Yahoo!ニュース

大豪・丸山忠久九段(49)完璧なゲームプランで制勝 藤井聡太棋聖(18)は4期連続で竜王戦本戦敗退

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 7月24日。東京・将棋会館において第33期竜王戦決勝トーナメント・藤井聡太棋聖(18歳)-丸山忠久九段(49歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 16時13分に始まった千日手指し直し局は23時31分に終局。結果は116手で丸山九段の勝ちとなりました。

 丸山九段は7月31日、1組2位の佐藤和俊七段(42歳)と対戦します。

丸山九段、逃げ切って勝利

 千日手局は先手番の丸山九段が棒銀に出ました。そして互いに筋違い角を打ち合う展開になり、藤井棋聖は攻めの銀をさばいて交換します。そして61手で千日手となりました。

丸山「端突いた手がちょっとマイナスになってるんじゃないかと。一手得なんですけど。角が(端に)出れないんでむしろマイナスになっちゃったんじゃないかなと思ったんで。それでちょっとしょうがないのかな、という。(時間は大差で)時間の差というか、まあ、形勢自体がそんなに自信のある形勢じゃなかったので」

藤井「(千日手が成立する)その前に動いていったんですけど、それがどうだったか。こちらが千日手を許してもらえるかどうかという感じになってしまったので。仕掛けがどうだったか、という可能性はあると思います。時間の面では不利でしたけど、それは割り切って指そうというふうに思っていました」

 残り時間は藤井1時間34分、丸山3時間59分。実に2時間25分もの大差がつきました。

 指し直し局は残り時間を引き継ぎ、先後が入れ替わって藤井棋聖先手となります。後手番の丸山九段が一手損角換わり。対して藤井棋聖は棒銀に出ます。

 31手目、藤井棋聖が銀取りに歩を突いた局面で、18時、夕食休憩に入りました。形勢はほぼ互角。一方で残り時間は藤井35分、丸山3時間31分。この段階で、実に3時間近い大差がついています。

 藤井棋聖は前線に出てきた丸山九段の銀を目標にして、繊細な指し回しを見せます。対して丸山九段は筋違い角を放って反撃。難解な中盤の攻防が続きます。

藤井「少し早い段階で形勢を損ねてしまって・・・。苦しい展開が続いたのかなと思います。(攻め駒の飛や銀が)あまり動いていく形がなくなってしまったので。わるくなっちゃったのかなと思ってました。常に押されていたのかな、という気がします」

 53手目。戦いのさなか、藤井棋聖はじっと玉形を直します。残り時間はわずかに2分。対して丸山九段は1時間49分。形勢はほぼ互角でも、時間は大差という、藤井棋聖の対局ではしばしば見られる展開。ファンにとっては、毎度胃が痛くなりそうな進行かもしれません。

 丸山九段はトレードマークの大振りな扇子をあおぎながら考え、中段の角を主軸にしてにらみをきかせ、藤井玉を盤上右隅に追いやり、上部の歩を突き捨て、危険な形に導きます。

丸山「そこでいい攻めが見えなくて。またよくわかんない・・・。いい攻めがあればいいかなと思ったんですけど、なかなか・・・」

 そこからは丸山九段もよくわからないまま進めていたようです。

 71手目。藤井棋聖は残り2分のうち1分を使って、ついに一分将棋に入ります。そして自陣に攻防の角を据えました。形勢は依然ほぼ互角。しかし残り時間は丸山1時間17分と、やはり大差です。

丸山「こっちはちょっと、終盤に時間がないとあれなんで。時間がないと厳しいかなという感じで」

 丸山九段に残されている時間は、この先も大きく活きてきます。

 丸山九段には一気に決めに行く順もありました。しかし総攻撃は仕掛けず、じっと力をためます。藤井棋聖の棒銀はさばけはしませんでしたが、いつしか自陣に戻って守りについています。

「将棋ってお互いに最善を指せばこんな感じになるんですね」

 ABEMA解説の深浦康市九段はそう感嘆しました。

 藤井棋聖は玉形を直し、そして2筋の棒銀を5筋にまで動かして、中央を制圧する丸山九段の銀にぶつけ、交換に持ち込みました。対して丸山九段は再度中央に銀を据えます。これもまた本筋という一手。両者の実力がいかんなく発揮された中盤戦が延々と続いていきます。

 丸山九段の中央の銀は角取りです。藤井棋聖は角を逃げるか。それとも飛車の利きの先から丸山陣に成り込むか。

 一分将棋の藤井棋聖。意を決して角成を選びました。その手をしばらく見つめたあと、丸山九段は一瞬、頭を抱えました。その仕草だけを見ると丸山九段が困ったかのように見えますが、このとき形勢は、ついに丸山九段よしに傾いたか。さらには残り時間も42分。丸山九段が勝ちやすい流れであるのは間違いないところのようです。

