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天使の跳躍! 天国への階段? 藤井聡太二冠、美しすぎる桂馬瞬速4回ジャンプで三浦弘行九段に短手数勝利

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 4月17日。第4回ABEMAトーナメント予選Aリーグ第2試合・チーム藤井「最年少+1」-チーム三浦「シン・ミレニアム」戦が放映されました。

 結果はチーム藤井が5勝1敗で勝利しています。チーム藤井は第1試合(チーム稲葉「加古川観光大使」に5勝2敗で勝利)、第2試合と制して、予選2連勝で本戦進出を決めました。

藤井二冠、美しく華麗に勝利

 チーム三浦(三浦弘行九段、本田奎五段、高野智史五段)は前回、ベスト4に進出しています。今回のドラフトでも、三浦リーダーはメンバーを変えずに指名しました。

 その強豪チームを相手に、チーム藤井(藤井聡太二冠、伊藤匠四段、高見泰地七段)は圧倒的なスコアで勝利したことになります。

 第2局と第5局では、チームリーダーの藤井二冠と三浦九段が対戦しました。

 2回戦、後手番の三浦九段は横歩取りに誘導し、3三桂型を採用しました。メジャーな3三角型に比べると3三桂型はマイナーですが、だからこそ三浦九段はあえて超早指しの本棋戦でぶつけてきたのでしょう。

 藤井二冠はバランス、三浦九段は堅さ重視の布陣。駒がぶつかって戦いが始まると、三浦九段がペースをつかんだように見えました。

 藤井二冠は自陣がバラバラになりそうなところを持ちこたえ、反撃に転じます。逆に堅かった三浦陣があっという間に攻略されていきました。

 三浦九段が攻め合い勝負に出て、両者時間が切迫する中、最後は時計の叩き合いに。藤井二冠は誤らず正確に三浦玉を寄せきって、127手で勝利を収めました。

 5回戦は本試合のハイライトと言ってもよさそうです。あるいはもしかしたら、今回のABEMAトーナメントを通じ随一のハイライトシーンになるかもしれません。

 第2局と先後は変わって、第5局は三浦九段先手。相掛かりの立ち上がりから、7八銀型のひねり飛車模様となりました。以前からごくまれに見られた形ですが、近年では大橋貴洸六段が「耀龍ひねり飛車」と名づけ、その名称が定着しつつあります。三浦九段は2019年JT杯・豊島将之現竜王戦でこの作戦を用いて、熱戦の末に勝利を収めています。

 JT杯も本棋戦も早指し。このあたりは作戦家の三浦九段らしい戦略かもしれません。

 藤井二冠は金を2筋三段目に上がる布陣を見せました。これは珍しい形。どちらかといえば三浦九段の方が時間を先に消費する進行となりました。

 三浦九段は先に桂損をして飛車交換に持ち込みます。形勢はほぼ互角。三浦九段がうまく手を作ったかのようにも見えました。本局はここからがクライマックスです。

 42手目。藤井二冠は△3三桂。自玉近くの桂を跳ねました。

阿久津「え? ちょっと・・・」

加藤「ひょー」

 解説の阿久津主税八段、聞き手の加藤桃子女流三段は驚きの声をあげます。自陣奥、一段目の桂をじっと三段目に跳ねるとは・・・。

阿久津「ここでじっとお茶飲んでましたけど、すごいですね」

 手が広く、また忙しそうなこの局面で、じっと桂を跳ねるという発想は、ほとんどの人には浮かばないものと思われます。

 残り時間の少ない三浦九段。はっしと飛車を藤井陣に打ち込みます。藤井二冠は4秒で着手。44手目△4五桂。桂を三段目から五段目にジャンプしました。

阿久津「ぴょーんぴょーんと」

加藤「すっごいですね!」

阿久津「すごいですね、これね!」

 人間はあまりにすごいものを目にした際には笑うしかないようです。解説陣からも笑い声が聞かれました。

 わずか3手の間に、藤井二冠の桂馬は、恐ろしいまでのスピード感で躍動していきます。

 藤井二冠の△4五桂は手薄い三浦陣5七の地点(藤井二冠の側から見たら七段目)へのさらなるジャンプをねらっています。しかもそれが受けにくい。

 48手目。藤井二冠は△5七桂不成を実現させました。

加藤「不成で!」

阿久津「ついに三段跳びが来ましたよ! ぴょんぴょんぴょんと!」

加藤「すごいですね・・・。天使の跳躍・・・」

阿久津「なかなかこんなに気持ちのいい手はない」

 いわゆる両取りヘップバーン。藤井二冠の△5七桂不成は三浦陣の金2枚に当たっています。

 三浦九段は前回第3回ではチームリーダーとして大活躍し、チームをベスト4へと導いた強豪です。その三浦九段を相手に、なぜこうも鮮やかに、見たことのないような大技が決まるのか。

 藤井二冠が42手目△3三桂と跳ねた時点で、形勢はほぼ互角でした。それが48手目△5七桂不成が実現したところでは、あっという間に藤井勝勢になっています。

 桂が中央に向かって気持ちよく跳ね出していくことを「天使の跳躍」と言います。超早指しの非公式戦で生まれた棋譜ではありますが、これだけ美しい天使の跳躍が、かつてどれほど見られたでしょうか。将来『将棋大百科事典』が編纂された際には、この藤井二冠の一連の手順は「天使の跳躍」の項にその典型例として採用されるかもしれません。

 50手目。藤井二冠は△4九桂成。藤井二冠の桂は天国への階段を駆け上がるかのように、あっという間に自陣一段目から相手陣九段目に到達しました。そして最後は三浦陣の美濃囲いを構成する、玉そばの急所の金を取ってその役割を終えています。

 藤井二冠は取った金を三浦陣に打ち込み、58手目、その金で相手の銀を取ります。

三浦「負けました」

 チェスクロックの電子音が鳴り響く中、受けなしに追い込まれた三浦九段が潔く投了を告げ、藤井二冠の勝ちが決まりました。

高見「いやあ、一瞬ですね、寄せが」

伊藤「いやあ・・・。素晴らしすぎる」

高野「強いですね・・・」

本田「いやあ・・・。桂2個跳ばれるのはキツいっすね・・・」

 42手目△3三桂から始まって、あっという間に2回ジャンプが決まり、3回ジャンプ、4回ジャンプが決まり、あっという間に寄せも決まって、一瞬のうちに勝負は決しました。観戦者は「いやあ・・・」とうなるしかなさそうです。

 持ち時間が長くても短くても強い藤井二冠。超早指しの本棋戦で、また一つ伝説を残しました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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