Yahoo!ニュース

「鬼のすみか」B級1組順位戦開幕 前期A級の木村一基王位(46)久保利明九段(44)は白星発進

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 6月11日。東西の将棋会館においてB級1組開幕1回戦の6局がおこなわれました。

画像

20:22 木村一基九段○-●阿久津主税八段

 木村九段の先手で相掛かり。後手の阿久津八段は横歩を取りました。自陣に桂取りで歩を打つスキが生じるのは承知での踏み込み。木村九段側は桂得をするものの、歩切れで自陣の角頭を守りきれるかどうか。

 阿久津八段はさらに角を切って攻め込んでいきます。対して木村九段は駒得を重ね、落ち着いて対応。怖いところですが、阿久津八段の飛車を成り込んでの攻めをしのげば、駒得が生きてきます。

 「千駄ヶ谷の受け師」木村王位のしのぎは的確で、阿久津八段からの攻めはもう一押しが利きません。総手数55手で木村王位の完勝となりました。

 前年度A級で熾烈な戦いの末に降級してしまった木村王位。今期B1では当然ながら昇級の有力候補です。

22:41 千田翔太七段○-●丸山忠久九段

 B級1組は今期で2期目の千田七段。一方で丸山九段はB級2組からの復帰1期目。過去には名人位2期を含めA級14期というキャリアを誇る大豪です。

 後手番の丸山九段は一手損角換わりの作戦。丸山九段は腰掛銀に構え、千田七段は棒銀に出ます。

 千田七段が飛車先の歩を交換したのに対して、丸山九段は守備陣の防衛ラインを上げ、千田陣に生じたスキに角を打ち込んで馬を作ります。

 丸山九段は馬で飛車を追って捕獲。そのタイミングで千田七段は飛車を銀と刺し違えてスパートしました。

 終盤戦に入ったあたりでは、形勢は丸山九段がリードしていたようです。しかし千田七段が食いついて勝敗不明に。金銀4枚が残った千田七段の堅陣が生きて、やがてはっきりと千田七段が優勢となりました。

 最後は詰む、詰まないの段階ではないものの、丸山九段は攻防ともに見込みなしとみて投了しました。

 千田七段は現在26歳で、今期B級1組では下から2番目の若さ。このまま早いペースでA級昇級を果たすことができるでしょうか。

23:10 久保利明九段○-●松尾歩八段

 この1局は大阪での対局。あとの5局は東京でした。

 後手番の松尾八段は居飛車党ながら、本局ではまず三間飛車に振りました。これは相手が振り飛車党の久保九段であることを前提に、事前に準備した作戦なのでしょう。久保九段は向かい飛車の位置に飛車を振って、戦型は相振り飛車となりました。

 玉形は久保九段が金無双。松尾八段は穴熊。中盤で駒組の頂点に達したところでは、互いに動き方が難しく、千日手模様となりました。

 夕食休憩後、久保九段は千日手を回避します。この決断が的確だったか、そこから少しずつ久保九段がリードを奪ったようです。

 久保九段は中段に角を打って相手の穴熊陣に利かせます。その角の利きを軸として歩を打ち込み、桂をつり上げて弱点の桂頭をねらいます。この攻めが的確で松尾八段側には適当な受けがありません。

 まだ中盤と言える段階ながら松尾八段が潔く駒を投じて終局。81手で久保九段の勝ちとなりました。

 久保九段はA級復帰に向けて好スタートとなりました。

23:11 郷田真隆九段○-●近藤誠也七段

 郷田九段はA級通算13期。名人挑戦2回など、数々の実績を残す強豪です。一方の近藤七段は現在23歳で今期B級1組では最年少となります。

 先手は近藤七段で角換わり模様の出だし。対して郷田九段は角道を止めて雁木に組み上げました。

 互いに相手本陣の上部から攻め合う激しい中盤戦。双方の駒がダイナミックに躍動してきわどい攻防が続きます。夕食休憩に入った段階では、局面はすでに終盤戦の様相を呈していました。

 休憩から再開後の一手は、不思議なことに一局の行方を大きく左右することが多々あります。休憩をはさんでの長考の末、近藤七段はじっと馬を逃げました。このあたりから形勢は郷田九段に傾いたようです。

