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これぞ伝統の名人戦七番勝負! 渡辺明挑戦者(36歳)が豊島将之名人(30)との大熱戦を制して先勝

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 6月10日・11日。三重県鳥羽市・戸田家において第78期名人戦七番勝負第1局▲豊島将之名人(30歳)-△渡辺明三冠(36歳)戦がおこなわれました。

 10日9時に始まった対局は11日20時55分に終了。結果は144手で挑戦者の渡辺三冠の勝ちとなりました。渡辺三冠は初登場の名人戦で、幸先よく1勝をあげました。

 第2局は6月18日・19日、山形県天童市・天童ホテルでおこなわれます。

伝統の名人戦にふさわしい大熱戦

 豊島名人先手で戦型は角換わり。名人戦らしい、力がこもった戦いが続きました。

 37手目。豊島名人が▲4五歩と4筋の位を取ったところで前例からははずれました。

豊島「(40手目)△9二香と上がられて、その後の構想がよくなかったかもしれません。△9二香はあまり考えたことがなかったんで。封じ手のあたりは失敗したかなと思ったので。その間にもうちょっと工夫をしないといけなかったような気がします」

渡辺「予定の進行ではあったんですけど・・・。そうですね、それでまあ・・・。なんかまあ、焦点が難しいような将棋にはなるんで。2日目の進行はまたその場で考えようかなと思ってたんですけど、はい」

 2日目朝には千日手模様となって盤外はざわめきました。そのあたりについて、対局者はどう思っていたのか。

豊島「▲3五歩とか▲7七桂とかやるとかえって悪くなるかなと思ったので。まあちょっと失敗したので、千日手は受け入れようかなと」

渡辺「千日手になりやすい形ではあるんですけど。打開できるなら打開しようかなという感じで」

 千日手が回避された後は戦いとなりました。

渡辺「(68手目、銀桂交換の駒損で)▲4五銀と取っていったあたりはそんなに成算があったわけではないんですけど、もうでも、打開するならそれしかなくなっちゃったんで。うーん、まあ、あとはまた進んでみて考えようかなという感じで、はい」

 88手目。渡辺三冠が△7四角と豊島陣をにらむ角を打ったあたりでは、形勢は渡辺よしと見られました。

渡辺「角打ち自体はまあ、感触がいいかなとは思ったんですけど。まあ、ただ(渡辺陣に▲5三歩成と)と金作られる格好なんで。局面がかなり複雑なんで、形勢はちょっとわからないという感じでやってましたけど」

豊島「(△7四角の3手前に)▲5五歩と取ったとこはいろんな攻め方があるんで、何かまずい順があるだろうという気がしてました。まあでも基本的に、ずっと苦しいような感じがしてて」

 2日目夕方。30分の休憩が終わって、両者ともに白いマスク姿で対局室に戻ってきました。30分の休憩が終わり、18時30分、対局が再開されました。

 95手目。豊島名人は自玉上部に打たれた桂を銀で取ります。

 対して渡辺三冠はノータイムで歩で取り返します。これは観戦者にとっても、また豊島名人にとっても、意外な手だったかもしれません。歩を動かせば渡辺玉の上部に王手で桂を打たれるスキが生じるからです。

 この時点で持ち時間9時間のうち、残り時間は豊島38分、渡辺1時間38分。ちょうど1時間の差がついています。

 豊島名人が次の手を考える間、渡辺三冠は白いマスクをはずし、そして黒いランニング用マスクをつけます。

 豊島名人は1分の消費時間でじっと歩を打って、豊島陣を直射している渡辺三冠の角の利きを遮断します。

 98手目。渡辺三冠は自陣の桂を銀取りに跳ねます。置駒を使う本筋と思わせる一手。ここから渡辺三冠が再び差をつけてやや優位に立ったようです。

 豊島名人はあたりになっている銀を前に進め、渡辺玉に迫ります。そして席を立ちました。その間、渡辺三冠は黒いマスクをはずします。

 対して渡辺三冠は次の手を指して離席。その間に、今度は豊島名人が白いマスクをはずしました。

 最終盤になれば互いにマスクなしというのが、最近よく見られる対局風景のようです。

 103手目。豊島名人は▲3四桂と打って渡辺玉に王手をかけます。なんとも悩ましい初王手。逃げ場所はいくつかあり、どれが正解で不正解なのか。

 残り時間に比較的余裕のある渡辺三冠は、ここで時間を投入して考えます。そして26分を使って△1二玉と端に寄せました。はたしてこの手は正解だったか。

渡辺「▲3四桂と打たれた時に△3三玉の予定だったんで。△1二玉じゃあちょっとどうだったのかな、という感じに思いながらやってたので。△3三玉の変化が成算持てなくなっちゃって、△1二玉は予定変更だったんで。うーん、なんかそうですね。しばらく手を入れないといけない展開になっちゃったんで、わかんないと思いながらやってました」

