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「助からないと思っても助かっている」忍者・服部慎一郎四段、耐え忍んでABEMAトーナメント逆転勝利

松本博文将棋ライター
(画像作成:筆者)

 5月1日。第4回ABEMAトーナメント予選Bリーグ第1試合・チーム糸谷ーチーム菅井戦が放映されました。

 結果は5勝2敗でチーム糸谷が勝利を収めまています。

忍者・服部四段、「忍」の一字で勝利を呼び寄せる

 両チーム2勝2敗で迎えた第5局。▲服部慎一郎四段(21歳)-△深浦康市九段(49歳)戦が本試合の大きなポイントとなりました。

(画像作成:筆者)
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 服部四段は2020年4月に四段に昇段しました。

 デビュー1年目から活躍し、勝率7割を超える好成績を残しています。

(画像作成:筆者)
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 深浦九段は王位のタイトルを3期獲得。順位戦ではA級に10期在籍するなど、多くの実績を残してきた名棋士です。

 服部四段先手で、序盤は矢倉模様に。新人の服部四段は深浦九段得意の矢倉を避けず、堂々と立ち向かっていきました。

 深浦九段が急戦をにおわせているのに対して、服部四段は大胆にも早囲いを選択します。一般的に、玉を二段目でスライドさせていく早囲いは、上部からの速攻に弱い形。ある程度の見通しと成算が必要です。

  歴戦の強者である深浦九段は、戦機と見て開戦。服部四段は堂々と、深浦九段の猛攻を受けて立つことになりました。

 深浦九段の攻めは急所をとらえていきます。

 本試合の解説は石井健太郎六段、聞き手は渡部愛女流三段が務めていました。いかにも危険な服部陣を見て、両者は声をあげます。

石井「いやでもちょっと危なすぎますね」

渡部「怖いですね」

石井「怖いというか・・・普通はもう、助かってない気がしますね」

 57手目。服部四段は飛車筋を止めるべく、8筋、歩の上に銀を打ちます。

山崎「上? 生きてんの?」

糸谷「えっ、助かってないでしょう、これは」

山崎「助からないと思っても助かっている」

糸谷「ほんとですか?」

 解説陣、そしてチームメイトの山崎隆之八段、糸谷哲郎八段がそんな言葉をかわしていた通り、服部四段は大ピンチに陥っていました。事実、形勢は深浦九段が圧倒的に優勢だったようです。

「助からないと思っても助かっている」

 これは昭和の巨人・大山康晴15世名人(1923-92)の座右の銘です。

 いま、わが家の宝物のなかに、二枚の陶板がある。一枚には、

「助からないと思っても助かっている」

 もう一枚には、

「一灯闇を破る」

 という文字が書いてある。どちらも故河井寛次郎氏の作で、倉敷レーヨン社長であった故大原総一郎氏から頂いた。頂いてから、もう二十余年になる。大原社長が河合氏に頼んで、私のために書いてくださった言葉だ、ということも承った。二枚とも、私にピタリの教訓である。

(中略)終盤で形勢が悪く、つい弱気が出て、あきらめに身を任そうとしたこともあった。そのとき、助からないという弱気を吹っ飛ばして、「助かっている」という気持ちで盤上を見直した。ふしぎなもので、「助かっている」と思い直したとたんに、苦戦のなかで「一灯闇を破る」手が浮かぶものである。

(大山康晴『勝負のこころ』1976年刊)

 また大山名人はよく「忍」と記号しました。古今無双の受けの達人である大山名人は、苦しい局面を「忍」の一字で耐え続け、数多くの大逆転劇を演じてきました。

(撮影:悟訓)

 将棋は逆転のゲームとよく言われます。最後の最後まで、なにが起こるかまったくわかりません。じっと辛抱を続けていれば、その辛抱が実ることは多くあります。

 さらに本棋戦は持ち時間が「初期設定5分+1手5秒」の早指しです(1手指すごとに5秒が加算されるフィッシャールール)。時間が短ければ短いだけ、普段では起こり得ないようなミスも生じます。

 深浦九段は飛車を切り捨てて銀と刺し違え、「玉は下段に落とせ」というセオリー通り、銀を打って寄せに入ります。

渡部「どう受けるんでしょうかね」

石井「いやもうこれは・・・普通は受けはないですね」

 深浦九段は時間があればもちろん、完璧に勝ちを読み切ったところでしょう。しかし残り時間は1分半と切迫しています。

 68手目。深浦九段は銀取りに歩を打ちます。同飛車と近づけてから飛車取りに金を打つ。これで決まりだと多くの観戦者の目にも映りました。しかしこの着実そのものに見える順が正着ではなく、形勢は逆転していました。

菅井「げげげ」

郷田「げげげだねえ」

 深浦九段のチームメイト、菅井竜也八段と郷田真隆九段は、いち早くそんな声をあげました。服部四段に飛車を逃げられると、どう寄せればいいのか。

 服部四段は7筋に飛車を逃げます。服部玉はいかにも寄りそうです。しかしこれが、なんと、なかなか寄らない。まさに「助からないと思っても助かっている」。その言葉通りの局面となりました。

服部「▲7八飛車回って、たしかに耐えている感じはあったので」

糸谷「そうなのか・・・」

 局後の控え室では、そんな言葉がかわされていました。

 深浦九段は飛車を取って服部玉をきわどく追い続けます。形勢は大逆転。服部四段は誤らず、正確に受け続けます。玉を上部に逃げ出してしのぎきり、105手でついに勝利を収めました。

深浦「なんかありましたか・・・?」

 投了直後、深浦九段はそう苦笑しました。忍者・服部四段の「一灯闇を破る」一手が、チーム菅井「一刀流」を破りました。

山崎「素晴らしい! 一方的に殴られて終わるかと思ったけど」

糸谷「チームの士気を上げる勝利!」

 服部四段は終局後、チームメイトからそう讃えられていました。本局の勝利はまさに値千金。チームはこのあと山崎八段が勝ち、さらにはリーダーの糸谷八段が勝って、5勝を先取しています。

 チーム糸谷「FREESTYLE」とチーム康光「シン・レジェンド」の一戦は、来週5月8日に放映されます。

(画像作成:筆者)
(画像作成:筆者)

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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