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ヤバいぐらい強いコンピュータ将棋ソフトに大駒落ちで勝ち越せる人類は何人存在するか?

松本博文将棋ライター
将棋倶楽部24で人類と飛車角落ちで対戦する水匠U(記事中の画像作成:筆者)

 コンピュータ将棋の強さがとんでもなくヤバい。(語彙力)

 そう認識されて、既に久しくなりました。

 将棋は人類にとって、無限に等しい可能性があります。それを端的に示すかのように、コンピュータ将棋は今もなお、青天井の勢いで進化を続けています。

 人類は既にハンディなし(平手)では、トップクラスのコンピュータ将棋には勝てません。そしてその差はさらに開き続けているようです。

 将棋では古来、対局者同士に実力差がある場合には、強い側が最初に駒の数を少なくして(落として)ハンディをつけ、互角に近い勝負となるように調整して対局をすることがあります。これを「駒落ち」と言います。

 では現状、どれぐらいのコンピュータにどれぐらいの駒を落としてもらって、ハンディをつけてもらえば、人類は互角以上に勝負ができるのでしょうか。

2年前の最強ソフトに飛車角落ちで勝つソフト

 2017年。コンピュータ将棋ソフトponanzaは「電王戦」という場において、将棋界のトップである名人と戦って、2連勝を収めました。コンピュータと棋士との公開での対局は、この時の電王戦をもって終了となりました。

 同じく2017年。コンピュータ将棋の頂点を争う世界コンピュータ将棋選手権(WCSC)では、elmoというソフトが、最強と思われたponanzaに勝って、優勝を飾りました。

 昨年2019年。WCSCで水匠(すいしょう)というソフトが7位に入賞しました。開発者は杉村達也さん。千葉県の弁護士さんです。

コンピュータ将棋開発者の杉村達也さん
コンピュータ将棋開発者の杉村達也さん

 杉村さんは飛車角落ち(二枚落ち)に特化した評価関数(人間でいうところの大局観、判断基準)を持つ「水匠U」というソフトを開発しました。

 「水匠U」の「U」とは上手(うわて)のこと。ハンディ戦である駒落ちでは、駒を落としてハンディをつける側を上手と呼びます。反対に、ハンディをつけてもらう側は下手(したて)です。

 二枚落ちともなれば、相当な実力差がある場合の手合となります。

 水匠Uの実力はすさまじいものでした。水匠Uが飛車角を落として2017年WCSCバージョンのelmoと対戦すると、10回のうち3回勝ったというのです。

 水匠Uが50倍ぐらい多く読んだ上での対戦だそうですが、それでもあのelmoが二枚落ちで負けることがある、というのは衝撃的です。

 雑にまとめると、人類最強の名人に勝ったponanza。それに勝ったelmo。それに飛車角落ちで勝った水匠U、ということになります。

 ちょっと何を言ってるのかわからない――。後から出てくるキャラの強くなり方が、インフレ過ぎるようにも思われます。

 水匠Uは現在、インターネット対戦サイト「将棋倶楽部24」で指すことができます。

「いくらコンピュータ将棋が強くとも、二枚落ちならばさすがに勝てるんじゃないの?」

 もしそう思われる方がおられれば、ぜひ挑戦してみてください。幸いなことに、というべきか、実はその通りです。ある程度の戦略とある程度の実力があれば、依然アマチュアでも水匠Uを相手にして、二枚落ちは勝つことができます。

 アマチュアの筆者は水匠Uとここ半年ぐらい、断続的に指し続けています。トータルの結果は現在のところ46勝45敗(今月は8勝8敗)。よく健闘している、というところでしょうか。

「そうか、おれは普段、コンピュータに二枚落ちで負けるようなやつが書いた記事を読まされているのか・・・」

 と憤慨される方がもしおられるとしたらすみません。その通りです。

 筆者の棋力は、近年よく指しているスマホアプリの「将棋クエスト」では六段レベルです。

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 十数年ぐらい前によく指した「将棋倶楽部24」では最高レーティングが2500点ぐらい。そんな筆者の体感としては、飛車角を落とした上での水匠Uのレーティングが2525点というのは、非常に納得感があります。

 筆者より強い人は当然ながら数え切れないほどいます。そうした人たちが適切な戦略を立てれば、水匠を相手に二枚落ちでも勝ち越せるでしょう。

 「将棋倶楽部24」では人類の最高点は3300点ぐらいです。一方でコンピュータ将棋のトップクラスは、4000点台半ばと推測されるようです。

人類上位クラスは大駒落ちでどれぐらい勝てるか

 さて、上手の水匠にとって二枚落ちよりも有利な手合となる飛車落ちはどうでしょうか。これは一気にハードルが上がります。

 現在までの結果を見る限り、飛車落ちでは3000点クラスで何回かに1回勝てるかどうか、というレベルのようです。

 3000点というのは、棋士、奨励会員、アマチュアトップでようやく到達できるクラスです。そこから推測すると、コンピュータ将棋に飛車落ちで勝ち越せる人類は、数十人いるかどうか、というレベルになりそうです。

 飛車落ちよりもさらに上手有利の角落ともなれば、勝てる人類は何人存在するのか――。

 突き詰めて考えていくと、どうも怖いことになりそうです。

 将棋のいいところは、対戦数を重ねていけば、実力差がはっきりするところです。「論より証拠」で何度も対戦していけば、どれぐらいの手合が適正なのかは、はっきりします。

 将棋界では伝統的に同じ人と何度も指した上で、4番差がつくと手合が改められます。平手で4番差がつくと半香(平手と香落1局ずつワンセット)。半香で4番差がつくと定香(香落のみ)といった具合です。

 コンピュータ将棋が人間よりずっと弱かった頃には、人間がコンピュータを相手に何枚駒を落として勝てるのかという試みはしばしば見られました。しかし立場が逆になると、それは難しいようです。

 人類の上位クラスが公開の場で、コンピュータを相手に指し込みで何局も戦ってみれば、現実はわかりそうです。しかしそういうことははっきりさせず、あいまいなままにしておくのが、現代の将棋界の流儀のようです。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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