コンピュータ将棋が6億手読むとはどういうことか? 最強将棋ソフト開発者・杉村達也さん(33)に聞く

2019年世界コンピュータ将棋選手権にて、水匠開発者の杉村達也さん(撮影:筆者)

 2020年6月28日におこなわれた棋聖戦五番勝負第2局▲渡辺明棋聖(36歳)-△藤井聡太七段(17歳)戦は歴史的な一局でした。

 中でも、藤井七段が指した61手目△3一銀は現在の最強コンピュータ将棋ソフト「水匠」がすぐには最善と判断できなかった一手として話題となりました。

 その発端は開発者・杉村達也さん(33歳)の以下のツイートからです。

 このツイートの真意について、杉村さんにうかがいました。

「6億手読む」とは、おおよそ28手先まで読むこと

――なんだかおそろしく話題になりましたね。

杉村「いやもう、びっくりしてます、正直なところ(苦笑)。けっこう今までも『これだけ読ませたら』みたいなツイートはちょっとずつしていました。例えば叡王戦の高見先生も相当いい手を指したとか」

――2018年、第4期叡王戦七番勝負第1局▲永瀬拓矢七段-△高見泰地叡王戦(肩書は当時)。高見叡王は(72手目)△6五桂と歩頭に跳ねる妙手を指しました。その前に23分、15分の消費が続いた上で、この一手は4秒での着手です。コンピュータ(水匠)が7億手以上読んだ上で最善手、ベストとして浮上した手を人間のトップクラスが指したという一例なんですね。将棋のタイトル戦はファンにとっては注目されます。それでも現在の藤井ブームは特別で、それだけ注目度が高いということでしょう。

杉村「今回みたいなのは初めてで、藤井七段効果だと思います」

――杉村さんのツイートから派生して、いろんな方がいろんな解釈をしています。そもそもコンピュータ将棋ソフトが「6億手読む」とは、どういうことを意味するのか。改めて聞かせていただけるでしょうか。

杉村「基本的には将棋っていうのは『こう指したらこう指す、こう指したらこう指す』というパターンがありまして。だいたい一つの局面において、平均的に100手いかないぐらいの合法的な指し手があります。だから一つの局面で、たとえば90通りの指し手があり、次の局面でも90通りあるとしたら、それで8100通りになります。それを何度も何度も、たとえば100×100×100とやっていくと、すぐに1億手、100億手、みたいになってしまうんですね。それが『局面』『手』ということになります」

――「将棋は100手ぐらいで終わるのに、6億手先まで読むとか意味わかんない」というような声も見られました。「6億局面」「6億手」読むということは、「6億手先」ではなくて「6億通り」なんですね。

杉村「その通りです」

――「6億手」という数字はほとんどの人からすればおそらく「なんだかよくわからないけれど、とにかくたくさん」というイメージかと思われます。一方で、コンピュータ将棋的には、そう厖大な数ではないんでしょうか。

杉村「ええと、難しいところです。仮に全部を読むっていう形にするんだったら、だいたい5手先か6手先までしか読めないです。たとえば100通りずつの合法手があったとしたら、100×100で2手後だと1万。4手後だと1億。5手で100億。6手で1兆ですか。ですので、もう無理なんですよ(笑)」

――なるほど、「組合せ爆発」というやつですね。指数関数的にあっという間にすごい数字になってしまう。

杉村「ですけど、今はコンピュータも不要な手は読まないようにしてるので、それで何とかバランスを取って、広く読みつつ深く読むようにしていて。6億手はどれぐらいなのかと言いますと、今回(棋聖戦第2局)だと6億手は28手先を読んでます。だから全部を読んでいるわけではないですけれど、いらない手を切り捨てつつ、けっこう広めに読んで6億」

――なるほど。28手先といわれると、具体的なイメージがつかめるように思われます。原田泰夫先生が将棋の基本は「三手の読み」と言われています。私クラスのアマチュアだと、3手先でも見通すことは難しいわけですが。

杉村「で、6億手が多いか少ないかっていうのは、本当にそこは難しいところでして。だいたい、世界コンピュータ将棋選手権(WCSC)に出ている際の6億手というのは、正直、そんなに多くはないです」

