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渡辺明挑戦者(37)先手番を得て相掛かりに 藤井聡太棋聖(18)は堂々と受けて立つ 棋聖戦第1局開始

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 6月6日9時。千葉県木更津市・龍宮城スパホテル三日月で第92期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第1局▲渡辺明名人(37歳)-△藤井聡太棋聖(18歳)が始まりました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 近年の将棋界の慣例では、挑戦者が先に対局室に現れます。

 8時43分頃。まず姿を見せたのは、渡辺挑戦者。羽織の色は淡い緑です。

「よっ! 名人! 日本一! 待ってました!」

 最強の挑戦者、堂々の登場に、そんな声がかかりそうな場面です。渡辺挑戦者はタイトル戦番勝負の登場は38回。うちシリーズを制したのは29回です。

 渡辺挑戦者現在は名人、棋王、王将の三冠を保持。押しも押されもせぬ現棋界の第一人者です。

 渡辺挑戦者が過去にタイトル戦で歳下の棋士に負けた例は、過去にただ一度しかありません。その唯一の例が、昨年の棋聖戦です。

 8時47分頃。初の防衛戦に臨む藤井棋聖が深く一礼して対局室に入りました。

 豊島将之竜王は藤井棋聖を「国民的なスーパースター」と評しました。日曜日の本日、普段はそれほど将棋を観ないけれど、ネット中継でご覧になっているという方も多いかもしれません。

 藤井棋聖の羽織の色は薄い青。両対局者ともに、夏のタイトル戦らしい、涼やかな色合の和服姿です。

 藤井二冠は部屋の奥まで歩いたあと、もう一度一礼。まだどこか初々しさを感じさせる所作で、ふわりと上座にすわりました。

 現在の将棋界の席次は、渡辺挑戦者が1位。藤井棋聖が3位。ただしタイトル戦の場合は、タイトルを保持している側が常に上位者の立場です。

 将棋の玉の駒には「王将」と「玉将」の2枚があり、慣例では上位者が「王将」を持ちます。

 藤井棋聖は盤上に駒をあけたあと「王将」の駒を探します。それを見つけて、また深く一礼。それから所定の位置に据えました。藤井-渡辺7回目の対戦で、藤井棋聖がはじめて「王将」を持ったことになります。

 記録係を務めるのは渡辺和史四段(26歳)。2019年に四段に昇段し、今年が3年目となる若手です。

 現在の将棋界には渡辺明名人を筆頭に、渡辺正和五段(35歳)、渡辺大夢五段(32歳)、そして渡辺和史四段と、4人の渡辺姓の棋士がいます。

 ちなみに藤井は藤井聡太棋聖と、藤井猛九段(50)の2人です。

 本局は五番勝負の第1局。対局に先立ち、振り駒がおこなわれます。記録の渡辺四段が白布を畳の上に広げ、藤井棋聖の側から5枚の歩を取って手にしました。

「藤井先生の振り歩先(ふりふせん)です」

 渡辺四段が両手の中で5枚の歩をよく振ってから、白布の上にまきます。

 「歩」が2枚。「と」が3枚。

 本局の先手は、渡辺挑戦者の先手と決まりました。

 盤側には日本将棋連盟会長の佐藤康光九段と、本局立会人の島朗九段が座っています。

 定刻9時。

島「定刻になりました。挑戦者・渡辺名人の先手番で始めていただきます。よろしくお願いいたします」

 立会人の声を聞いて、両対局者は「お願いします」と深く一礼。どのような結果になっても将棋史に大きく残るであろう、歴史的な棋聖戦五番勝負が開幕しました。

 渡辺挑戦者は和服の襟元を正したあと、しばし瞑目。気息を整えていきます。現代トップクラスの対局では、対局が始まったときの気分で作戦を選ぶということは、ほぼ考えられません。渡辺挑戦者はおそらく、先手番となった場合の作戦を十二分に練り尽くしてきたでしょう。

 対局開始直後。重く荘厳な空気流れる対局室。カメラをかまえて待つ報道陣にとっては、初手を待つ時間は長く感じられたことでしょう。

 1分半ほどの時間が流れたあと、渡辺挑戦者は盤を向きます。そして初手、飛車先の歩を突きました。棋聖戦五番勝負の持ち時間は4時間。ストップウォッチ形式で60秒未満は切り捨てのため、記録としては1分の消費になります。

 藤井棋聖はマスクをはずし、いつも通り、グラスに注がれたお茶を飲みます。

 後手番を持ったときの藤井棋聖のスタイルは、デビュー以来ずっと代わりません。これまでどおり、相手がどんな作戦を立ててきても堂々と受けて立つ王道のスタイルで、飛車先の歩を突きました。

 ここで盤側の関係者や報道陣は退出。その間、渡辺名人はおしぼりで手を拭き、湯呑を口にしました。

 対局室に静けさが戻ったあと、3手目、渡辺名人はもうひとつ飛車先の歩を伸ばしました。

 渡辺名人用意の戦型は、相掛かり。矢倉、角換わりと並んで、現代居飛車の「三大戦法」の一つです。

 本局は両者6回目の対戦で現れた、朝日杯準決勝と同様に進んでいきます。その一局、渡辺名人は途中までほぼ完璧な指し回しで優位を築いたものの、最後は大逆転で藤井棋聖が制しています。

 20手目。藤井棋聖は8筋の飛車を7筋にスライドさせるモーションで、横歩を取ります。

 渡辺挑戦者は21手目を指す前に、羽織を脱いで、丁寧にたたみました。そして前例通り、1筋から歩を突っかけていきます。

 すぐあと、藤井棋聖も羽織を脱ぎます。堂々と歩を取り返し、序盤から盤面全体で激しい戦いが始まりました。

 渡辺挑戦者は桂を得しました。対して藤井棋聖は歩を多く持ち、1筋で得た香を8筋に据え、飛と香の二段ロケットを設置して、相手の弱点である角頭を攻めていきました。

 37手目。渡辺名人は角頭をケアせず手抜き、飛で香を取り返しました。前例とは離れる一手。これが用意の秘策でしょうか。持ち時間4時間のうち、消費は渡辺17分、藤井27分です。

 この次、藤井棋聖は13分で着手。角を取らず、飛香の利筋に、さらに歩を垂らしていきます。両者の指し手の早さ、そして盤上に示される華やかな手順はそのまま、事前研究の深さを物語っています。

 56手目。藤井二冠は7筋に打った香で角を取りました。この次、渡辺挑戦者が同銀と香を取り返せば、目まぐるしい振り替わりの末に、駒割は▲銀香△角の二枚換えとなります。それで形勢はほぼ互角。

 渡辺挑戦者は次の57手目を指さず、休憩に入ります。両対局者は羽織を着て、対局室をあとにしました。

 昼食休憩は12時から13時まで。夕食休憩はなく、通例では夕方から夜にかけての終局となります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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