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さばきと粘りのアーティスト久保利明九段(44)二転三転の熱戦を制して13年ぶりの王座挑戦権獲得

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 8月3日。東京・将棋会館において第68期王座戦挑戦者決定戦▲渡辺明二冠(36歳)-△久保利明九段(44歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 9時に始まった対局は20時22分に終局。結果は122手で久保九段の勝ちとなりました。

 久保九段は永瀬拓矢王座(27歳)への挑戦権を獲得。2001年、2007年に続いて3度目の王座戦五番勝負登場を決めました。

 第1局は9月3日、神奈川県秦野市「元湯 陣屋」でおこなわれます。

久保九段、13年ぶりの王座挑戦

 後手番となった久保九段は四間飛車から金無双に組む最前線の玉形を目指します。

久保「研究会とか、そういうところではやってるので」

 居飛車の渡辺二冠は銀冠に組みます。

 11時半過ぎ。渡辺二冠は突き越された歩を突き返して、端から逆襲します。

 昼食休憩のあと、久保九段も強く応じて、いきなり互いの玉付近での戦いが始まりました。

渡辺「あまり類型がない形なんで、駒が端でぶつけてったあとはちょっと形勢は、なんかよくわかんないな、と思いながらやってたんですけど」

 56手目。久保九段は角を打ち込んで渡辺玉に王手をかけます。渡辺二冠は早くもピンチに陥ったかのように見えました。

 渡辺二冠はきわどく受け続けます。そしてそのうちに、穴熊が完成しました。

「渡辺二冠の居飛車穴熊は久々に見た!」

 途中から観戦した人はそう感じることと思います。しかし途中は銀冠で、戦いの中での穴熊構築でした。

久保「玉頭戦になったので、手厚くできるかどうかという勝負になってたんですが。ちょっと攻めが遅くなった局面があったので」

渡辺「お互いけっこういろんな手があった。いろんな選択肢があった将棋かなと。かなり手が広い将棋だったとは思いますけど」

 渡辺二冠はピンチを脱したあと、逆に優位に立ったようです。今度は久保玉が追い込まれる展開となりました。

渡辺「最初、端攻めていった直後は失敗したと思ってたんですけど。夕休(79手目)のあたりは好転したと思ってたんですが。そのあとの攻め方が・・・攻め方というかちょっと方針がなんかチグハクになってしまったですね」

「さばきのアーティスト」と言われる久保九段はまた、わるくなってからの強靭な粘りにも定評があります。

 終盤のきわどい攻防の中、形勢はいつしかまた久保九段有望となりました。

 渡辺二冠は自陣に銀を打ちつけ、龍を引き上げて一手の余裕を得ようと手段を尽くします。

 穴熊を追い出されていた渡辺玉は109手目、再び追われるようにして元の左隅に戻ります。しかし今度は粘りのきかない形となっていました。

 両者ともに持ち時間の5時間をほとんど使い切って、残り時間は互いに7分。

 久保九段は2分考えて、自陣に手を戻します。これで形勢ははっきりと一手勝ちです。

 両者一分将棋の最終盤。久保九段は自陣の飛車で渡辺二冠の攻め駒である馬(成角)を取ります。

 渡辺二冠は首を左右にひねり、中空を見上げました。

 久保九段の手駒には角が加わり、渡辺玉には即詰みが生じています。

 122手目。久保九段が桂を成って王手をかけたところで、渡辺二冠はすぐに投了の意思を示しました。

 勝った久保九段は、これで13年ぶりの王座戦五番勝負となります。

久保「まだ終わったばかりなのであまり実感が沸いてないですけど。五番勝負なのでスタートダッシュ失敗するとあっという間に終わってしまうので、1局目しっかり準備して臨みたいと思います。(四十代半ばでのタイトル戦登場は)ちょっと上の先輩がタイトル戦がんばっていらっしゃるので、自分も続けたらな、という思いではやっていました」

 一方の渡辺二冠。

渡辺「チャンスのありそうな将棋だったんで、その点は残念ですけど」

 今年度中の四冠チャレンジの可能性がなくなってしまったことには触れず、一局をそう振り返りました。

 久保九段は過去2回の挑戦は、いずれも5歳年長の羽生善治王座(当時)が相手でした。今回は17歳歳下の永瀬王座が相手となります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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