――コンピュータ将棋界のレジェンドであるYSS開発者・山下宏さんが1991年、コンピュータ将棋選手権に初参加。「この時のYSSはPC-6601のアセンブラで動き、毎秒100手を読めた」と記しています(参考文献)。当時のコンピュータ将棋はまだ発展途上で、アマチュア初段の強さもなかった。ただしPC-6601・・・というのは1983年にNECから発売されたパソコンですが、それでも人間をはるかに超える毎秒100手の速さで読めた。当時と現在とでは単純に比較できないのは承知の上で計算すると、毎秒100手で6億手読むには69日と10時間40分、だいたい70日かかることになりますね。

杉村「私の使ってるコンピュータ(Ryzen Threadripper 3990X:AMD社製の高性能なCPUを搭載しているマシン)だと、6億手は何秒ぐらいで読めるのかというと、だいたい10秒ぐらいです」

――そうなるんですよね。「読むのに70日かかる」というと「なんだかよくわからんけどすごい!」というふうに感じられそうです。一方で「10秒あれば読める」と言われると「なんだそんなもんか」とも感じられそうです。

杉村「一般の方が手に入る最大に近いスペックのパソコンを使っているからですね。平均的なノートパソコンだと6億手読むのには、10分くらいかかるか、かからないかぐらい。思考時間という意味ではそうです。手数としてはまあまあな、28手という深さです」

――それはdepth(デプス)というやつですね。

杉村「その通りです」

――漫画『ハチワンダイバー』では「ダイブ!」と言って主人公は将棋盤に潜っていく比喩があります。棋聖戦第2局61手目の場合は、6億手で「depth28」。28手先まで潜って、その段階での結論だったと。

杉村「そうですね。局面の複雑さによって深さが全然違いますので、初期局面とかだと、28手先なんてすぐ行っちゃうんです。ですけど、あの局面はけっこう複雑な局面だったので、28手先で6億手使ってしまったと」

――渡辺棋聖が▲6六角と打った局面。藤井七段がルール上指せる手、合法手を玉飛角金銀桂香歩の順に数え上げて5+3+48+9+51+43+2+12=173通りです。合ってるかな。そのほとんどが悪手です。有力な候補手がわずかにいくつかあって、最初は△3一銀ではない、他の手が提示されてたんですね。

杉村「そうでしたね。△3一銀はdepth27では上がらなくて、depth28で上がってきた。4億手だと上がらなくて、6億手で上がってきた」

――そうした現象は、これまでにはそんなに見られないことですか?

杉村「そんなにはないです。私は最近『ソフトは相当強くなったけれども、プロの指す手を評価してないコンピュータは本当に正しいのか?』ということをやろうと思ってて」

――面白そうな試みですね。

杉村「それの一環で『浅い時には候補手に出てこないけど、深いと候補手に出てくる』という手をピックアップするようなプログラムを作ったんです。それで試しに棋聖戦第2局でやってみたら、それが浮かび上がってきたっていう。試しつつなんですけど、今まで100局ぐらい調べて、発見できているのは5局ぐらいですね」

――100局のうち5局・・・というのは。

杉村「20分の1とか、それぐらいですね。20局の中の1局で、その中の1手。ということですから、1局平均100手だとして、だいたい1000分の1か、2000分の1か。そういう話なんですかね」

――1000手か2000手に1手ぐらいに現れる、コンピュータがすぐに発見できない一方で、人間が指したという良い手。それが棋聖戦第2局という注目される大舞台の勝負どころで、藤井挑戦者の一手として表れたということなんですね」

杉村「その通りです」

「AIを超える」とはどういうことか?

――今回、杉村さんのツイートを見て、いろんな方がいろんな解釈をしています。「藤井七段が指した△3一銀はAIを超えたんじゃないか?」という声も多く耳にしました。

杉村「うーん、そうですね(苦笑)。『AIを超えた』ということをAIで言うっていうのは、ちょっと自己矛盾だと思うんです。つまり、AIで深く読んだ手を藤井七段が指したわけだから、じゃあ深いAIだったら読めてるじゃん、って話なので。『AIを超えた』っていうのは、ちょっとわからないところで」

――なるほど。

杉村「特に『6億手で読めた』というところをピックアップするよりも、『4億手で読めなかった』という方がレアだと思うんです」

――なるほど。

杉村「つまり最近のプログラムでは、通常であれば有力手っていうのは、少ない深さとか、少ない局面で読めるように読めるようにしてるんです。だから有力とされる手がそこまで浮かび上がってこないという方がむしろレアです」

