藤井聡太七段(17)3組決勝で師匠・杉本昌隆八段(51)を降し史上初の竜王ランキング戦4期連続優勝

(記事中の画像作成:筆者)

 6月20日。大阪・関西将棋会館において第33期竜王戦3組ランキング戦決勝▲藤井聡太七段(17歳)-△杉本昌隆八段(51歳)戦がおこなわれました。10時に始まった対局は22時10分に終局。結果は95手で藤井七段の勝ちとなりました。

 藤井七段は史上初めて竜王ランキング戦で4期連続優勝を達成しました。

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 また竜王ランキング戦におけるデビュー以来の連勝記録を20に伸ばしました。

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 藤井七段は3組優勝者として決勝トーナメントに進出。2組準優勝の丸山忠久九段(49)と対戦します。

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 また藤井七段は3組優勝賞金261万円を獲得しました。

 準優勝の杉本昌隆八段は賞金63万円を獲得。来期は2組昇級となります。

感動的なスローペース

 2度目の師弟戦について、師弟は局後、次のように語っています。

杉本「藤井七段との対局というのももちろんありますけども、やはり竜王戦のランキング戦の決勝戦という非常に大きい舞台で対戦相手が藤井七段ということは、自分の中では最高の舞台でしたので、いい将棋を指したいな、というのがありました」

藤井「今回こういうランキング戦の決勝という大きな舞台で対局できるというのは非常に楽しみにしていましたし、持ち時間5時間で、一手一手じっくり指すことができたのかなという気がします」

 本局、杉本八段は和服で対局に臨みました。

杉本「やはり竜王戦のランキング戦決勝ということと、いまタイトル戦(棋聖戦五番勝負)でたたかっている藤井七段相手ということで、実質、私にとってはタイトル戦に近いような感覚で指していました」

 後手番の杉本八段の作戦は四間飛車。そして玉を7筋に置いたままそばに金を上がる趣向を見せました。最近、公式戦でもしばしば見られるようになった形です。

 25手目。藤井七段は攻めの銀を四段目に繰り出して、速い開戦も辞さずの姿勢を見せました。

 そこで昼食休憩。師匠の杉本八段はうなぎ丼を頼んでいました。

 東京・将棋会館でおこなわれた棋聖戦五番勝負第1局。渡辺明棋聖(36歳)もうなぎを頼んでいました。

 昼食休憩が終わって12時40分、対局再開。杉本八段は速攻に備え、玉とは逆サイドに金を上がります。手堅く腰の重い杉本八段らしい構想と言えそうです。

 杉本八段は飛車を中央に寄せた後、角交換をします。互いに角を持ち駒にし、自陣にスキを作らぬよう、じりじりとした駒組合戦が続きます。

 52手目。杉本八段が飛車を一段目に引いた局面で夕食休憩に入りました。夕食は杉本八段は珍豚美人(ちんとんしゃん)のセット。藤井七段はバターライス(マッシュルーム抜き)。いずれも関西将棋会館1階のレストラン「イレブン」で注文されるものです。

 イレブンは誰でも入れて棋士と同じメニューを頼むことができるので、将棋ファンにとっては「聖地」の一つとされています。

 盤上ではどんな戦型でも受けて立つ、王道の姿勢の藤井七段。ただし盤外ではきのこ類が苦手で、食事の際にはあらかじめ対峙を避けています。

 夕食休憩が終わって18時40分、対局再開。53手目、藤井七段は守備側の桂を跳ねます。そしてまたしばらく駒組が続きました。

 61手目。藤井七段は自陣四段目、盤上の左右をにらむ好位置に角を据えました。時間を使って考えに考え、いかにも藤井七段らしい、格調の高そうな構想が示されました。

 62手目。杉本八段は3筋の歩を突っかけます。藤井攻撃陣の弱点である桂頭を攻めるねらいです。

 歩がぶつかって、局面は少しずつ動き始めます。杉本八段が3筋、4筋で繰り出すジャブに、藤井七段は落ち着いて対応していきました。

 21時を過ぎ、杉本八段が玉頭の7筋の歩も突っかけます。藤井七段はそれも堂々と同歩と応じます。ようやく中盤の戦いに入ったかというところで、持ち時間5時間のうち、残りは藤井21分、杉本20分となりました。

杉本「予定の作戦ではありまして。これだけゆったりした進行になるとは、思わなかったですね。全然駒がぶつからなくて、非常に長期戦になりましたが、予定の作戦でした」

 杉本八段は局後にそう語っています。

 藤井七段が中盤で惜しみなく時間を使うスタイルはつとに有名になりました。一方で杉本八段もそれに負けない。師弟ともに将棋にかける真摯な姿勢が表れているかのような、感動的なスローペースでした。