 丸山九段は9分考えて藤井棋聖の飛車先に歩を打ちました。これが正確な応手。藤井棋聖はこの歩を取って、駒台の上には9枚の歩が半円を描くように並べられます。

 丸山九段は飛金両取りに角を出ます。客観的に見れば、ここでついにはっきりと、丸山九段が優位に立ったようです。終局後、どこでよくなったと思ったかという問いに、丸山九段は次のように答えています。

丸山「△5八角成と(金を)取れたところでは、いやちょっとわかんないですけど、もしかしたら、寄せがこっちがなければ・・・」

 藤井棋聖は丸山陣に成り込みます。丸山玉にも王手がかかる形になりました。しかし丸山九段はゆるまずに藤井玉を寄せにいきます。

「棋士って強い!」

 ABEMA解説の三枚堂達也七段はそう感嘆しました。

 丸山九段勝勢でこのまま終わるのか。そう思われたところに藤井棋聖は意表の銀打ちを放ちました。こんな異筋の王手があるのか・・・!

深浦「なんだこの人たちは!」

三枚堂「超人同士ですよ」

 解説者二人が声をあげます。丸山九段のわずかな手順前後をとがめようとする、これが渾身の勝負手でした。丸山玉はどこに逃げても急所の駒が抜けます。

三枚堂「いやあ、いい将棋ですね」

 深浦九段は立会人を務めた王位戦第2局を振り返ります。あのときも、藤井棋聖はあきらめずに大逆転勝ちを収めました。

深浦「恐ろしい難問を突きつけてくる18歳ですね」

 難問の正解は、あえて王手飛車銀取りの位置に王手を逃げる手。そう指せば、丸山九段がやはり勝勢のようです。残り時間は25分。そして10分を使って、その正解手を指しました。

 評価値だけを見れば大差です。しかし人間同士の勝負。藤井棋聖は盤面中央の銀を馬を作りながら抜き、猛烈に追い込んで、最後までどうなるのかはわかりません。

 丸山九段の指し手は正確でした。106手目、丸山九段が藤井玉を上部から押さえ、馬取りに打つ銀を打った手を観て、藤井棋聖はがっくりとうなだれました。そしてはずしていた白いマスクをつけます。

 気を取り直すかのように顔をあげ、藤井棋聖は王手をかけます。丸山玉を追いながら、当たりになっている馬を逃げて、また王手。しかし丸山九段に冷静に対応されると、届きません。手段が尽きた藤井棋聖は、丸山玉に詰めろをかけて、形を作りました。

 手番が回ってきて丸山九段。残りは12分。そして慎重に1分を使って、馬を切って金を取ります。王手。そしてその金を藤井玉の頭から打って、また王手。以下は詰みとなります。

 藤井棋聖はグラスに注がれていた冷たいお茶を口にしました。そして何度か、小さくうつむきます。

「50秒、1、2、3」

 記録係の秒読みの声にうながされるようにして、23時31分。藤井棋聖は「負けました」と頭を下げました。

 丸山九段がインタビューに答えている間、藤井棋聖はずっとうつむいていました。藤井棋聖のこうした姿を見るのは、いつ以来のことになるでしょうか。

 棋聖を取り、王位獲得もあと2勝。この先はさらに、竜王までも挑戦するのではないか。破竹の勢いの藤井棋聖を見て、多くの人がそう予想していたのではないかと思われます。しかし藤井棋聖の前に立ちはだかるのは強敵ばかり。丸山九段もまた、厚い壁となりました。

丸山「本局もずっとわかんなくて、最後ギリギリ残ってたんですかね。いや、残ってたか残ってなかったかわかんないですけど、指運(ゆびうん)があったのかなと」

 丸山九段は次戦、佐藤和俊七段と対戦します。

丸山「強敵の相手ばっかりなんで、ベストを尽くしてがんばりたいと思います」

 藤井棋聖は、時に目をしばたたかせながら、声をしぼりだすようにインタビューに答えていました。

藤井「(竜王戦本戦敗退は)残念ではありますけど、しっかり反省して、また来年がんばりたいなと思います」

 藤井棋聖は羽生善治現九段の持つ史上最年少での竜王位獲得(19歳3か月)の記録を抜くことは不可能となりました。一方、竜王ランキング戦4期連続優勝、デビュー以来無敗の20連勝という記録は継続中です。

 来期は2組でどこまで、それらの記録が更新されることになるのでしょうか。

 依然、多忙の日々が続く藤井棋聖。明けて25日は17時から、生放送でおこなわれるAbemaTVトーナメントに出場します。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

松本博文の最近の記事