――なるほど。たとえば王位戦第1局の封じ手直前、藤井七段が長考で踏み込んだ53手目▲7三歩成。水匠に読ませたら、最初の数百手も読まないうちから▲7三歩成を最善手として、あとは数億手以上読んでも結論が変わらなかったですね。

杉村「そうそう、そうなんです。コンピュータは深いところの指し手を浅い局面でも出せるような学習を最近はしているんですよ。深く読まなくてもいい手を指せるっていう学習をどんどん進めてるので、深くないと読めないという手は減ってきてるわけなんです」

――人類の達人はそう多くの手を読まなくても「大局観」で有力手をしぼることができます。人間の大局観にあたるコンピュータの評価関数は、現在それだけ洗練されているのですね。

杉村「ですから▲7三歩成というのも、いまのソフトの評価関数や探索であれば、最初から一貫してそういう手になるんです」

――なるほど。少なからぬ人は漠然と『コンピュータが読む6億手とは、しらみつぶしにほとんど無駄な手を読んでいる』とイメージしているかもしれませんが・・・。

杉村「そういうわけではないです。全部読んだら6手先で1兆手行っちゃうんで。だから読むべきところは、ちゃんと読んでいます」

――なるほど。人間のように、ちゃんとポイントを押さえた上で読んでいると。

杉村「だいたい1手先しか読んでないコンピュータがアマ二段ぐらいあるんです」

――そういう触れ込みでWCSCに参加しているプログラムもありますよね。

杉村「そうそう。先ほどいったように一つの局面における合法手がだいたい100手だとして、100手、200手(つまり1手先)しか読まないコンピュータでも『級位者だと勝てるの難しいかな』ぐらいの実力があります。もう無駄な手はあまり読んでないんです」

――私はネット将棋のレーティングではアマ五段ぐらいで、二枚落ちに特化した水匠Uには二枚落ちで指し分けぐらいです。1手しか読まないソフトがアマ二段ということは平手(ハンディなし)でも勝てそうですが、もう数手先まで読まれると、絶対に勝てませんね」

杉村「いま、プロの先生は何手先ぐらいまで読めるコンピュータには勝てるんですかね」

――それはレーティングなどである程度は推測できそうですが、実際のところは、やってみてもらわないとわからないでしょうね。

杉村「100万手ほど読めばコンピュータが勝つのではないかな、という予想はします。何手先かはわからないですけどX先生(強豪若手棋士)がたしか『技巧のdepth12でいい勝負』と言われてましたね」(※『技巧』はWCSCで2016年2位、2017年3位の強豪ソフト)

――へええ。私から見れば、さすがプロは強いとしか感じられませんが、違う受け取り方をされそうな気もしますね。

杉村「15手先ほど読んでいれば(現在のコンピュータ将棋ソフトはプロ棋士に)ほぼ勝てるのではないかと思います」

――はー。なるほど・・・。

杉村「15手を読むには、基本的には200万手か300万手ですみますから。深く読めば読むほど指数関数的にどんどん手が広がりますので、だから27手か28手の時に、2億手使ってしまうんです」

――強豪プログラムはWCSC出場時、1手につき、最大どれぐらい読むんですか?

杉村「10分+5秒(フィッシャールール)ですから最大1分ぐらいでしょうね」

――ということは・・・。

杉村「私の持っているパソコン(Ryzen Threadripper 3990X)は1秒で6千万手探索しますからので、6千万×60秒だと36億手ですね。それぐらいは探索できる」

――あの藤井七段も使っているというAMDで。

杉村「そうですね、それが一般の方でも手に入る最大のスペックですかね」

――棋聖戦第2局で印象に残ったのは、新時代の感覚であろう△5四金の構想。そして渡辺棋聖が「全く浮かんでいませんでした」とブログに記していた、戦いが始まった後の△3一銀。以上が特に印象に残りました。藤井七段は桁違いの終盤力を誇りながら、実に周到に序中盤を研究していることでも知られています。今回、杉村さんの目から見て、藤井七段は事前にどのあたりまで想定していたと思われますか?

