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天才・藤井聡太二冠(18)勝負手連発でラスボス豊島将之竜王(30)に初勝利!4年連続朝日杯ベスト4!

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 1月17日。愛知県・名古屋国際会議場において朝日杯本戦1回戦▲豊島将之竜王(30歳)-△藤井聡太二冠(18歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 14時に始まった対局は15時47分に終局。結果は94手で藤井二冠の勝ちとなりました。

 藤井二冠は豊島竜王との7回目の対戦で、ついに初勝利をあげました。

 藤井二冠は4年連続で朝日杯ベスト4に進出。2月11日におこなわれる準決勝では渡辺明名人と対戦します。

藤井二冠、値千金の豊島竜王戦初勝利

 近年恒例となった朝日杯の名古屋対局。今回は同じ愛知県、一宮市出身の豊島竜王と瀬戸市出身の藤井二冠の対戦が実現しました。

 両者の過去の対戦成績は豊島竜王6連勝。そのことから、藤井二冠にとって豊島竜王は「ラスボス」であると見立てられてもいました。しかし両者の実力にはおそらく、星取りが示すような隔たりはないはず。本局ではどちらが勝つのか、ファンや関係者の間でも予想は拮抗していたことでしょう。

 振り駒の結果、先手は豊島竜王となりました。

 14時、対局開始。瞬く間に両者の駒が動き、戦型は角換わりとなりました。

 豊島竜王はオーソドックスな腰掛銀。対して藤井二冠は珍しく早繰り銀の速攻に出ました。

深浦「藤井さんも思いきったことをやりましたね」

 ABEMA解説の深浦康市九段はそう感心していました。深浦九段が見抜いた通り、豊島竜王にとっては意表をつかれた形。終局後、豊島竜王からは「準備不足だった」という言葉が聞かれました。

 藤井二冠の攻めの銀が五段目にまで出てきたタイミングで、豊島竜王は継ぎ歩攻めでカウンターに出ます。それに対して藤井二冠は豊島陣の弱点である桂頭を攻め、盤面全体で戦いが起こりました。

 豊島竜王は1回戦の飯島栄治七段戦、時間をほとんど使わずに指し進め優位に立ちました。

 豊島竜王は本局、早い段階で想定の順をはずれたか、慎重に時間を使って中盤戦を進めます。

 一方で藤井二冠は序中盤で惜しみなく時間を使うスタイル。本局では、時間の推移は豊島竜王とほぼ同じペースです。

 藤井二冠は攻めの銀を相手の守りの銀と交換したあと、その銀を豊島陣に打ち込んで金と交換します。豊島玉が薄くなり、藤井二冠の調子がよさそうなところですが、全体ではバランスが取れ、形勢はほぼ互角です。

藤井「積極的に攻めていくつもりでやっていたんですけど、手厚く受け止められる場面が多くて」

 56手目。藤井二冠は強気に飛車をぶつけました。これは目を見張るような決断です。飛車を持ち合って相手に手番を渡すので、相当の覚悟がなければ選べない順にも見えます。

 豊島竜王は残り少ない持ち時間を割いて考え、飛車交換を拒否しました。形勢に差がついたわけではありませんが、少なくとも藤井二冠の主張が通り、わずかにペースを握ったようにも見られました。

 スーツのジャケットを脱いで、ワイシャツ姿の藤井二冠。64手目、あたりになっている飛車を逃げながら5筋に展開します。藤井二冠は40分の持ち時間を使い切って、ここからは一手60秒未満で指す一分将棋。対して豊島竜王は残り9分です。

豊島「序盤は失敗してしまって。中盤は難しくなったような気もしたんですけど」

 両者の玉が位置する右辺では、力のこもったもみ合いが続きました。75手目。豊島竜王も時間を使い切り、両者ともに一分将棋。そしてきわどいながら、形勢の針は次第に藤井二冠よしに傾いてきたようです。

藤井「最後、攻め合いにいったんですけど、その判断がよかったかどうか、かなりきわどいのかなというふうに思ってました」

 豊島竜王も決断し、馬(成角)を切り、藤井陣に飛車を成り込んで迫ります。形勢は藤井よし。ただし一手でも間違えればあっという間に逆転します。両者の対戦ではこれまでに何度も二転三転の終盤戦となり、最後はいずれも豊島竜王が制しています。