 最終盤。近藤七段は郷田九段の玉を左右前後はさみ撃ちの形にします。しかしそれは形づくりでした。郷田九段の寄せが一手早く、近藤玉は即詰みの形。郷田九段からの王手を見て、近藤七段は投了しました。

 郷田九段が新鋭を相手に、貫禄を示した一局でした。

23:21 永瀬拓矢二冠○-●屋敷伸之九段

 先日の棋聖戦挑戦者決定戦の記憶が鮮烈な永瀬二冠。こちらでは藤井七段に敗れて挑戦権を逃しましたが、すぐにまた王位戦でも挑戦権を目指す戦いが控えています。さらには叡王戦七番勝負の防衛戦も始まります。勝ち続ける棋士のスケジュールがタイトになっていくのが、将棋界の定跡です。

 その藤井七段の最年少挑戦記録更新で改めてクローズアップされたのが屋敷九段。1989年に17歳10か月で棋聖挑戦とは、改めて大変な記録であることを認識させられました。翌1990年に18歳6か月で棋聖獲得は依然史上最年少。藤井七段が更新できるかどうかが注目されています。

 本局、永瀬二冠が先手で戦型は角換わりとなりました。永瀬二冠は腰掛銀ではなく、早繰り銀を選びます。永瀬二冠の攻めの銀が足早に出ていったのに対して、屋敷九段は飛車先の継ぎ歩で反撃。飛車を中段に浮いて中央に展開し、激しい戦いとなりました。

 永瀬二冠は馬、屋敷九段は龍を作って互いに相手陣に攻め込みます。そして永瀬二冠は屋敷九段からの攻めを強靭に受け、優位に立ちました。攻防に打った香がよく利き、自陣の詰めろを防いだ後は、遠く相手陣の金を取る展開に。

 最後は一手早く、永瀬二冠が屋敷玉を受けなしに追い込みました。

 永瀬二冠はその実力からして、今頃A級にいてもなんらおかしくはない存在。今期で初昇級を果たすことができるでしょうか。

0:23 深浦康市九段○-●行方尚史九段

 過去の対戦成績は深浦14勝。行方15勝。拮抗した数字が残されています。

 戦型は深浦九段が先手で角換わり。深浦九段が腰掛銀に構えたのに対して、行方九段は銀を三段目にとどめ、中住居で6筋の位を取り、自陣に角を打ちます。

 この日はちょうど名人戦七番勝負第1局2日目の対局がおこなわれていました。

 本局、形は少し違うものの、先後を逆にすると名人戦にも似ているようです。

 駒繰りが続く長い中盤戦。深浦九段が金銀4枚を集結させる穴熊に組み替えたのに対して、行方九段は6筋、7筋の位を押さえます。

 行方九段は穴熊の急所である端攻めに出ました。対して深浦九段は手抜きで逆サイドの行方九段の角を攻めます。力のこもった攻防が続いた後、形勢は行方九段優勢となりました。

 最終盤。行方九段は穴熊を攻略し、深浦玉を受けなしに追い込みます。あとは深浦九段の猛追にどう対応するか。

 深浦九段は行方玉の頭に歩を打って王手をかけます。取っては詰んでしまうので、上にかわすか。下にかわすか。どう対応するかは難しいところでした。残り時間は2分と切迫している中、行方九段は上に逃げました。結果的にはこの選択が波乱を呼んだようです。

 深浦九段はさらに王手で五段目に銀を打ちました。これが攻防に利く位置で、受けなしに追い込まれたかに見えた自陣にも利いています。

 そこで深浦九段は自陣に手を戻し、金を打って受けます。粘り強さが身上の両者。本局では深浦九段がその粘り強さを発揮しました。

 形勢はいつしか逆転。深浦九段は自陣の飛車を行方九段の攻めの角と刺し違えます。そしてその角を打って行方玉に王手。これで行方玉は詰んでいます。

 いかにも順位戦らしい深夜の逆転劇で、深浦九段は大きな星をものにしました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

松本博文の最近の記事