記録係の升田幸三初段(15歳)高段者の対局を「トロいヘボ将棋」と感じ早く終わらせようと消費時間水増し

(記事中の画像作成:筆者)

「棋譜は後世に残る」

 これは升田幸三九段(1918-91)の名言です。その通り、優れた棋譜は時代を超えて後世に伝えられていきます。

 升田九段は木村義雄14世名人(1905-86)や、木見金治郎九段門下の弟弟子である大山康晴15世名人(1923-92)など、多くの強敵を相手に、多くの名棋譜を残しました。

 ただしその棋譜も、誰かが書き残し、何らかの手段で広く流布しなければ、忘れ去られてしまいます。

 現在の将棋の公式戦では、2人の対局者のそばにずっと張り付き棋譜を取る「記録係」が存在します。ではその記録係は、いつから存在したのでしょうか。観戦記者の大御所であり、将棋史に詳しい東公平さん(86歳)に尋ねてみたところ、はっきりとしたことはわからないようです。

 古棋譜の多くはほとんどの場合、対局者自身が局後、記憶を頼りに書き残したものと思われます。

 近代に入って将棋の棋譜が新聞や雑誌に掲載されるようになると、棋譜の正確さがより求められるようになりました。また持ち時間制が導入されると、時間の計測も必要となります。以来、記録係は対局における重要なバイプレイヤーであり続けてきました。

 一方で、よほど緊急事態でも起こらない限り(コロナ禍はまさにその緊急事態でしたが)高段の権威ある先生は記録係は務めません。昔から現在に至るまで、記録係の役割を担ってきたのは、主に若年で修行中の低段者でした。

 さて、冒頭の名言を残した升田九段。少年時にはどのような記録係ぶりを見せたのでしょうか。

升田記録係、消費時間の水増しバレる

 升田九段は自叙伝『名人に香車を引いた男』において、若き日の武勇伝(?)をいくつも書き残しています。記録係に関する件も、その一つかもしれません。

私は、記録係というものをやらなかった。やらなかったんじゃない、やらせてもらえなかった。

初段になりたての時分、一度だけやったんです。対局者は高段といわれる人なんだが、どっちもトロい将棋でね。わかりきったところで考え込み、そのあげくに悪手を出す。こんなヘボ将棋に、いつまでもつき合わされたんじゃたまらん。そこで私はすこしでも早く終わらせようと、勝手に消費時間の切り上げをやった。

出典:升田幸三『名人に香車を引いた男』

 升田少年が初段に昇ったのは1934年。満15歳(数え17歳)の時でした。

 升田初段の修行時代の基準では、高段者とは五段以上です。

 年少低段の記録係の目には、先輩高段者の将棋が「トロい」「ヘボ」だと映る。それはいつの時代でも起こりうることでしょう。

 しかし「消費時間の切り上げ」をやって早く終わらせようとする記録係は、あまりいないでしょう。チラリと考えることはあっても、それを実行に移してバレれば、怒られるどころではすみません。

 大胆不敵な升田少年。豪快に消費時間の水増しを敢行します。

ルールでは〈一分未満は切り捨て〉となっておる。一手の考慮時間が5分59秒であれば、59秒は切り捨てられ、消費時間は5分と記録される。それを私は逆に切り上げた。59秒どころか、5分30秒でも、5分15秒でも、くりあげて6分とつけちまう。一手ごとに、しかも出入りですから、これでけっこうハカが行くんだわ。

出典:升田幸三『名人に香車を引いた男』

 将棋界の公式戦では持ち時間制が導入されて以来、1分未満は切り捨てが基本です。

 記録係が1分未満を切り捨てず、逆に切り上げていけば、なるほど記録上、時間はたくさん消費されることになります。

 そんな升田少年の大胆な水増し工作は、すぐに露見することになります。

対局中は気づかれなんだが、終わってから記録用紙を見て、一人がおかしいといい出した。開始から終局まで、途中の休憩時間を差し引いて双方の消費時間を合計すれば、このカラクリは見破られる。

「升田の記録はけったいや。計算が合わん」

ということになり、それっきり、記録係のお呼びはかからなかった。

出典:升田幸三『名人に香車を引いた男』

 以上、大先生の武勇伝はさらりと締められています。

「死んでこの世に残るのは、紙切れに書いた棋譜だけだ」

 これもまた、升田九段の名言です。現代では棋譜は紙に書く他に、記録係のタブレット操作で記録もされます。また最近では自動で記録されるようにもなりました。

 自動記録の際には、対局者自身が指した後でボタンを押して、時間が計測されます。これならば記録係が介在する余地がありません。升田記録係のような武勇伝が生まれる余地もなくなるのでしょう。