 83手目。受けの難しい豊島竜王は桂を打って藤井玉への寄せを見せます。ここからがめくるめくような本局のハイライトシーンです。時間があっても難しいところで、藤井二冠はどう指すのか。まさに「指運」(ゆびうん)の最終盤となりました。記録係が秒を読み上げる声だけが対局場に響きます。

「50秒、1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「10」を読まれたら負けの一分将棋。藤井二冠は「9」まで読まれたところで豊島陣に角を打ち込み、王手をかけました。藤井二冠は頭に手をやります。

「王手は追う手」

 よく知られた格言の通り、これはあまり感触のよくない手でした。豊島玉は手に乗って右辺から中央5筋に逃げ、容易にはつかまらない形。コンピュータ将棋ソフトが示す評価値は、一気に豊島よしへと触れました。

 言うまでもないことですが、藤井二冠を相手に何度も逆転を呼び寄せているのは、豊島竜王の実力にほかなりません。その力がなければ、本局もあっという間に寄せられていたことでしょう。

 藤井二冠は盤が置かれている机の上に両ひじを置き、耳に手を当てて考えます。

「50秒、1、2、3、4、5、6、7、8、9」

 またもやそこまで読まれた藤井二冠。指は駒台の歩をつまみ、盤上8六の地点へと打たれます。

高見「ひええ・・・」

 ABEMA解説の高見泰地七段がそう低くうなりました。この歩のねらいはすぐにはわかりません。

高見「なるほど・・・。やっぱり藤井さん、さすがですね。これはすごい。わかりました、意味が」

 少し間をおいて高見七段がそう唸(うな)ったあとも、ほとんどの観戦者にはその意味がわからなかったでしょう。高見七段が大盤の上で駒を進めます。豊島竜王が受けなければ、なんと遠く8筋の歩がはたらいて、豊島玉は長手数でぴったり詰んでしまうのです。

 つまりは86手目の藤井二冠この歩打ち、一分という限られた時間の中、将棋の天才にしか見えず、また指せない手のようです。

藤井「詰めろのかけ方がわからなかったので、あのあたり、まったくわかっていなかったです」

 藤井二冠はそう謙遜するものの、天才でなければ、指がそこに伸びることはないでしょう。

 豊島竜王も自玉の詰み筋は看破しました。そして同歩と応じます。

 「8」まで読まれた藤井二冠。今度は8七へと歩を打ちます。またもや悩ましい歩打ちが飛んできました。この歩を取るべきか。それとも何か他の手を指すべきか。

杉本「△8六歩から△8七歩はすごい手でしたね」

 藤井二冠の師匠で名古屋在住の杉本昌隆八段。局後の大盤解説で藤井二冠の一連の勝負手に驚きの声をあげていました。

森内「さすがですよね、やっぱり。見せますよね」

 現地大盤解説担当の森内九段も同意しています。

豊島「最後の方、なにかチャンスがあったのかもしれないですけど、ちょっとわからなかったです。どうだったんでしょうか」

 さすがの豊島竜王も、今度は対応できませんでした。そして同金と応じた手が、ついに敗着となりました。

 藤井二冠は金がうわずって空いたスペースに2枚目の角を打ち込みます。豊島玉は受けなし。称賛すべきは、藤井二冠のケタ外れの終盤力です。

 94手目。藤井二冠はさきほど打ち込んだ角で相手の金を取ります。

「50秒、1、2、3、4、5」

 攻防ともに手段が尽きた豊島竜王。作法通り駒台に右手を乗せます。

「負けました」

 豊島竜王が投了を告げると、会場に詰めかけた多くのファンからは大きな拍手が起こりました。藤井二冠、ついに豊島竜王から初白星です。

 大盤を使っての感想戦がおこなわれたあと、両対局者はファンに向かってお礼の言葉を述べました。

藤井「今日は2局目、豊島竜王との対戦になって、とても楽しみな一戦だったんですけど。将棋の方も最後まできわどくてずっとわからなかったんですけど、自分なりにせいいっぱい指せたのはよかったかなと思っています。準決勝は渡辺名人との対局ということで、また、とても強敵との連戦になりますけど、いい将棋をお見せできるようにがんばりたいと思います。本日はありがとうございました」

豊島「序盤は準備不足だったのかもしれないですけど、中終盤はめいいっぱい指して。ちょっと一分将棋の中では、自分では判断がつかないというか。どちらか迷うような局面が多かったです。朝日杯、この数年、ちょっと成績があまりよくないので、また来年がんばりたいと思います。本日はありがとうございました」

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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