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神童・藤井聡太七段(17)パーフェクトゲームで王位戦第1局勝利 木村一基王位(47)の粘りを押し切る

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 7月1日・2日。愛知県豊橋市において第61期王位戦七番勝負第1局▲藤井聡太七段(17歳)-△木村一基王位(47歳)戦がおこなわれていました。棋譜は公式ページをご覧ください。1日9時に始まった対局は2日17時37分に終局。結果は95手で藤井七段の勝ちとなりました。

 2日制タイトル戦に初登場の藤井七段。七番勝負で幸先よく1勝をあげました。

 王位戦第2局は7月13日・14日に北海道札幌市・ホテルエミシア札幌でおこなわれます。

藤井七段、非の打ちどころのない勝利

 対局に先立つ振り駒の結果、先手は藤井七段と決まりました。

藤井「先手なら角換わりで行ってみようかなと思っていました」

 木村九段は△4四歩(38手目)と最近ではあまり指されない布陣で臨みます。藤井七段の攻めを受けて立つ姿勢でした。そして△5二玉(42手目)が準備の構想でした。

木村「藤井さんが角換わり、得意にされているので、ちょっとやってみようかなとは思っていました。振り駒で先後がまだわかりませんでしたけど、シリーズ中に1回はと思っていました」

藤井「△5二玉とされてあまり面識のない局面になってしまったので・・・。どう指すか難しいかなと思っていました」

 藤井七段は積極的に攻めを続けていきます。

藤井「▲7五歩(49手目)と突いた手がどの程度かよくわからなかったので、本譜の展開は進んだらしょうがないのかなと思っていました」

木村「ちょっと詳しく調べてみないとわからないんですけど、どこかで対応をはっきり間違えた感じがしますね」

 藤井七段は「信」という字を揮毫し、オンラインで公開された前夜祭で示していました。本局でもまた自分の読みを信じ、強く指し進めていったようです。

 53手目。藤井七段は▲7三歩成と強く踏み込んでいきました。結果的には、このと金が大局を制することになりました。

木村「ちょっと封じ手のところは、苦しい上に、変化のしようがないので、なんか一方的な感じになっちゃったかな、というところですね」

 2日目、木村王位の封じ手(54手目)は△2九角成と飛車を取る手でした。

木村「ちょっと苦しいと思ってました。ちょっと対応がまずさが出たと思います」

 13時30分。昼食休憩が終わって対局が再開され、木村王位は△3九馬。金取りに馬を寄りました。

木村「間違えたら(そこをとがめる)っていう感じのプレッシャーをかけた手なんですけど」

藤井「(△3九馬の)直前に▲4四歩(△同玉)から▲5二ととしたんですけど、ただその手が少し、なんというか、ぬるかったかもしれないので、本譜はなんだかきわどいのかなと思いました。本譜は思ったより厳しさに欠けたかもしれません」

 再開時、木村王位はマスクなし。藤井七段は白いマスクをつけていました。

 少しして、木村王位はマスクをつけ、逆に藤井七段はマスクをはずしました。マスクに関しては、両者は以後ずっと、そのままでした。

 コロナ禍で王位戦リーグの進行などは遅れましたが、七番勝負は例年と同じ、7月のはじめに開幕しています。

 最終盤。藤井七段は受けてよさそうと見られたところで、敢然と木村玉を寄せに出ました。結果的に見れば2日目、藤井七段は一度も受けの手を指すことはありませんでした。

 不撓不屈の粘り腰で知られる木村王位。こうした展開から歯をくいしばって耐え抜き、感動的な逆転勝ちを収めてきたことは、一度や二度ではありません。

 さて本当に木村玉は寄っているのか。盤上右隅の狭いところで、ギリギリの攻防が続いていきます。

 木村玉は6二から追われ、遠く逆サイドの端、1三にまで逃げています。7三の地点にできた藤井七段のと金は木村玉を追い続け、ついに3二まで到達しました。

 74手目。木村王位は△3一金。相手のと金の頭に、持ち駒の金を打ちつけます。木村将棋の真骨頂とでもいうべき粘りある犠打。相手がタダだとばかりにと金で取ってくれば、たちまち速度は逆転し、形勢もまた大逆転となります。

