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1日目から波乱万丈の名人戦第5局 豊島将之名人(30)が53手目を封じて終了

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 8月7日。東京・将棋会館において第78期名人戦七番勝負第5局▲豊島将之名人(30歳)-△渡辺明二冠(36歳)戦、1日目の対局がおこなわれました。

 本局は力戦形となり、1日目午前から、驚くよりない応酬が見られました。

 午後の戦いに入り36手目、渡辺挑戦者が7筋で歩を突っかけたのに対して、豊島名人は長考に沈みます。

 名人は玉に近い側の桂を端を経由して五段目に跳ねています。そしてもう1枚、攻撃陣の桂も調子よく、中段に跳ねていく手が見えます。

 名人は1時間12分考え、相手から突かれた歩をじっと取りました。あわてず騒がず、落ち着き払った姿勢です。

 渡辺挑戦者は自玉をにらむ名人の端角を追ったあと、豊島名人の桂にぶつけて自陣の桂を跳ねていきます。

 盤面左側で桂が交換されたあと、満を持して名人はもう1枚の右側の桂を跳ねていきます。

 挑戦者はあたりになっている角をどうするのか。じっと逃げるか。それとも名人の角と交換していくのか。形勢ほぼ互角の難解な中盤戦。ここは大きな分岐点です。今度は挑戦者が考え始めました。

 夕方、千駄ヶ谷の街では防災無線から「夕焼小焼」のメロディが流れ、将棋会館の特別対局室にもその音が届きます。コロナ禍の影響で、今年の名人戦は異例の将棋会館での対局が続いています。

 マスクをはずしている渡辺挑戦者。左手に扇子を持ち、盤面を見つめたり、窓の外を見つめたり、何度か首をふったり。

 豊島名人もまた盤面を見つめています。そしてときおり顔をあげ、考えている渡辺挑戦者を見つめます。

 渡辺挑戦者は1時間12分を使い、角交換を選びました。両者の読みが一致したか、そこからは比較的すらすらと進んでいきます。渡辺挑戦者は銀桂交換の駒損の代償に、4筋の飛車をはたらかせました。

 挑戦者の長考は実ったのかどうか。ここ数手のやり取りで、ソフトが示す評価値は、名人の側に傾きました。

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 第3局に続き、第5局も先手番の名人がリードして1日目が終わることになりそうです。

 名人は相手の飛車成を防ぐ必要がありそうです。そこで先手を取って飛車の頭に歩を打つのか。それとも控えてじっと打つのか。2つの有力手があり、ここは封じ手に適した局面でもありそうです。

 18時30分。立会人の屋敷伸之九段が声をかけます。

「定刻になりましたので、豊島名人の封じ手番となります」

 豊島名人が53手目を封じることが決まりました。ただし、すぐに封じ手をする必要はなく、持ち時間の許す限り考え続けることができます。

 18時33分。記録係の滝口勇作二段から声がかかります。

「豊島先生、残り4時間と30分です」

 持ち時間は各9時間。時間的には、名人はちょうど折り返し地点を過ぎたことになります。一方で挑戦者の残り時間は5時間24分です。

 18時48分。

「封じます」

 豊島名人はそう告げました。別室で封じ手を記入したあと、対局室に戻ってきます。渡辺挑戦者が封筒にサイン。豊島名人が屋敷九段に封筒を預けます。

屋敷「それでは1日目を終了します。どうもおつかれさまでした」

 明日2日目は9時から再開となります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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