6月8日。東京・将棋会館において第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第1局▲藤井聡太七段(17歳)-△渡辺明棋聖(36歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 9時に始まった対局は19時44分に終局。結果は157手で藤井七段の勝ちとなりました。

 史上最年少挑戦者の藤井七段は初登場のタイトル戦で幸先よく勝利。棋聖位獲得まであと2勝となりました。もしそうなれば、史上最年少でのタイトル獲得となります。

 第2局は6月28日。再び東京・将棋会館でおこなわれます。

ただただ、名局

 熱のこもった相矢倉の攻防。藤井七段が71手目を考慮中、渡辺棋聖はマスクをはずしました。

 将棋連盟からは次の通達が出ています。

「対局室への入室においては、マスク着用を推奨しておりますが、マスク着用により思考中の息苦しさを感じる対局者もおり、各々の判断で推奨としております」

 一方の藤井七段は85手目を考慮中、残り15分ぐらいのところで、マスクをはずします。息詰まる終盤戦となりました。

 両者の駒がすべてはたらく、これぞ相矢倉という戦いになりました。

「矢倉を制する者は棋界を制す」

 かつて将棋界ではそんな言葉が繰り返して言われました。すべての駒を使う矢倉は実力を十分に発揮しやすい。歴代王者の多くは矢倉を得意とし、それで大一番を制してきました。渡辺棋聖もまたその一人です。

 92手目。渡辺棋聖はただで取られるところに金を寄ります。トリッキーな攻防手でした。

 藤井七段の残り時間はわずかに7分。そしてこの手は読みにあったのかどうか。難しいと思われる局面で、藤井七段は消費時間なく、すっぱり飛車を切り捨てました。もしこの手が将棋界の新しい時代を呼び寄せる手だとするならば、あまりに鮮やかです。

 飛金交換の駒損ながら、藤井七段は渡辺玉を寄せに出ました。勝敗は不明。ギリギリの終盤戦です。ただし形勢は互角だとしても、時間は大差。残り時間は藤井7分、渡辺42分です。

 99手目、藤井七段は渡辺玉のそばに、ソフトタッチの玄妙な歩を打ちます。この歩はどれぐらい利いているのか? ネットを通じて熱戦を見守るほとんどの観戦者には、さっぱりわからないものと思われます。

 手を渡された渡辺棋聖。ここで受けるのか。それとも反撃に転じるのか。ひたすら難しそうな局面です。

 思い返せば挑戦者決定戦。時間切迫の中、藤井七段が指した△3六銀。あれもまた観戦者には善悪の判断がつきかねる、恐ろしい手でした。永瀬拓矢二冠は驚いた表情を見せ、何度かその銀を見返しました。そして時間を投入し、長考。永瀬二冠の次の手以降、形勢は藤井七段へと傾いていきました。

 渡辺棋聖はここを勝負所と見たか、残された時間を投入して考えます。そして42分のうち20分を使いました。

 100手目。渡辺棋聖は意を決して反撃に転じ、王手で香を打ちます。対して藤井七段は読んでいたか、すぐに香を打ち返し、合駒でブロックします。

 渡辺棋聖は縦から攻めて香を交換した後、藤井玉の横腹が空いたのを見て、今度は遠く横から飛を打って王手をします。

 105手目。今度は藤井七段は合駒を打ちませんでした。角の利きに金を引いて、きわどく受けます。この手もまた消費時間ゼロでした。

 渡辺棋聖はまたここで時間を使います。そして残り7分。形勢だけではなく、時間までもが五分となりました。渡辺棋聖は自玉を早逃げします。対して藤井七段はすぐに自玉の上部に香を打つ。攻めるは守るの攻防手でしょう。

 これだけ手数がきわどい終盤戦が進みながら、形勢はずっと均衡が保たれたままです。将棋は指せる可能性のある手のうち、ほとんどが悪手です。その中から両者は最善に近い手を指し続けるからこそ、差がつかないというわけです。

 108手目。渡辺棋聖は打たれた香を銀で取りました。2分を使って残りは5分。残り時間はついに逆転して渡辺棋聖の方が少なくなりました。そして形勢もまた、ついに藤井七段の方に傾いたようです。

 藤井七段は先ほど、1三の地点で飛車を成り捨てました。そして今度は同じ地点で馬を取らせます。藤井七段は大駒の飛、角を取らせ、小駒だけで渡辺玉はギリギリ寄っているのかどうか。

 藤井七段は精緻なパズルを解くかのように、渡辺玉を受けなしに追い込みました。

 渡辺棋聖は最後の反撃に転じます。これが実にきわどい。受け方を間違えれば、あっという間に藤井玉は寄せられます。

 渡辺棋聖、藤井七段の順に時間を使い切って、あとは両者ともに60秒未満で指す「一分将棋」です。

 藤井七段は龍の王手に、今度は香を合駒しました。渡辺棋聖は和服の袖をまくり、最善を尽くして寄せに出ます。藤井玉は詰むや詰まざるや。手に汗にぎる最終盤となりました。

 常人であれば棋聖を相手に、おそらくは何度も何度も詰まされる場面でしょう。

 しかし藤井七段の指し手は最後まで正確でした。王手とその受けが続くこと32手。藤井玉は盤上をぐるりとめぐって、渡辺玉の近くまで逃げ切りました。藤井攻撃陣で残った銀と桂、渡辺玉をしばる金銀3枚が、藤井玉の受けにも役立っています。

 渡辺棋聖はしばらく中空を見上げた後、盤上に視線を戻し、龍で藤井玉に王手をかけました。これは形作りの一手です。

 157手目。藤井七段は合駒で桂を打ちました。これが自玉の王手を防ぐと同時に、相手玉への逆王手になっています。

 美しい終局図を残して、渡辺棋聖は投了を告げました。

 藤井七段は相矢倉の名局を制し、タイトル戦初陣での見事な勝利。棋聖位獲得まであと2勝としました。