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進撃続ける鬼軍曹・永瀬拓矢王座(28)秘策雁木で豊島将之竜王(30)を降して王将挑戦権獲得

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 11月30日。東京・将棋会館において王将戦リーグ・プレーオフ(挑戦者決定戦)▲豊島将之竜王(30歳)-△永瀬拓矢王座(28歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 10時に始まった対局は19時44分に終局。結果は128手で永瀬王座の勝ちとなりました。

 永瀬王座は渡辺明王将(36歳)への挑戦権を獲得。七番勝負第1局は1月10日・11日、静岡県掛川市「掛川城 二の丸茶室」でおこなわれます。

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永瀬王座、今期3度目の挑決でついに勝利

 振り駒の結果、先手は豊島竜王。豊島竜王と永瀬王座の過去の対戦を見ると先手の側が圧倒的に勝っています。

永瀬「自分はかなり後手番が課題だと思っていて、少しずつ改善しなければいけない、とは思っています」

 後手番となった永瀬王座。本局ではよく指している角換わりを選びませんでした。そして角筋を止めて角交換を拒否し、雁木に組みました。対して豊島竜王は右四間飛車の作戦です。

永瀬「想定はしていなかったんですけど、テーマの一つなのかな、とは思っていました。(事前研究は)そこまで深くという感じではなかったんですが、イメージがある将棋ではありました」

 解説の増田康宏六段によれば、永瀬王座はこの形について以前、かなり深く研究していたそうです。一方、豊島竜王からすれば、意表を突かれた形だったか。

豊島「ちょっとあんまり考えてない形になってしまって。準備不足だったと思います」

 37手目、豊島竜王が仕掛けて戦いが始まりました。

 昼食休憩後、永瀬王座は豊島玉の上部から反撃します。端9筋に控えて桂を打ったのに対して、豊島竜王も9筋に桂を打ち返します。部分的にはつらいと見られる形ですが、これでバランスは取れているようです。

 互いに相手陣に角を打ち込んでの攻め合い。両者ともに強気の応酬で、一気に終盤戦に入りました。

永瀬「(48手目)△3八角から△2九角成としたんですけど、自然かどうかはちょっと・・・。手としては違和感があったんですけど、代わる手がわからなかったので」

 53手目。豊島竜王は1時間11分を使い、▲4四歩と銀取りに打って攻めていきます。ここは大きな分岐点でした。厳しい攻めながら、4筋に歩が立たなくなるマイナスも大きい。

豊島「▲4九歩の底歩を残さないといけなかったような気がします」

 永瀬王座は飛角交換から豊島陣一段目に飛車を打って王手をかけます。対して豊島竜王は角を合駒。銀得という実利を得られるため、辛抱のしがいがある進行ですが、やはり受け一方で角を打つのは、少しつらいところかもしれません。

豊島「▲4四歩のあと(60手目)△6一玉が好手でわるくなってしまったような気がします。もともとちょっと(52手目)△3九馬でまずいのかもしれないですけど。ちょっと▲4四歩がよくなかったような気がします」

 67手目。豊島竜王は13分考えて▲7五歩と突き、永瀬玉にプレッシャーをかけます。しかし自陣にスキを作ってしまい、やや疑問だったようです。

豊島「終盤はダメだと思いました。(▲7五歩は)キズになるので結局ダメだと思ったんですけど、他の手ではあんまり攻めにならないので。(合駒に打たされた)▲6九角がかなりつらい形なのでちょっとまずいと思いました」

 永瀬王座は豊島竜王の疑問手を的確にとがめます。形勢の針は次第に永瀬よしに傾いていきました。

 ハードスケジュールが続く中、「軍曹」の異称通りのタフネスぶりを見せつける永瀬王座。対局の合間にはバナナを食べて、しっかり栄養を補給します。

 ただし対局者の心理として、永瀬王座は楽観していなかったようです。

永瀬「難しくて優勢は意識してなかったんですけども」

 一方の豊島竜王はその苦境を端的に示すかのように時間を削られ、次第に残り時間の差がついていきます。

 71手目。豊島竜王は24分を使い、自陣に銀を埋めて粘ります。持ち時間4時間のうち、残り時間は豊島26分、永瀬1時間15分。

永瀬「なんとなく▲7六銀の局面は少し指せているのかなあ、とは思っていたんですけど」

「若干落胆したような感じが見受けられますね」

 豊島竜王の姿を見て、解説の増田六段はそう印象を述べました。

「相手に対する信頼もあるんでしょうね。相手が間違えてくれそうだな、と思ったらやる気も出ますけど」

 充実いちじるしい永瀬王座。豊島玉の上部に桂を跳ねていけばよさそうなところ、慎重に考え続けます。増田六段によれば、形勢がいい時に時間を使って考えると、相手の士気が下がるという効果もあるようです。

