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渡辺明挑戦者(36)歩頭に出た金は名人戦史上に残る妙手となるか? 七番勝負第5局2日目午後

松本博文将棋ライター
(記事中の写真撮影・画像作成:筆者)

 8月8日。東京・将棋会館において第78期名人戦七番勝負第5局▲豊島将之名人(30歳)-△渡辺明二冠(36歳)戦、2日目の対局がおこなわれています。

 66手目。渡辺挑戦者の金は五段目に出ます。これが銀取りなので、豊島名人はその銀を引きました。

 68手目。渡辺挑戦者は4筋に転回した飛車を8筋に戻しました。玉も飛車も最初の位置へ。つまり居玉に戻り、さらには「居飛車」に戻ったことになります。

 豊島名人は桂を打ち、飛車の進入を防ぎます。流れは次第に渡辺ペースとなってきたようにも思われます。

 ただしここはまた手が広いところ。渡辺挑戦者が長考に入り、そのまま昼食休憩に入りました。

 豊島名人の昼食はチキン山椒焼きでした。山椒と「3勝」をかけているのかどうか。おそらく名人は、そうした験を担ぐタイプではありません。チキン山椒焼きはいつも名人が好んで注文しているメニューでもあります。

 13時30分。

「再開時間となりました」

 立会人の屋敷九段が声をかけ、対局が再開されました。

 13時35分頃。渡辺挑戦者は駒台の角を手にして、自陣中央四段目に据えました。豊島陣の二方をにらむ筋違い角です。この一手は昼食休憩をはさんで1時間39分の消費でした。

 今度は豊島名人が考え始めます。

 ここでABEMAの「SHOGI AI」は互いの形勢を勝率50パーセントとし「読み筋 千日手」と表示しました。はたしてどういう手順で千日手となるのか? 具体的な手順が示されていなければ、そこで人間は千日手になりそうな順を考えます。

 本譜は千日手とはなりませんでした。

 豊島名人はまず渡辺陣に銀を打ち込み、縦によく利く飛車を横に追います。そして「大駒は近づけて受けよ」の格言通り、歩を打ち捨ててで筋違い角を呼び込み、金を上がって角成を受けます。

 75手目が指された時点で持ち時間9時間のうち、残り時間は豊島2時間42分、渡辺2時間51分。

 さあここでまたどうするのか・・・。観戦者にはそう思われたところで、渡辺挑戦者は考慮わずか4分で盤上に手が伸びました。そして五段目の金を手にして、△6六金。豊島陣の歩が待つ先へと金を進めました。

「おおー!」

 ABEMA解説の近藤誠也七段と本田小百合女流三段が一緒に声をあげました。おそらくは世界中の観戦者も、同様に大きな声が出たのではないでしょうか。

本田「なんかすごい手が出ましたよ」

近藤「すごい手が出ましたね。・・・いや一瞬思ったんですよ、これ。(▲6六)同歩に△4九角成ってなるんですけど・・・」

 歩の前に出た金を取られると、渡辺挑戦者の角は豊島陣一段目に成りこんで、きれいに攻めがつながります。

近藤「いや、一瞬思ったんですけど・・・。そうですか・・・」

 人は一局の将棋で何度驚くことになるのか。とりわけ本局では何度も何度も、観戦者驚愕の手を見せられています。

 名人にとっても、金出は想定内だったのかどうか。ここでまた名人の手が止まりました。

 もし△6六金から渡辺挑戦者が勝利をつかみとれば、この歩頭の金出は名人戦史上に残る妙手となりそうです。

 △6六金と歩頭に捨てる妙手といえば、2018年女流王位戦五番勝負第3局▲里見香奈女流王位-△渡部愛女流二段(肩書はいずれも当時)戦などが思い出されます。(棋譜は公式ページをご覧ください)

 また6六の地点、歩頭に駒を捨てる妙手としては2012年王座戦第4局(千日手局)▲渡辺明王座-△羽生善治二冠戦の△6六銀なども思い起こされます。(棋譜は公式ページをご覧ください)

 本局。歩頭に進められた金を前にして、豊島名人は41分考えます。そして金は取らず、自陣に銀を埋めて辛抱しました。これは渡辺挑戦者の主張が通った形にもなります。一方で、豊島名人もさすがの辛抱かもしれません。

 時刻は15時30分を過ぎました。現在は渡辺挑戦者が次の手を考えています。形勢はわずかに渡辺挑戦者がリードしているようです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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