠の結論)

松本 はあ・・・。驚きました。将棋史に残る一局なので、今後はその点に触れる必要があるかもしれませんね。勉強になりました。

(その5に続く)

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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