永瀬「この手は何分ですか?」

記録係「35分です」

 そう確かめた後、永瀬王座は上部からではなく、側面から迫る順を選びました。残りは40分。

永瀬「▲7六銀に△4六香としたんですけど、ただ具体的に手がわからなかったので・・・。やはり難しいのかなと思いました」

 局後に永瀬王座はそうコメントしていました。ただし増田六段が感心した通り、その順は永瀬王座らしい、リスクの少ない決め方のようです。形勢ははっきり、永瀬王座勝勢となりました。

 豊島竜王は馬(成角)を取らせる間に永瀬玉を周辺の金銀をはがし、最後の寄せ合いに出ます。大駒4枚を持つ永瀬王座。対して豊島二冠は金銀8枚のうち、7枚を持っています。永瀬王座が少しでも誤れば、たちまち逆転につながるかもしれません。豊島竜王は今年度、強者を相手に何度も逆転勝ちを収めています。

 攻め合いに出ても勝てそうにも思えるところ、永瀬王座はいったん自陣に金を打って守ります。このあたり、棋風が現れたシーンなのかもしれません。

 決して勝ち急がない永瀬王座。少しずつゴールに向かっていきます。盤ににじり寄るように座り、盤を映すカメラに両ひざが映されます。

 永瀬玉もかなりきわどいところまで追い込まれました。しかし永瀬王座は一手勝ちと正確に判断していたようです。

 122手目。永瀬王座は昼食休憩再開後に打った桂を、ついに跳ねました。これが鮮やかな決め手です。残りは7分。対して豊島竜王は持ち時間をすべて使い切り、1手60秒未満で指す「一分将棋」に追い込まれます。

永瀬「最後、詰みが見えて、という感じではありました」

 どこで勝ちと思ったかと尋ねられて、永瀬王座は局後にそう答えました。豊島玉に生じた十数手の詰みを、永瀬王座はしっかりと読み切りました。

 玉を追われながら、豊島竜王はマスクをつけました。今年、将棋の公式戦で見られるようになった、終局前のサインです。そして豊島竜王はジャケットを着ます。

「負けました」

 豊島竜王が投了の意思を示して、大一番に幕がおろされました。

 不利な後手番で値千金の勝利をあげた永瀬王座。

永瀬「今日の一局を見れば、そこまで崩れずに指せたんじゃないかな、とは思います」

 永瀬王座は今年6月、棋聖戦、王位戦と続けて挑戦者決定戦で藤井聡太現二冠に敗れていました。

永瀬「やっぱり挑戦権をつかむことができてよかったと思います」

 永瀬王座は初めての王将戦リーグ参加で、挑戦権までつかみとりました。今期は叡王戦七番勝負と王座戦五番勝負で防衛戦を戦いましたが、挑戦者の側としてタイトル戦に出場するのは、昨年度以来となります。

永瀬「挑戦するのは久しぶりなので、結果が出てよかったと思っています」

 渡辺王将と永瀬王座は過去に2017年竜王戦挑決三番勝負や2018年棋王戦五番勝負などを戦っています。結果はいずれも渡辺王将が制しています。

永瀬「(渡辺王将は)番勝負でかなり持って来られる印象があります」

 両者は過去に13回戦って、成績は渡辺10勝、永瀬3勝。最後に対戦したのは2019年竜王戦1組決勝(渡辺勝ち)で、七番勝負はそれ以来の対戦となります。

 豊島竜王は王将位3度目の挑戦はなりませんでした。

豊島「挑戦はできませんでしたけど、リーグ戦で5勝するのは目標だったので、そこそこやれたかなという手応えがありましたので、また来期がんばりたいと思います」

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 来期リーグは七番勝負敗者、豊島竜王、羽生善治九段、広瀬章人八段の4人がシード。あとは二次予選を勝ち抜いた3人が加わることになります。

 豊島竜王と永瀬王座の対戦成績はこれで豊島7勝、永瀬8勝となりました。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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