2度目の師弟戦も弟子が制す

 中盤で優位に立ったのは藤井七段でした。それまでのスローペースがうそのように、あっという間に終盤戦に入ります。

 75手目。杉本玉の上部に桂を打って攻め合いの形になったところで、藤井七段は展開に自信が持てたようです。

 粘り強さでは定評のある杉本八段に対し、藤井七段は的確に有効打を放ち続け、一気呵成に勝勢に立ちました。

 互いに桂で相手陣の金銀をはがし合う、正確な速度計算が要求される寄せ合い。ほんの一手間違えば、すぐに逆転されるのが将棋です。しかし藤井七段から間違えそうな雰囲気は感じられません。

 藤井七段の強さを誰よりも知っているのは、師匠の杉本八段でしょう。それでも食い入るように盤上を見つめ続け、あきらめずに手段を尽くします。

 87手目。藤井七段は角を出て杉本玉に王手をかけます。これが正確な寄せでした。そして桂を2枚並べ、杉本玉を受けなしに追いこみます。

 杉本八段は藤井七段の飛車を取って形を作りました。そして終局に備え、居住まいを正します。

 95手目。藤井七段は中央の天王山に角を引いて王手をかけます。

「50秒」

 記録係がそう読んだところで、杉本八段は駒台に手を置きました。

「負けました」

 相手がどういう立場であれ、最後ははっきりとした声で、礼儀正しく負けを告げるのが将棋です。杉本八段は弟子の藤井七段に丁寧に投了の意思を示し、公式戦における2度目の師弟戦は終わりました。

 弟子の藤井七段は2018年の王将戦一次予選に続いて、師匠の杉本八段を相手に勝利を収めました。

真の意味での恩返し

 藤井四段(当時)のデビュー戦は竜王戦6組1回戦の加藤一二三九段戦でした。かつての史上最年少棋士が現役最年長となって、新時代の史上最年少棋士と対戦するという、作ったようなシチュエーションの中で、藤井四段は勝利をあげます。

 以来デビュー以来無敗で公式戦29連勝を達成。さらには竜王ランキング戦でただの一度も負けることなく4年越しで20連勝。ちょっと形容が難しい勝ち続け方です。(筆者が藤井七段の才能、実績、そして人間性を称賛する上での語彙は、すでに尽きつつあります)

 藤井七段の勝ち進むところには、信じられないような新記録が打ち立てられていきます。1987年に竜王戦が創設されて以来33期目にして、ランキング戦4期連続優勝という途方もない記録は史上初となります。

藤井「優勝できたのはうれしいですけど、まだ今まで本戦で結果を残せていないので、がんばりたいなと思っています」

 偉業を達成した後でも、藤井七段のコメントはいつも通り謙虚でした。

 藤井七段は現代将棋界に突如として現れたようにも見える、天才少年です。

 しかしもちろん、藤井少年がこれだけ目覚ましく成長を遂げることができたのは、杉本八段をはじめ、地元愛知県で地道に将棋文化を支えてきた人たちの存在があればこそでしょう。

 将棋界では弟子が師匠に勝つことを「恩返し」と言ってきました。しかし師匠も現役棋士である以上、「恩返し」という言葉ははどうも、実態にはそぐわないようです。

 藤井四段(当時)がデビューして間もない頃、筆者は杉本師匠に師弟戦について尋ねたことがあります。

「弟子が師匠と当たるところにまで来るのは、師匠冥利に尽きます。でも、そういう恩返しはいらんです」

 杉本はそう言って苦笑していた。

「本当の恩返しは、むかし師匠が痛い目に遭わされた人たちに、勝ってくれることです」

 それはつまり、藤井が羽生らに勝って、タイトルを取ってくれることを願っている、ということだろう。

出典:松本博文『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』2017年刊

 本局の後、杉本八段は次のように語りました。

杉本「竜王戦は私も観る側に回りましたので、負けてしまったのは非常に悔しいです。今年の目標が一つなくなりましたけど・・・」

 そして笑みを浮かべながら、こう続けました。

杉本「代わりの楽しみがまた一つ生まれたので、藤井七段の竜王戦の次戦を楽しみに観ていたいなと思います」

 杉本八段はこれまで羽生九段に6連敗を喫しています。一方で弟子の藤井七段は羽生九段に3連勝を返しました。

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 藤井七段はこれから4回目の竜王戦本戦に臨みます。最初は2組準優勝者、丸山忠久九段(49歳)との対戦です。

藤井「丸山九段とは初対戦だと思いますけど、序盤巧者という印象があります」

 丸山九段は羽生善治九段を筆頭とする黄金世代の一角です。杉本八段はこれまで丸山九段に8連敗を喫しています。

 師匠が弟子に望むこと。それは師匠が多くを語らずとも、弟子が一番よく知っているのでしょう。