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フルーツ盛り合わせ4連投の豊島将之竜王、2枚の桂を跳ね乱戦の中で優位に立つ 竜王戦第1局2日目午後

松本博文将棋ライター
(記事中の写真撮影・画像作成:筆者)

 10月10日。東京都渋谷区・セルリアンタワー能楽堂において第32期竜王戦七番勝負第1局▲羽生善治九段(50歳)-△豊島将之竜王(30歳)戦、2日目の対局がおこなわれています。棋譜は公式ページをご覧ください。

 36手目、豊島竜王が金を逃げた局面では、豊島竜王ややリードと見られていました。

「羽生先生、残り2時間と30分です」

 豊島竜王が席をはずしている間、記録係から声がかかりました。

羽生九段「はい・・・」

 語尾を伸ばすように答えるのが羽生流です。もっとも、記録係から時間を告げられて、対局者の方は何か応じなければならない義務はありません。

 それから三十秒ほどして、羽生九段は髪をかきあげながらつぶやきました。

羽生九段「2時間と30分・・・」

 目の前に相手がいないときには、対局者の本音が漏れることがしばしばあります。羽生九段は時間を意識している。そしてその仕草、声の調子から、やはり形勢が思わしくないと感じているのではないか。そうとも推測できる場面でした。

 考えること1時間27分。羽生九段は自玉に迫る相手の馬(成角)を追い払うべく、香を打ちました。豊島竜王は冷静に馬を引いて逃げるます。そして羽生九段は桂を自陣一段目に打って補強します。

 豊島竜王は腰を落ち着けて考えます。次の手を指さず、12時30分、そのまま昼食休憩に入りました。

 休憩は1時間。

 再開を前にして羽生九段、豊島竜王の順に席に着きます。13時30分、対局再開。

 カメラを手にして写真を撮る報道陣の側からすれば、ここで何か一手を指してもらいたいと願うものです。もちろん対局者は忖度する必要はありません。報道陣が去ったあと、豊島竜王は41手目、縦に飛車を走りました。この飛車が攻めにはたらいてくれば、自然と優位を拡大できそうです。

 羽生九段は盤上右上隅の馬を、天王山の中央に引きつけます。この馬が攻防に使えるかどうか。豊島竜王は軽く歩を突き出し、中段で存在感を示している桂を支えました。

 ABEMA解説の三枚堂達也七段はAbemaTVトーナメントで羽生九段と同じチームに所属していました。その際の企画でチームはうさぎカフェを訪れています。家庭でうさぎと暮らしている羽生九段。

「ちゃんと急所をとらえてるんだと思います」

 三枚堂七段の言葉通り、羽生九段はうさぎの扱いに慣れていました。

 将棋ではよく、ぴょんぴょん跳ねてくる桂の動きがうさぎにも喩えられます。本局では豊島竜王の2枚の桂がダイナミックにはたらいてきました。それにどう対処するのがよいか。

 羽生九段は飛車を成り込みます。対して豊島竜王は46手目、桂を支えにして羽生陣の急所に銀を打ち込みました。

「居玉は避けよ」

 というのは将棋の初心者がまず習う基本です。しかし将棋というゲームは例外だらけ。達人同士の対局であっても、本局のように互いに居玉での戦いになることもしばしばです。

 居玉はなぜまずいのか。それは盤の中央一段目で、流れ弾がすぐに飛んでくるからと教わります。そして城を築いていないと、受けがすぐに難しくなります。

 本局の場合は互いに居玉なのは同じですが、先にピンチに立たされたのは羽生玉の方。現状ははっきり、豊島竜王が優位に立っています。このまま押し切ると、竜王戦七番勝負史上最短手数での決着の可能性もあります。

 15時を過ぎました。

 豊島竜王は1日目午前、午後。そして2日目午前、午後と、フルーツ盛り合わせ4連投。盤上は異例の展開ですが、盤外では豊島竜王、いつものペースです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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