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史上最年少名人候補・藤井聡太二冠(18)は「鬼のすみか」B級1組を1期で抜けられるか?

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

「来期のB1はすごい!」

 ほぼ毎年のようにそんな言葉が聞かれます。第79期順位戦が終わり第80期の開幕を待つ現在も同様です。

 ただ、やはり来期のB級1組は特別な感があります。それはもちろん、王位・棋聖をあわせ持つ若きスーパースター、藤井聡太二冠(18歳)が登場するからです。

「藤井聡太は1期でB1を抜けられるか?」

 それは2021年度将棋界の大きなトピックでしょう。

 幼い頃から「名人候補」の呼び声が高かった藤井二冠。順位戦では初参加以来18連勝(史上1位タイ)、現在21連勝(史上2位タイ)、通算39勝1敗(勝率0.975)など数々の記録をひっさげて、ついにB級1組昇級を決めました。

 はたして藤井二冠はB1でどれだけの成績を残せるのでしょうか。

「鬼滅の刃」が大変なブームとなった現在。「鬼」という言葉がよく聞かれるようになりました。それとは関係なく、将棋界では昔からB級1組は「鬼のすみか」と呼ばれてきました。

 将棋界の根幹をなしてきた順位戦制度は、名人1人を頂点に、A級10人以下のピラミッド構造になっています。B級1組は13人で構成され、A級に準ずるクラス。いつの時代も、A級にいてなんらおかしくないような、一騎当千のつわものが揃っています。

 藤井二冠がこれまで通過してきたC級2組、C級1組、B級2組までは全10回戦でした。今期B級1組昇級を決めたのは藤井二冠(39勝1敗)、佐々木勇気七段(72勝28敗)、横山泰明七段(130勝50敗)。いずれも順位戦対局数が10の倍数なのは、それまでのクラスが1期10局であることを示しています。

 B2までは所属棋士の数が比較的多く、対戦相手は事前の抽選によって決められていました。一方、B1はそれまでと違って、全13人のメンバーが総当たり12回戦を戦います。これ以上シンプルな方式はありません。抽選による運、不運の要素がなくなるという点では、実力者にとって望むところでしょう。

 順位戦の持ち時間は6時間。これは2日制のタイトル戦をのぞけば、現行でもっとも長い設定です。一般的には、時間が長ければ長いほど、実力が反映されやすくなります。中盤で惜しまず時間を使って考える藤井二冠にとっては、順位戦の6時間はさらに好都合なのかもしれません。

 同じ6時間でも、B2以下はチェスクロック方式、B1以上はストップウォッチ形式(60秒未満切り捨て)で少し形式が違います。

 B1以上では実質的に持ち時間が増えます。これも藤井二冠にとっては、歓迎すべき点かもしれません。

 藤井二冠の公式戦通算成績は212勝40敗(勝率0.841)です。

 藤井二冠と来期B1所属棋士との公式戦対戦成績は、27勝9敗(勝率0.750)です。

 第79期B1昇級者2人(永瀬拓矢王座と山崎隆之八段)の成績は9勝3敗でした。これはちょうど勝率0.750です。

 昇級争いで9勝3敗や8勝4敗など、同成績で並んだ場合には、B級1期目で比較的順位の低い藤井二冠にとっては不利となります。

 藤井二冠はほとんどの棋士に勝ち越しています。B1所属棋士の中では唯一、久保利明九段には2勝3敗で負け越しています。

 近藤誠也七段にはC1で順位戦唯一の黒星をつけられ、昇級を逃しています。今期で藤井二冠はその近藤七段に追いつきました。

 千田翔太七段には朝日杯準決勝で敗れ、優勝を逃しました。藤井二冠にとっては、朝日杯における唯一の黒星です。

 佐々木勇気七段には公式戦最多連勝記録を29で止められました。今期B2では藤井二冠が勝っています。

 ちなみに藤井二冠の対名人・A級の成績は32勝15敗(勝率0.681)です。

 藤井二冠には早くから、史上最年少名人の期待がかけられてきました。

 もし藤井二冠が谷川浩司九段の最年少記録を抜き、20歳で名人になるとすれば、来期B級1組を1期で抜け、来々期A級で名人挑戦権を獲得し、2023年度の名人戦名七番勝負で名人に挑戦するという道程しかありません。

「そんな夢みたいな話が現実になったりする?」

「だってここに至るまでがもう現実離れし過ぎてる。史上最年少名人だって夢じゃないよ」

「いやいや、案外あっさりとB1の鬼たちにやられちゃうこともあるんじゃないの?」

「二冠を取った勢いで王将挑戦も期待されたけれど、挑戦どころかリーグ3勝3敗で陥落だった。そうなにもかも、うまくはいかないのでは・・・」

「その王将戦リーグの永瀬戦が最後の敗戦だっけ。そこから相手もずっときつかったのに、負けなしで公式戦16連勝。もうわけわかんないね。このまま公式戦29連勝、順位戦26連勝の記録も更新するんじゃないの?」

「C1で近藤誠也に負けて9-1で上がれなかった時の再現で、また近藤戦に負けて上がれなかったりしたら熱いね・・・!」

「のちの大名人・中原誠だってB級1組1期目、最初は負けがこんで、昇級どころか降級の方を心配した。そう簡単にはいかないよ」

「でも中原16世名人は結局1期抜けしたし、それ以降、谷川17世、森内18世、羽生19世、永世名人はみんなB1は1期抜けした。20世名人候補の藤井聡太もそれに続くのでは?」

 来期B1のメンバーの表を見ながら、そんな脳内座談会が止まらなくなるファンの方も多いことでしょう。筆者もまたその一人です。今からワクワクしますね。対戦表が発表されるのは、来年度に入ってからです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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