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将棋史に残る七番勝負、いよいよ開幕! 王位戦第1局▲藤井聡太王位(18)-△豊島将之竜王(31)

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 6月29日9時。愛知県名古屋市・名古屋能楽堂においてお~いお茶杯王位戦第62期王位戦七番勝負第1局▲藤井聡太王位(18歳)-△豊島将之竜王(31歳)戦が始まりました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 先に入室したのは藤井王位でした。タイトル保持者の側が先に姿を見せるのは、近年では珍しいことです。藤井王位は白い和服の上に、透けて見えるほど薄い黒い羽織。夏の王位戦らしい装いです。

 羽生善治九段(永世王位)は次のように記しています。

(王位戦七番勝負は)開幕が七月になるので、それに合わせた夏用の着物の準備をするのですが、その絽(ろ)や紗(しゃ)の生地に和服の奥深さも感じさせてくれました。

(羽生善治『盤上の攻防 将棋 王位戦五十年』)

 藤井王位は上座に着きました。

 将棋界の現在の席次(序列)は上から順に渡辺明名人(棋王・王将)、豊島竜王(叡王)、藤井王位(棋聖)、永瀬拓矢王座、羽生善治九段・・・と続きます。

 藤井王位と豊島竜王の関係では、席次は豊島竜王が上です。ただしタイトル戦では保持者側が必ず上座と決まっているため、本局では藤井王位が上座です。

 藤井王位は2002年7月19日生まれ。愛知県瀬戸市の出身です。名古屋の東海研修会で腕を磨き、地元在住の杉本昌隆八段に入門しました。

 続いて豊島竜王が下座に着きます。

 豊島竜王は1990年4月30日生まれ。愛知県一宮市出身です。名古屋での対局は、王位、挑戦者ともにホームでの対局と言えそうです。

 元王位の豊島竜王。今期は激戦のリーグを勝ち抜き、挑決で羽生九段を降して、七番勝負の舞台に戻ってきました。

 慣習では「王将」と「玉将」の2枚のうち、上位者が「王将」を持ちます。藤井王位は駒箱を開け、駒袋を取り出してひもを解きます。盤上に駒をあけ、「王将」の駒を探したあと、小さく「失礼します」と言って一礼。所定の位置に「王将」を据えました。

 豊島竜王と藤井王位のこれまでの対局では公式戦、非公式戦を問わず、豊島竜王が「王将」を持っていたと思われます。おそらくは、藤井王位は本局が生涯で初めて、豊島竜王を相手に「王将」を持っての対局でしょう。

 両者の過去の対戦成績は、豊島6勝、藤井1勝です。

 藤井王位がこれほど負けている棋士は、豊島竜王をおいて他にいません。

 両者ともに大橋流で駒を並べ終えたあと、立会人の青野照市九段が声をかけます。

青野「第1局目ですので、振り駒となります」

 タイトル戦では第1局が始まる直前に振り駒で先後を決めます。地元首長やスポンサー関係者などが振り駒をおこなう場合もありますが、基本的には記録係が振り駒をおこないます。

 本局の記録係は地元出身で、名古屋大学の院生でもある柵木(ませぎ)寛太三段。

「柵木」(ませぎ、ませき、など)は愛知県に多い姓だそうです。柵木三段が畳の上に白布を敷き、藤井二冠の方から歩の駒を5枚取ります。

 柵木「藤井先生の振り歩です」

 両手の中で歩を振り始めたところ、1枚が飛び出してしまうアクシデントがあり、改めてもう一度。白布の上にぱっとまかれた5枚の歩の駒は、表の「歩」が3枚、裏の「と」が2枚出ました。

柵木「『歩』が3枚出ましたので、藤井先生の先手でお願いします」

 両対局者ともに対局が始まるまでに、ペットボトルの「お~いお茶」をグラスに注いでいました。

 10時。

青野「定刻になりましたので、藤井王位の先手番で初めてください」

 両対局者は「お願いします」と一礼。持ち時間8時間、2日制の長い対局が始まりました。

 藤井王位はまずグラスを手にし、「お~いお茶」を飲みます。初手は2筋、飛車先の歩を突きました。

 豊島竜王もまた8筋、飛車先の歩を突きました。

 関係者が退出する中、藤井二冠は3手目、飛車先の歩を突きます。戦型は相掛かりへと進みました。

 藤井王位が飛車先の歩の交換したあと、豊島竜王もまた交換します。

 10時半を過ぎた時点では、藤井王位が29手目を考えています。

 叡王戦五番勝負では藤井王位が豊島叡王への挑戦権を獲得しました。

 激熱の「十二番勝負」。藤井王位が豊島竜王を圧倒するようなことがあれば、将棋界は一気に「藤井時代」に入る可能性もあります。逆に豊島竜王が踏みとどまれば、「四強」の時代が続くか、あるいは豊島竜王が抜け出す可能性もあります。将棋界の熱い夏が、いよいよ始まりました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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