木村「いやあしかし、これじゃあというところもあって、常に上手い手を指されたらちょっと苦しいかなという展開だったですかね」

 藤井七段は正確な指し手を続けていきます。角を打ち込んで金と交換しつつ、さらにもう一枚と金を作ります。

 78手目。木村王位は△3一桂。2枚のと金が利いている場所に桂を打ちつけます。これもまた木村流の粘り腰。自玉の詰みをきわどく受けています。藤井七段からすれば、どちらのと金で桂を取っても、寄せのスピードがダウンして、やはり負けとなります。

「すごい生命力」

 とABEMA解説の阿久津主税八段は感嘆の声をあげます。強者の玉の生命力はおそろしいまでになかなか尽きません。

 さて、ここで藤井七段はどうするのか。観戦者には、そう簡単に終わりそうな局面とも思われません。

 持ち時間8時間のうち、残り時間は藤井2時間3分。木村1時間2分。いつもは相手より先に時間を目一杯使うスタイルの藤井七段。本局では相手より多く残しています。

 この最終盤で残り2時間。藤井七段の時間のペース配分はほぼ完璧に近かったかもしれません。

藤井「考えてみるとけっこう難しいので、長考に入りました」

 藤井七段は閉じたままの扇子を手元でくるくるさせながら読むのがいつものスタイルです。

 詰将棋解答選手権では消しゴムをくるくるさせるながら、猛スピードで難解な問題を解くことで知られています。

 藤井七段は1時間1分考えました。そして両対局者の残り時間はちょうど1時間2分で並んでいます。

 79手目。藤井七段は端でこらえる木村玉の頭上に向かって、端歩を突きました。

 藤井七段の手を見て、木村王位は右手をすっと額にやりました。そのまま盤上の状況が表れたようなシーンでした。

「端玉には端歩」

 と格言は教えます。本局もまた、その原則に従うのが正解のようです。ただし将棋は、いやというほど例外が生じるゲームです。藤井七段はほぼ1時間を使って読み抜きました。端歩を突き捨てたあと、藤井七段は中段に自陣中段に▲2六金と打ちます。下からはと金2枚。上からは金と香。理想的な上下はさみうちの形が築かれました。

藤井「ただ、応手が多いので、ちょっとわからなかったです。▲2六金のところで、どういう対応か、手が広いと思っていたので」

木村「やっぱりどうやっても寄っている感じがしますね、どうも。けっこう頑張ったつもりではいたんですけど、最後はぴったりしてますし、結果的に、ですけども、鋭い寄せだったんじゃないかと感じましたけどね」

 盤上に西陽が差し、それぞれの駒が淡い影を作ります。藤井七段が席を立った後、木村王位は一人、影が差す盤上を見つめていました。

 木村ファンにとってはなんともつらい、目を覆いたくなるような展開となりました。途中、どこかはっきりミスをしたようなところは見受けられません。相手があまりに強いということなのでしょうか。木村王位は将棋史上最強の羽生善治九段をはじめ、同時代に居合わせたあまたの強敵と真っ向から戦ってきました。その将棋人生は、苦難の連続だったと言っていいでしょう。

 かつて木村王位は、以下のように記していました。

負けと知りつつ、目を覆うような手を指して頑張ることは結構辛く、抵抗がある。でも、その気持ちをなくしてしまったら、きっと坂道を転げ落ちるかのように、転落していくんだろう。