杉村「最初は(△3一銀ではなく)△4六桂を考えてたって、確か言ってたじゃないですか」

――局後のインタビューでそう言ってましたね。

杉村「ABEMAの『SHOGI AI』は△4六桂を最善としていましたね」

――はい、そうでした。『SHOGI AI』はABEMA独自のシステムですね。

「SHOGI AI」は、将棋の対局をAIにより自動で形勢判断するシステム。既存の将棋コンピュータソフトと違い、3つのAIが同時に局面を判断する「マルチ形勢AI」をAbemaTV独自に採用することで、より正確な形勢判断と候補手を表示することができる。

出典:「ABEMA TIMES」2020年1月15日

杉村「水匠は△4六桂を5番手にも挙げてないじゃないですか」

――そうでしたね。

杉村「だから△4六桂をどこまで水匠がいい手と言ってたのかは、調べないとわかんないんですが・・・」

――私の手元のパソコンにインストールされている水匠2でも、最初から最後まで△4六桂は5番手以内に入っていません。

杉村「だから△4六桂はたぶん悪い手だと思うんです。どう想定していたのかは、正直、藤井七段に聞いてみないとわからないんですけど、ただ、第一感で浮かんだであろう△4六桂をはずして指さなかった。一方でABEMAの『SHOGI AI』は△4六桂を評価していて、それはたぶん、深く読ませたAIにとっては悪手だった。その(ABEMAの)AIが最初に推奨していた手を避けられるほどの読みと判断能力が藤井七段にはあったんじゃないかなと思います」

――なるほど、そちらの観点からも藤井七段の選択は素晴らしかったと。

杉村「正直、△3一銀と(渡辺棋聖が本線で読んでいた)△3二金はいい勝負で、どちらがいいかわかりません。ただ△4六桂を指さなかったっていう、その判断はたぶん良い判断で、それはABEMAのAIを超えてるかもしれないですね」

――あのABEMAの『SHOGI AI』は、他と比較してどれぐらい強いものなんですか?

杉村「・・・『弱い』って言っちゃあ失礼なんですけど」(苦笑)

――なんと(笑)

杉村「合議システムらしいじゃないですか。合議が誰(どのプログラム)と誰と誰なのかがわからないんですけど、絶対やねさん(※)は入ってると思うんです」(※やねうらおさん、2019年WCSC優勝「やねうら王」開発者)

――そこは秘密なんですかね。

杉村「あとはponanzaとかなんですかね。あとは技巧とか。ちょっとわかんないですけど」

――いずれも現代を代表する強豪プログラムですね。

杉村「その3者の合議なので。そもそも合議って、強くなるパターンてほとんどないんですよ」

――へえー、そうなんですか。合議といえばたとえば、2010年、清水市代女流六段と対戦した「あから2010」は当時の強豪ソフト(激指、BONANZA、GPS将棋、YSS)の合議でした。

杉村「合議をするんだったら、1つのCPUで1つのソフトを使った方が強いので。3つのCPUを使って3つのソフトを使って合議をするんだったら、強くなるかもしれないですけど1つのCPUで3つ合議は、むしろ弱くなる」

――「三人寄れば文殊の知恵」ということわざはここでは当てはまらず、弱くなると。

杉村「ということもあるし、おそらく、あまり深く読んでないと思うんです。ちょっと見てみないとわからないですけど。だからABEMAのAIはそこまで強くないのではないかという想定はあります」

――挑戦してくださいよ、ぜひ(笑)。水匠とABEMA『SHOGI AI』の真剣勝負を見たいです。

杉村「挑戦させていただけるんでしたら、挑戦したいです(笑)。ABEMAさん、ちょっと戦わせてくださいよ、って。ぜひ挑戦状をたたきつけたいですけど(笑)」

――ABEMAの将棋番組、チャレンジングで面白いですからね。いずれそうした企画も見てみたいものです。

杉村「まあまあ、それは置いといて。△4六桂を指した後の評価値ってどうなんですかね。渡辺棋聖有利になっててもおかしくないと思うんです。ABEMAのAIが推奨していた△4六桂を藤井七段が避けたというのが、私はすごいと思います」

――(水匠2で解析してみて)確かに100点か200点ぐらい、わずかに先手(渡辺棋聖側)よしになりますね。

杉村「たぶん深く読めば読むだけ△4六桂は上がってこないでしょうね」

――確かに△4六桂だと、ちょっとずつ評価値は先手よしに傾いていきますね。

杉村「そうでしょうね。たぶんそういう攻め合いの手は、相当深く読めば深い評価値が出てくると思うので」

――藤井七段が△3一銀を指すにあたっては、50分中、23分が使われました。もちろんそこに至るまで、事前に深く読んでもいたでしょう。ではそこで、藤井七段は△3一銀を抜群の読みの力で最善と判断したのか。それとも全ては読みきれないから、ある程度は「大局観」でカバーしたのか。どちらだと推測しますか?

