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藤井聡太二冠の快進撃とともにトレンド入りしたキーワード「同飛車大学」とは結局のところ何なのか?

松本博文将棋ライター
(写真撮影:筆者)

「同飛車大学」って何?

 8月19日、20日。木村一基王位に藤井聡太棋聖が挑戦する歴史的な王位戦七番勝負第4局がおこなわれていた頃、そんな趣旨のつぶやきが多く見られました。

 20日。ネット上では「同飛車大学」(どうひしゃだいがく)という言葉がトレンドワードとして上位にあがりました。

「『同飛車大学』って、どういう意味なの?」

「そんな大学があるの?」

 ネット上ではそんな疑問も多く目にしました。

 野暮を承知でいえば、そうした大学は日本には存在しません。「同飛車(どうひしゃ)大学」とは関西の名門である「同志社(どうししゃ)大学」をもじった、将棋界独自の言い回しです。

 近年では豊川孝弘七段が多く用いる定番のフレーズとして、大変に有名になりました。

 筆者もブームに乗ってナウいTシャツを購入しました。

符号としての「同飛車」

 将棋をあまりご存知ない方のためには、ここでは符号としての「同飛車」をご説明できればと思います。

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 1図は先手の番です。縦2筋、横五段目(2五)の地点には「歩」(ふ)という駒があります。歩は1つだけ前に動かせる駒です。これをひとつ前に進めてみます。

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 2図は▲2四歩まで。先手の歩が2四に進んだところです。2四の地点では先手の歩と後手の歩がぶつかりあっています。

 後手は、いま進んできた歩を取ることができます。取った歩は持ち駒として駒台に乗ります。2四に進んできた歩を、自分の歩で取る。これを符号として読み上げると「同歩」(どうふ)と言います。

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 3図は△2四同歩と進んだところです。先手には2八の地点に飛車(略すると飛)がいます。飛車はじゃまする駒がなければ、縦と横、どこまでも進める盤上最強の駒です。この飛車で後手の歩を取ることができます。

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 4図は2八の飛車で2四の歩を取ったところです。この動きを符号にすると「同飛」(どうひ)、あるいは「同飛車」(どうひしゃ)と言います。

 1図から4図までの駒の動き(棋譜)を続けて読み上げると「▲2四歩△同歩▲同飛車」です。このやり取りは「相掛かり」(あいがかり)や「横歩取り」(よこふどり)などと呼ばれる戦型の序盤で、頻繁に現れます。

 そう。「同飛車」という符号自体は、一局の将棋でも何度も現れます。

 ただし藤井挑戦者が実戦で指した同飛車は、並の同飛車ではありませんでした。

藤井王位誕生局の「同飛車大学」

 王位戦七番勝負は2日制の対局です。1日目が終わる際には、次の手を指す「手番」の側が「封じ手」をおこないます。これは次の手を紙に書いて封筒に入れておくものです。

 その第4局▲木村王位-△藤井挑戦者戦で封じ手をおこなったのは、藤井挑戦者でした。部分A図はその局面の一部です。

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 多くの人間の目に映る常識的な手は2六の地点に飛車を逃げる△2六飛でした。一方で強いコンピュータ将棋ソフトは△8七同飛車成という、驚くべき踏み込みを示していました。

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「成」とは相手陣三段目に駒が入った場合にパワーアップする将棋のルールです。飛車の場合は「龍」(りゅう)と呼ばれる駒に昇格します。

 しかしもし△8七同飛成と指すと▲同金とされ、盤上最強の飛車と、比較的価値の低い銀の交換になります。「駒割」(こまわり)という点では、後手が大きく損をします。そんな常識外の手がはたして成立するのか?

 封じ手は常識的で無難な手であることがほとんどです。しかし他ならぬ藤井挑戦者だから、そうではないかもしれない。藤井挑戦者はここまで3連勝。そしてこの一局に勝てばストレート4連勝で王位獲得となるだけに、第4局は広く社会的にも注目されていました。それに加えて「常識外の封じ手が見られるのではないか」という期待もかかります。過去にこれほど封じ手予想で盛り上がった一夜はなかったでしょう。

 2日目朝、いよいよ封じ手が開封されます。そして藤井挑戦者はその「△8七同飛車成」を選んでいました。

 藤井挑戦者の封じ手で形勢が大きく動いたわけではありません。ほぼ互角の形勢から2日目、藤井挑戦者はおそるべき力を発揮して、勝ちに結びつけました。そして新王位誕生となったわけです。

 王位戦第2局、第3局、第4局の封じ手はチャリティーオークションに出されました。そして藤井挑戦者(現王位・棋聖)が第4局で書いた封じ手には1500万円。3通の総額では2250万円というおそるべき値がつけられました。

 筆者もニュース記事を書いた一人として同飛車大学ブーム(?)に少しは寄与できたのではないかと思っています。

 そして藤井二冠は過去に「△7七同飛車成」という歴史的な妙手も指しています。その時にもタイムリーに「同飛車大学!」というタイトルの記事を書けていればよかった。そんな反省もしました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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