「端玉には端歩」のセオリー通り、豊島名人は渡辺玉上部の歩をつっかけて迫りました。豊島名人が再び猛然と追い上げ、勝敗不明の終盤となったようです。

 111手目。豊島名人の歩が渡辺玉の目前にまで迫って、残り時間は豊島3分。渡辺54分。形勢は逆転模様で名人わずかによしか。一方で名人は時間は切迫しています。

 豊島名人から厳しい追及が続く中、渡辺三冠はきわどいタイミングで豊島陣に迫ります。これぞ将棋の醍醐味という終盤の寄せ合い。伝統の名人戦にふさわしい大熱戦となりました。

 112手目。渡辺棋聖は玉を端の1二から、元の2二に戻します。

渡辺「いやあ、ちょっともうわかんなかったんで。手としては(113手目)▲4三銀に△4六歩と打っていくしかないかな、と思ったんで、まあ・・・。こっちが詰む、詰まないみたいな変化になるんで、わかんなかったですけど、△4六歩以下の変化はわかんないですけど、それしかないんでやってみようって感じでしたね」

 いくら時間があっても難しそうなところ、豊島名人は秒を読まれ続けます。ここで▲1三歩成△同香の王手を入れるかどうか。まさに「指運」(ゆびうん)というところで、豊島名人はその2手を入れました。しかしその決断が結果的には疑問だったようです。

豊島「夕休明けてちょっと進むぐらいまではずっとまずいかなと。最後の方はちょっと、何かあったかもしれませんけど、時間がなかったのでわからなかったです。端を成り捨てずに同じようにやれば(後の変化で豊島名人の)王様が広かったので、まあそういう手とかですかね。他にも何かあったのかもしれませんけど」

 豊島名人は自陣への攻めは受けず、渡辺玉に迫り続けました。巧みにしのぐ渡辺三冠。形勢はいつしか再び、渡辺三冠の側に振れました。

 128手目。豊島名人が龍(成り飛車)で豊島玉に王手をしたのに対して、渡辺三冠は△6三金。しっかりと合駒を打ちつけます。

渡辺「△6三金合して▲5五桂が打てないならまあ(豊島玉は)詰みだから、それならまあ残してるんじゃなかっていうか、そういう気がしたんですけど」

 豊島名人はそれでも▲5五桂と打つよりありませんでした。豊島名人からの猛追を振り切って、渡辺玉は中段に逃げ越します。そして豊島名人からの王手がついに途切れる時がやってきます。手番は渡辺挑戦者に移りました。

 豊島玉には十数手の詰みが生じています。

「豊島先生、これより一分将棋でお願いします」

 挑戦者からの桂の王手を見つめる名人に、記録係から声がかかります。名人の残り時間は1分。対して挑戦者は25分を残しています。

 豊島名人が桂の王手をかわした後、渡辺三冠は1分を使って金で王手をします。以下はノータイム。豊島玉を正確に追っていきます。

 143手目。豊島名人は信玄袋から白いマスクを取り出します。そして口元につけ、それから自玉に王手をかけている成桂を取りました。

 渡辺三冠はグラスを口にして水を飲みます。そして144手目。豊島玉の頭にしっかりと飛車を打ち据えました。これで豊島玉の逃げ場をなくしています。

「50秒、1、2、3、4、5」

 そこまで読まれたところで名人は右手を駒台に添え、一礼をして「負けました」と告げました。

 渡辺三冠も一礼。そして一瞬中空を見上げ、白いマスクを手にして、口元につけました。

 なんとも難解な終盤戦でした。そうした局面を作り上げる棋界トップの両対局者の技量。そして難解極まりない終盤戦を乗り切った、渡辺挑戦者の底力が光りました。

 渡辺三冠は初登場の名人戦七番勝負で、幸先よく初勝利を挙げました。

渡辺「(2日制9時間の)持ち時間とかはまあ、初めてだったんで。2日目夕休(30分の休憩)があったりするのは初めての経験だったんで。そのあたり1回やってみて、そうですね、それをいかしてまた来週臨みたいなと思います」

 棋聖戦第1局の翌日は名人戦の移動日。渡辺三冠はハードスケジュールの中での戦いでした。

渡辺「それまでがやっぱりしばらく空いてたんで。空いてた分、体力的には問題なかったんですけど。これから(日程がさらに)詰まってきた時に、そのへんはより気をつけなくてはいけないかなというふうには思いますけどね」

 一方、初防衛戦で最初に黒星を喫した豊島名人。

豊島「久しぶりに対局をしたので、少しずつ調子を上げていけたらと思います」

 伝統の名人戦七番勝負。第2局もまた、棋界最高峰を争うにふさわしい熱戦となりそうです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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