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矢倉を制する者は棋界を制す――渡辺明棋聖(36)に藤井聡太七段(17)が挑む棋聖戦第4局は急戦矢倉に

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 7月16日。大阪・関西将棋会館において第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第4局▲渡辺明棋聖(36歳)-△藤井聡太七段(17歳)戦が始まりました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 対局場は大阪市福島区・関西将棋会館です。

 東京在住の渡辺棋聖にとっては、大阪は「アウェー」となります。渡辺棋聖は13日の王座戦準決勝でも大阪に遠征し、豊島将之竜王・名人(30歳)に勝っています。

 愛知県在住の藤井七段は、少し離れているとはいえ、大阪は「ホーム」です。2012年、10歳(小4)で関西奨励会に入会して以来、関西会館には新幹線で通い続けてきました。

 ただし本局は愛知からの鉄路ではなく、北海道からの空路での移動です。藤井七段は一昨日まで、北海道で王位戦第2局を戦っていました。

 まだ王位戦の興奮冷めやらぬところですが、中1日、移動日のみを間において、藤井七段は次の棋聖戦の対局に臨むことになりました。

 対局室は関西将棋会館5階、御上段(おんじょうだん)の間。江戸時代に「御城将棋」が指された江戸城・御黒書院が模された部屋です。

 対局開始前、まず盤側の机の前に座っていたのは立会人の桐山清澄九段(72歳)。現役最年長の棋士です。先日は負ければ引退という一番に勝ち、現役続行が決まりました。

 桐山九段はタイトル獲得通算4期などの実績を誇る名棋士です。棋聖戦五番勝負では米長邦雄永世棋聖(1986年度前期)、南芳一九段(1986年度後期)、西村一義九段(1987年度前期)を順に降して3連覇を達成しています。

 現在将棋界の序列最上位を占める豊島竜王・名人は、桐山九段の愛弟子です。

 8時47分頃。藤井七段が入室しました。

「かっこいい! 黒の和服ですね」

 ABEMA中継で解説聞き手を務める室谷由紀女流三段が、そう声をあげました。

 注目される藤井七段の本日の和装は、薄手の涼やかな黒い羽織に、白い着物でした。席に着いた後、ゆっくりとした所作で信玄袋から白いハンカチを取り出していました。

 8時48分頃。渡辺棋聖が入口に姿を見せました。こちらは淡い青緑の組み合わせの、夏らしい和服です。前期棋聖戦第4局、渡辺挑戦者(当時)は同じ服で臨み、豊島棋聖から棋聖位を奪取したそうです。縁起がいい、とも取れそうですが、そこは合理主義者の渡辺棋聖。験を担ぐようなところはなさそうです。

 渡辺棋聖は床の間を背にして上座に座りました。渡辺棋聖の後ろには、歴代4人の永世名人の書が掲げられています。

 向かって右からは、次のように書かれています。

 天法道 木村義雄(14世名人)

 地法天 大山康晴(15世名人)

 人法地 中原 誠(16世名人)

 道法自然 谷川浩司(17世名人)

 これらは老子『道徳経』の一節からの言葉です。

 9時52分頃、両者ともに駒を並べ終えます。渡辺棋聖は自陣6筋に並べた歩を、余っていた2枚の歩の1枚と取り替えました。少し木地の模様などが気になったのでしょうか。

「それでは時間になりましたので、渡辺棋聖の先手で始めてください」

 定刻9時。立会人の桐山九段が声をかけ、両対局者は「お願いします」と一礼しました。

 渡辺棋聖は襟元を直し、目を閉じて一呼吸を置いてから、7筋の歩を手にして、一つ前に進め、角筋を通しました。渡辺棋聖先手の第2局と同様の初手です。

 藤井七段はあらかじめ冷たいお茶を注いでいたグラスに手にして、マスクをはずし、お茶を飲みます。これはすでに広く知られている、藤井七段が最初の手を指す前のルーティーンです。そして8筋、飛車先の歩を手にして、一つ前に進めました。これもまた、藤井七段が後手番となった時には変わらない、いつもの最初の手です。

