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「強いよね」としか言いようがない豊島将之竜王(30)深夜の持将棋指し直し局を制して王将戦リーグ3連勝

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 10月15日。東京・将棋会館において王将戦リーグ・豊島将之竜王(30歳)-広瀬章人八段(33歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は豊島竜王先手。そして20時57分、200手で持将棋となりました。

 指し直し局は広瀬八段先手で21時27分開始。結果は0時44分、126手で豊島竜王の勝ちとなりました。

 豊島竜王はこれでリーグ成績は3連勝。3度目の王将挑戦に大きく前進しました。

 広瀬八段は1勝1敗。まだまだ逆転のチャンスは残されています。

豊島竜王、苦戦をしのいでまた勝利

豊島「持将棋になった将棋は失敗してしまった感じだったので・・・。そうですね、指し直しになったのでもう一局がんばろうと思いました」

 窮地に追い込まれながらも、相入玉で点数ギリギリの持将棋(引き分け)に持ち込んだ豊島竜王・叡王。叡王戦七番勝負での2回を含めて、今年度3回目の持将棋達成となりました。永瀬拓矢前叡王との激闘を経て、新境地に進んだところもあるのでしょうか。1人の棋士による年度3回持将棋成立は、過去にはほとんど例がありません。

 対して、有利な状況から引き分けに持ち込まれた広瀬八段。

広瀬「点数(駒数)はリードしてるんですけど、まあ、あの持ち時間で、1点、2点を守るのはやっぱり至難の業でしたね。途中、明らかに勝ちそうというのは自分の中でもあったんですけど。うーん、ちょっと、あまりやったこともないことでもあるので、どうやって(相手に取られずに自陣の駒を)逃していいか・・・」

 長いキャリアを通じて持将棋ゼロという棋士も多くいます。広瀬八段は公式戦673局目にして、初の相入玉持将棋を経験しました。

 王将戦リーグの持ち時間は各4時間。持将棋局は両者持ち時間を使い切って一分将棋となりました。指し直し局では持ち時間各1時間です。

 先手となった広瀬八段は矢倉の作戦。対して豊島竜王は竜王戦七番勝負第1局と同じ速攻を見せます。その一局は短手数52手で豊島竜王の勝ちとなりました。

 50手そこそこの短手数から、200手を超える長手数まで、どんな展開でもスキがない豊島竜王。本局も超急戦辞さずの構えです。

 対して広瀬八段は慎重な姿勢で、比較的穏やかな展開を選びました。

 広瀬八段が金銀3枚でオーソドックスな金矢倉に組むのに対して、豊島竜王は現代的な雁木。桂を跳ね出して、先攻する形を作りました。

 広瀬八段は角交換のあと、端から反撃。互いに相手陣に角を打ち込んで本格的な戦いが始まりました。

 優位に立ったのは広瀬八段。鋭く切り込んで突破口を開き、馬(成角)を渡す間に豊島玉を上部から押さえる形を作ります。

 持将棋局と同様に、再び苦しくなった豊島竜王。再び粘り強く指し続けます。銀を埋め、馬を渡す間に自玉に迫る成桂を取り去り、いつしか形勢不明へと引き戻しました。

 

 日付が変わり、対局室に記録係の秒読みの声が響き続ける中での最終盤。勝敗はまったく不明です。

 そして体が入れ替わり、攻守逆転。今度は豊島竜王が広瀬玉を寄せにいきます。形勢は逆転し、豊島勝勢となりました。

 111手目。広瀬八段は攻防に角を打って、下駄をあずけました。残り時間は広瀬2分、豊島1分。

豊島「▲6二角が(自玉への)詰めろじゃないなら、なんか勝てる手がありそうな気がしたんですけど・・・」

 時間があれば、読み切れたところなのかもしれません。しかし1手60秒未満で指さなければならない状況。さらには持将棋局も含めて、すでに14時間以上戦い続けているところです。

 112手目。豊島竜王は手厚く金を打って広瀬玉を寄せにいきます。この手堅く確実に見えた手が疑問というのですから、将棋はあまりに難しすぎます。

 113手目。広瀬八段は1分を使って下段に香を打ちます。これが絶妙のしのぎ。広瀬玉に寄せがなくなり、あっという間に形勢大逆転です。

豊島「▲7九香と受けられるのをちょっと軽視していました」

 将棋は終盤になればなるほど、一手の比重が増していきます。そして数多くある指し手の中で、正解はほとんどないという場合も多い。終盤の一手で大逆転は珍しいことではありません。しかしそれをたぐり寄せるには、もちろんそれだけの力が必要です。

広瀬「チャンスが来てるかなと思ったんですけど・・・。実際、チャンスが来たような」

 広瀬八段勝勢になったとはいえ、まだ勝ちには至りません。豊島竜王は相手が一手間違えたらまた逆転するように寄せを続けます。

 運命の117手目。広瀬八段は、受けに角を打つか桂を打つかの選択を迫られました。

広瀬「角もギリギリまで考えていたんですが・・・」

 ギリギリまで考えての選択。広瀬八段が選んだのは桂打ちでした。まさに深夜の指運という場面。途端に形勢はまた逆転。最後に勝ちをつかみ、そして離さなかったのは、豊島竜王でした。

 118手目。豊島竜王は歩を突き出します。これが広瀬玉に詰めろをかける絶妙手でした。

広瀬「本譜、△7五歩と突かれるのをうっかりしてて・・・。そこが悔やまれます」

 広瀬八段は玉をかわして応じます。しかしそれでも、十数手の即詰みが生じていました。

 秒読みの中、豊島竜王は金を捨て、さらには飛車を捨てる華麗な詰み手順を読み切りました。

 前局の藤井聡太二冠戦、広瀬八段との持将棋局、そして指し直し局と、豊島竜王はことごとく苦境を切り抜けて、勝利へとたどりつきました。

 充実の豊島竜王。これで王将戦リーグは3連勝。

豊島「いいスタートが切れたんで、そうですね、残り3局・・・。一局一局がんばりたいと思います」

 広瀬八段は1勝1敗に。

広瀬「なんとか食らいついていけるよう、がんばりたいと思います」

 豊島竜王は公式戦もことごとく強敵を破って6連勝としました。

 豊島竜王は休むまもなく17日(土)、将棋日本シリーズ・JTプロ公式戦準決勝で、渡辺明王将(名人・棋聖)と対戦します。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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