杉村「どうですかね。読みは相当入れてると思うんです。それは前提として、勝ちだとまではさすがに読み切れてないでしょうね」

――藤井七段は対局後のコメントでは、△3一銀と指すところでは、あまり自信がなかった感じでしたね。

杉村「ええ。評価値がだいたいマイナス300(後手の藤井七段が300点ぐらいよし)とかでしたから、水匠でもだいたい勝率6割ぐらいと思っているぐらいです」

――どんな強いコンピュータ将棋ソフトでも、現状では△3一銀と指すあたりでは、到底勝ちまでは読み切れる段階ではないということですね。

杉村「△7七同飛成はたぶん読み切ってるんだと思います」(※2018年竜王戦5組決勝▲石田直裕五段-△藤井七段戦で現れた、藤井七段の代表的な名手)

――あれは鮮烈な一手でした。ずいぶん前から寄せの構図を描いて正確に読み切れてないと、ああした手は指せないんでしょうね。

杉村「(棋聖戦第2局で)△3一銀以降はおそらく藤井七段でも読みきれてないと思うんです。ただ、△4六桂の先を深く読んで、ダメだっていう判断をしてから△3一銀だったのではないですかね。わかんないですけど」

温故知新をうながすAIの発展

――改めて。今回、杉村さんのツイートは大変な反響がありました。杉村さんはかなり言葉を選んであのツイートになったと思うんですけれども。

杉村「そうですね、ええ(苦笑)。少なくとも当然、ウソは言わないようにしました。しかし正直、ここまで反響があるとは思ってなかったです。しかも(6億手という言葉が)相当独り歩きしてるところもあると思うので」

――コンピュータ将棋界隈の人たちからは「ん?」という空気が出されているのを感じました(笑)

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杉村「わかります、わかりますよ(苦笑)。言いたいことはすごくわかります。だって私が『6億手ですごい』っていう感じにしちゃってますけど、でも私、Threadripper 3990Xを持ってるわけで、6億手を何秒で読めるか、当然知ってるわけです。ただ、言ってることは真実で、4億手で読めなかったところを6億手で読めた。かつ△7七同飛成はソフト的な難易度は低いので、それよりも判断は難しいのではないかというツイートでしたけど、それはなんらウソは・・・」

――ウソはない・・・。私の記事も、ウソは書いてないですよね(苦笑)

杉村「そうですね。ただ『6億手をわずか23分』のわずか、というところをどう判断するかそこは・・・」(苦笑)

――すみません! 正確には「わずか」という言葉は使ってなくて「最強将棋ソフトが6億手以上読んでようやく最善と判断する異次元の手を23分で指す」という記事タイトルでした。その「ようやく」という表現がどうだったのかという反省はありました。

杉村「でもウソは言ってなくて。それで、6億手でようやく最善というよりは、4億手まで全然出ないという方が全然レアです。普通はやっぱり5位以内の候補手までには普通は出ます」

――杉村さんから見て、藤井聡太七段はやっぱりすごい人ですか?

杉村「それはもちろん。タイトル2つも挑戦していますし。王位戦対局前のインタビューを見ましたが、4年前より角1枚強くなったって言われてましたね」

(記者からの質問)デビュー前に木村挑戦者の対局を見た時(2016年7月、王位戦第1局▲羽生善治王位-△木村一基八段戦)と、いまのご自分で、棋力的に駒でいうと、どれぐらい強くなったですとか、説明できますかね?