 3手目。渡辺棋聖は左側の銀を右斜め、二段目に上がります。これは矢倉の立ち上がり。第2局もまた、矢倉でした。

 将棋の戦法には流行があります。現代であれば角換わり腰掛銀や相掛かり。渡辺棋聖が20歳で初タイトルの竜王位を取った前後には、横歩取りなどが多く指されました。

 渡辺棋聖が第2局、第4局と先手番で採用している矢倉は、時代のトップクラスに多く指されてきました。盤上全体広く、すべての駒を使っての戦いとなりやすいため、実力が反映されやすい戦型とも見られてきました。

 どんな戦型を持ち、どんな戦型を相手にしても強い渡辺棋聖ですが、矢倉もまた無類に強い。そして本局にも周到な用意がなされていることでしょう。

 矢倉にもまた、様々なスタイルがあります。長い歴史の上では、互いに手数をかけて駒組を進め、その上で戦いとなることが多かった。一方で現代の矢倉は互いに玉形の整備にそれほど手数をかけず、どちらかが手早く仕掛けていく急戦調がどちらかといえば主流となっています。

 渡辺棋聖は手早く飛車先の歩を伸ばしています。この歩の前進を保留することが、最新の思想だった時代もありました。時代が何周かして、温故知新でまた元の指し方に戻ることも、将棋界ではよくあります。

 27手目。渡辺棋聖は矢倉城の主力である三段目の銀を、中央四段目に押し出します。これはやはり現代調。守りよりも積極的な攻めを志向しています。玉形を堅くキープしたまま細い攻めをつなげる技術が天下一品と評された渡辺棋聖も、時代に合わせて戦い方をアップデートし、その上で実績を残しています。

 30手目。藤井七段も攻めの銀を6筋に進めます。この時点でなんと、第2局と同じ進行です。

 31手目。第2局ではすぐに仕掛けたところで、渡辺棋聖はじっと左側の端歩を突きます。これが渡辺棋聖用意の作戦のようです。

「矢倉を制する者は棋界を制す」

 と言われた昭和の時代。中原誠16世名人、米長邦雄永世棋聖、加藤一二三九段といった当時の超一流は、矢倉でタイトル戦を戦い続けました。途中までは似たような進行に見えても、前例のない一手を境にがらりと展開が違ってくるのが矢倉の奥深いところです。

 前例のない手を見て藤井七段が長考に沈むか・・・と思いきや、さにあらず。10分ほどの考慮で、逆サイドの端歩を突きました。

 この端歩の交換を入れたことで、本局と第2局とでは、どう違ってくるのか。深遠すぎて、ほとんどの観戦者にはまだよく対局者の意図がわからないところでしょう。

 40手目。藤井七段が一度引いた角を元の位置に戻した局面は、端の交換が入っているかどうかの違いです。第2局では渡辺棋聖は2筋の歩を飛車で取り返し、歩交換をした形で深く飛車を引きます。対して藤井七段からは中段四段目に守りの金を進めるという驚愕の新発想が現れました。

 本局では渡辺棋聖はまず3筋の歩を突き捨てました。その後で、第2局と同様に進めます。

 将棋は千変万化です。もしここで第2局と同様に後手が金を5筋四段目に上がってくれば、先手は3筋の歩を突き捨てた効果で桂の利きに歩を叩くことができ、たちまち先手よしとなります。

 第3局の角換わりの戦いでは、後手番の渡辺棋聖は終盤の90手目あたりまでを研究範囲とし、その後に藤井七段の消費時間を削ることにもよって、勝利に結びつけました。本局ではどのあたりまで、綿密な事前準備がなされているでしょうか。

 持ち時間は各4時間。45手目、渡辺棋聖が飛車を下段まで引いたところまでの消費時間は渡辺25分、藤井48分です。

 現在は11時を過ぎたところ。藤井七段は46手目を考えています。

 棋聖戦五番勝負の対局は昼食休憩をはさんで、通例では夜に終局となります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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