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西の天才・山崎隆之八段(39)深夜の名局を制して松尾歩八段(40)を降しA級昇級まであと1勝

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 1月14日。東京、大阪の将棋会館においてB級1組11回戦、全6局がおこなわれました。

 注目の▲山崎隆之八段(39歳)-△松尾歩八段(40歳)戦は深夜1時18分、177手で山崎八段の勝ちとなりました。

 山崎八段はこれで9勝1敗。初のA級昇級がついに目前となりました。

 敗れた松尾八段は4勝6敗となりました。

山崎八段、またもや関門突破

 山崎八段先手で、戦型は得意の相掛かり。午前中の段階で前例から離れ、互いに時間を使い合う序中盤となりました。

 山崎八段は相手の注文に応じ、2筋の飛車で遠く7筋の歩をかすめ取ります。実利を得る代償に山崎八段の飛車は元の右辺に戻ることはできず、ずっと歩越しのまま、左辺四段目に居続けることになりました。

 松尾八段は8筋の飛車の力を背景に、遠く逆サイドの端1筋を詰めます。ここは松尾八段がポイントをあげました。そして1筋のスペースを広げた効果は、はるか遠い先、終盤になってあらわれてきます。

 中盤では松尾八段がややペースをつかんでいるようにも見えました。しかし「ちょいワル」の局面でなんとかして見せるのが山崎将棋の真骨頂です。

 夜戦に入っても、長い中盤戦が続いていきます。山崎八段の飛車はいつしか自陣二段目に戻り、金を三段目に押し上げてバランスを保ちます。さらには、山崎八段の飛車は一段目を這い、右辺へと戻ります。まさに変幻自在。本局はこの飛車の動きに山崎八段の才能が表れているのかもしれません。

 長い長い中盤戦のはてに、手数はいつしか100手を超えます。そしてそのあたりからようやく形勢に差がつき初め、山崎八段がリードを奪っていきました。

 山崎有望かと見られた終盤戦。松尾八段は迫力ある追い込みで勝負に出ます。山崎側の攻防の要である飛車を再び左辺に追いやり、松尾玉は小康を得ます。やがてソフトが示す評価値は互角近くに巻き戻りました。両者ともに6時間の持ち時間がほとんどなくなった状況をあわせて考えれば、勝敗不明の最終盤と言ってもよさそうです。

 B級1組の他5局が終わったあと、本局は延々と白熱の戦いが続きました。両者の玉は中段へと逃げ出し、相入玉の可能性も考えられ始めます。

 松尾玉がついに受けなしに追い込まれたかというところ。松尾八段は山崎玉に開き王手をかけながら飛車を振り回し、自玉上部をしばる駒を払って土壇場をしのぎます。

 両者ともに時間を使い切って、あとは60秒未満で指す一分将棋。どんなドラマが起こってもおかしくはない状況の中で、山崎八段は冷静に再び上下はさみ撃ちの形を築きました。

 松尾玉はいよいよ入玉目前というところまで逃げ込んできます。そのタイミングで、山崎八段は自陣二段目に金を打ちつける鮮烈な一手を放ちました。相手のと金が利いているところで、一見、タダに見えます。しかしその金を取ってしまえば、8筋に追われた自陣一段目の飛車が遠く利いてきて、相手の1筋の龍(成飛車)を抜くことができます。

 松尾八段は指す気になれば、もう何手かは指すことができたでしょう。しかし山崎八段の名手を盤上に残したまま、次の手を指さずに投了を告げています。将棋ファンであれば思わず見入ってしまうような、激闘の余韻を伝える美しい投了図が残されました。

 山崎八段は大きな関門をクリアしてB級1組で9勝1敗。あと2戦のうち1勝でもあげれば、悲願のA級昇級です。また競争相手である永瀬拓矢王座、郷田真隆九段(ともに7勝3敗)が1敗でもすれば、やはり昇級が決まります。

 山崎八段は順位戦に参加して今期で23期目です。

 もし今期でA級昇級を達成すれば昇級までに23期を要したことになり、屋敷伸之九段の22期を抜いて史上最長記録の更新です。

 十代の頃からしのぎを削り合い、互いにその技量を認め合ってきた山崎八段と松尾八段。両者の対戦成績はこれで山崎12勝、松尾11勝となりました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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