藤井「当時はまだ奨励会の三段でしたけど、それからプロになって、トップ棋士の方との対戦というのも経験することができましたし。当時からすると角1枚は強くなっているのかな、とは思います」

出典:2020年王位戦七番勝負第1局前日インタビュー

――藤井現七段は4年前の段階ですでに奨励会三段リーグを1期抜けする力があったわけですからね。ちょっと何言ってるのかわからない、という感じです。でも現実に、プロになって勝率8割半ばをキープしているということは、さらにパワーアップしているのは間違いないんでしょう。

杉村「コンピュータ将棋は1年ごとに勝率7割ぐらい強くなります。だから4年で角1枚強くなっていたとしたら、それはコンピュータぐらいの成長ですよ。そうだったとしたら、本当にすごいなあと思います」

――事実として現在、コンピュータ将棋は人間よりもはるかに強くなりました。棋士が対局する公式戦の中継などでも、コンピュータの形勢判断が表示されることは当然のように認識されてもいます。ただ一方で「コンピュータによって人間の指し手を評価するなどは『冒涜』ではないか?」という趣旨の声も依然、しばしば聞かれます。そうした点についてはいかがでしょうか?

杉村「それはむしろ、そうした人はAIを信望しすぎてるんじゃないですかね。むしろAIをそんなに尊重してない人だったら、AIにどう測られたところで、なんら神聖な領域は侵されたことにはならないでしょうから。むしろAIを信望し過ぎてるがゆえに、AIに測られるのがいやだと思ってらっしゃるのかなあ、と」

――なるほど。逆に見ればそういうことですか。

杉村「羽生先生も言ってらっしゃいますが、そんなにAIって、まだまだ完璧なものではないのです。残念ながら来年には、来年のAIが現在のAIに7割勝つと思うんですよ。ですので、今もまだまだ成長過程です。そのまだまだ間違いが多いAIが言ってるだけなんだから『冒涜』っていうのはむしろ裏返しで、AIに対する信望が入っているのではないかと思います」

――なるほどなるほど。

杉村「私としては、AIもまだまだ間違いがあるよ、と言いたいです。そして棋士が指す一方でAIはすぐには発見できず、100億手読んだら初めて発見できるような手もあると思うんです」

――おお、そんな手が・・・。あるんですか?

杉村「おそらく探していけばあると思うんです。特に一番難しいやつだと羽生-千田戦(▲羽生善治九段-△千田翔太七段戦、2019年王位戦リーグ)というのがあるんですけど。羽生先生が終盤に▲2八金と寄った手は、50億手ぐらい読んで初めて最善になるんです」

――ひえええええ。終盤の一分将棋、時間が切迫してる中で。それはあれですね。「羽生九段はコンピュータが50億手読んで初めて最善と判断できた手を1分未満で指した」ということになるんですね。

杉村「そうなんです。あれはもう超名局だと思うんです。▲2八金が最善というのは千田先生もわかってたと思うんです。あれはめちゃくちゃすごい。それを考えると、それ以上にいい手も埋もれていると思うんです。それで、新しいAIだったら発見できるけれど、今のAIなら発見できないという手もおそらく埋もれていると思うので。AIが浅い読みだったら間違っているけれど、深い読みだったら読めるっていう手を現在調査中です」

――そうした調査が効率的にできるようになれば「昔の人はこれだけ素晴らしい手を指してたんだ」という再発見にもつながりそうですね。

杉村「そうなんです! それをいまは一日100件ぐらいできるので、進めているところです」

――△7七同飛成は升田幸三賞を受賞しました。なるほど、あれは升田幸三九段の全盛期もかくやという、緻密な読みに裏付けられた、豪快な寄せの決め手です。一方で△3一銀は大山流という感じがします。大山康晴15世名人の全盛期は地味な手を積み重ねていって、いつの間にか差がついて勝っているような勝局が多く、どのあたりがすごいのか、同時代の強豪であっても推し測れないところがあったように見受けられます。△3一銀は大山流の地味ながら非凡な受けの系譜なのではないかな、と感じました。だからそうした大山流の一見地味な手の中に、もしかしたらコンピュータを超えるような一手が見つかるかもしれないわけですね」

杉村「そうそう。だから昔の棋士や、江戸時代の棋譜なども検証したいと思っています」

――「宗歩は相手の実力を写す鏡であった」というのは内藤國雄九段の名言です。幕末の棋聖、天野宗歩(1816-1859)の棋譜は奨励会初段ぐらいの人の目には初段ぐらいに見える。一方で「名人の上」升田幸三の目には宗歩は「十一段の力がある」と見えた。同じように、現代のソフトが宗歩の一手の隠された意図などを発見できたりすれば、偉大な先人の顕彰にもつながりそうです。ありがとうございました。