出典:木村一基『将棋世界』2007年5月号

 木村王位は「気」という字を揮毫していました。その言葉の通り、最後の気力を振り絞るように、盤上を見つめ続けます。そして盤上に手を伸ばしました。

 82手目。木村王位は自玉の横に桂を打ちました。桂は守りに使うには難しい駒です。その桂3枚が自玉近くに配置され、木村玉はかろうじて支えられています。

 藤井七段はすっと香を走ります。王手。その香は、将棋界を駆け上がっていく藤井七段の姿のようでもあります。

 7三に作られたと金は、ついに2一まで進み、桂を取って木村玉の死命を制する形となりました。形勢は藤井七段勝勢。恐れ入るよりない、完璧な寄せでした。

 本局をずっと観戦していたという石田和雄九段。石田九段は藤井七段にとっては同郷愛知県の先輩であり、また板谷四郎九段一門では大叔父の関係にもあたります。その石田九段から筆者は電話をいただきました。

「いやもう、強いなんてもんじゃないね」

 その言葉にはうなずくより他にありません。「石田九段一門将棋チャネル」で本局のことも語られるそうです。

 91手目。藤井七段は2枚あると金のうち、1枚を引いて、木村玉に王手をかけます。もしそのと金を取れば、藤井七段の金が前に進んで、はさみ撃ちの幅がせばまります。

 じっと身体を傾け、木村王位は敗勢の局面を見つめます。

 ABEMA解説の広瀬章人八段はその姿を見て、感じ入ったようにつぶやきます。

広瀬「ぱっと投げ出してしまうことは簡単なんですけれど、こういうところに歯を食いしばってきたのが木村王位のスタイルというか。『百折不撓』という代名詞の言葉がありますけど、こういう局面でも何か頑張る筋を見つける、探すのが、最年長(初)タイトルのきっかけにもなったと思うので」

 敗勢の局面を見つめ続けること19分。92手目。木村王位はと金を取らずに、じっと玉をかわしました。

 本日2日目の朝、56手目。木村王位は、やはり取りたいと金を取らず、耐え難きをしのんで玉を逃げ、ずっと粘りに徹してきました。結果的には、本局ではその粘りは報われなかったことになります。

 しかし七番勝負はまだ始まったばかりです。思い返せば昨年の七番勝負は、出だしは木村挑戦者2連敗。そこから不撓不屈の精神でつかんだ王位でした。

 木村王位が席を立ち、盤の前には藤井七段だけが残されました。藤井七段はゆったりとした仕草で、先ほど取ったばかりの桂を自陣に打ち据えます。

 日がすっかり傾いたか、西陽がやみ、いつしか盤上に表れていた駒の影は消えました。

 席に戻ってきた木村王位。盤面を見つめる間、記録係の中西三段から声がかかりました。

「木村先生、残り30分です」

 はい、と木村王位は丁寧に答えます。少しの間、左手で口元の白いマスクを押さえていた後、すっと右手を伸ばし、木村王位は馬で藤井陣の金を取りました。これは形作りです。

 木村玉には7手の詰みが生じています。藤井七段は歩を取りながら金を一つ前に進め、王手をかけました。

 しばしの静寂――。

 そして木村王位は頭を下げ、「負けました」と投了を告げました。

 2日制のタイトル戦に初めて登場した藤井七段。見事にその初陣を飾りました。

 本局をまとめると、藤井七段が先手の利をいかしてリードを広げ、ほぼノーミスで乗り切ったパーフェクトゲームだったように思われます。これでは粘りが身上の木村王位にとっても、いかんともしがたい展開だったのではないでしょうか。

藤井「2日制の対局は初めてで、充実感はあったんですけど、体力面では課題が残ったかなと思うので。次回はそういったところも気をつけたいと思います。いいスタートが切れたかなと思うので、第2局もしっかり指したいと思います」

 対局が終わった後、藤井七段にしては珍しく疲れた様子だったようにも見受けられます。今後も引き続き、ハードスケジュールが大きな敵と言えそうです。藤井七段は6日にB級2組順位戦。そして9日には初タイトル獲得がかかった棋聖戦第3局を戦います。

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 王位戦第2局では先後が入れ替わり、木村王位の先手となります。

木村「去年と違ってすぐの対局になりますので、早く気を取り直して、準備を進めて頑張りたいと思います」

 第2局は7月13日・14日におこなわれます。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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