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豊島将之竜王・名人(29)名局を制して叡王挑戦権獲得! 渡辺明三冠(35)との東西横綱決戦を制する

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月24日。東京・将棋会館において第5期叡王戦挑戦者決定戦三番勝負第3局▲豊島将之竜王・名人(29歳)-△渡辺明三冠(35歳)戦がおこなわれました。結果は123手で豊島竜王・名人の勝ちとなりました。

 豊島竜王・名人は三番勝負を2勝1敗で制して、永瀬拓矢叡王(27歳)への挑戦権を獲得しました。

現代トップ棋士2人が作りあげた名局

 叡王戦挑決三番勝負は、第1局は渡辺勝ち。第2局は豊島勝ち。両者が互いに後手番局で勝利を収めるという展開となりました。

 渡辺三冠は先日、王将戦第4局で広瀬章人八段に敗れています。

 2勝2敗でタイに追いついた広瀬八段は会心の笑みを浮かべていました。

 絶好調と言われた渡辺三冠もここ最近は3連敗で、ややブレーキがかかってきたようにも感じられます。過密スケジュールで相手も強敵ぞろいとあれば、無理からぬことかもしれません。

渡辺「前回、2局目は内容がよくなかったので。その後もちょっと、いい将棋が指せてないので。はい。そろそろ上向かないかな、と思ってるところなんですけど(笑)。あんまりそういうもの(調子の波)はないと思ってるんですけど、やっぱりまずい内容の将棋が続くと、何かしらにやっぱり原因を求めたくなりますよね。『体調はどうなんだ』とか『体重が多いんじゃないか』とか『疲労がたまってるんじゃないか』とか(笑)。そのあたりのことを考えながら、普段の調整なんかもしていかなくてはいけないかなと思ってるんですけども。はい」

 豊島竜王・名人は先日、王位戦リーグ紅組で新鋭の本田奎五段を相手に白星をあげています。

 また永瀬叡王(王座)も勝利。

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8人が8つのタイトルを分け合う群雄割拠の時代から一転して、現在は永瀬二冠、豊島二冠、渡辺三冠と次第に収斂しつつあるようです。春から始まる名人戦七番勝負は豊島名人-渡辺三冠で既に決まっていますし、また叡王戦七番勝負で永瀬叡王と対戦するのも、豊島、渡辺のいずれかです。

 叡王戦挑決三番勝負の第3局は、改めて振り駒がおこなわれます。その前に両者は次のように語っていました。

豊島「一応、どちらになっても大丈夫なように準備はしてきたつもりです。ちょっと振り駒なんで難しいところはあるんですけど、よく準備できたかなと思います。準備が失敗して負けてしまうと悔いが残るので、そういうことがないように、一応やってきたつもりではあります」

渡辺「1局目を勝った後に『実はこの2人、後手番がいいんですよ』って言ったら、2局目、その通りになっちゃんたんで(苦笑)。うーん、今日はどうなりますかねえ。先後わからないので、作戦的にはまあ、始まってみて流れにまかせるようなところはあるんですけど。2局目が内容よくなかったんで、今日は中盤や終盤で競り合えるような内容にしなくてはいけないな、ということは考えてますね」

 振り駒をおこなったのは見届け人の伊藤雅浩さん。著名な弁護士さんであり、また将棋界では伊藤匠三段のお父さんとしても知られています。

 伊藤さんの振り駒で、先手は豊島・竜王名人と決まりました。

 4手目、後手番の渡辺三冠は角筋を止めました。これは先日の王将戦第4局に引き続いての作戦です。王将戦では先手の広瀬八段の矢倉に対して、後手の渡辺王将は雁木の構えとなりました。

 本局もまた渡辺王将は雁木です。対して豊島竜王・名人は左美濃の形は作ったものの、玉形の整備はそこそこにして、棒銀から歩をつっかけて、あっという間に仕掛けました。持ち時間3時間のうち、そこまでの消費時間は、わずかに8分。この早い進行は、事前の周到な準備なしにはありえません。

 対して渡辺王将は考えた末に、強く反撃して戦います。中盤をすっとばし、40手ぐらいで既に終盤の雰囲気となりました。

 豊島玉は渡辺三冠の飛角ににらまれ、かなり危ない形に見えました。そこで豊島竜王・名人はあえて狭い下段に玉を逃げて、きわどく受けます。大山康晴15世名人の受けを思わせるような、達人の芸でした。

 対して渡辺三冠の方は飛車と角、いずれも成りこめるところで、じっと飛車を引き上げて手を渡します。このあたりの応酬は実に見応えのあるところでした。

 豊島竜王・名人は攻めのターンを得て、棒銀をさばいて飛車を成り込みます。ここでの形勢は豊島優勢のようです。

 ただし、ここからが強いのがトップクラス。渡辺三冠は崩れずに最善を尽くしてチャンスを待ちます。そして最終盤は一気に差が縮まり、勝敗不明となったように見えました。

 渡辺三冠は時々何かぼやき、頭に手をやり、次に眼鏡のフレームを両手で押さえ、盤面を凝視します。一方の豊島竜王・名人は、時折あごに手をやるぐらいで、終始じっとしています。

 渡辺三冠は自陣に金を打って粘る姿勢を見せます。豊島竜王・名人は残り27分。そこで時間を使って読みふけります。そして16分を使って、銀を捨てた後に王手角取りをかける筋を見せました。

 渡辺三冠は角銀交換の駒損となり、攻防に利く角を消されることになりますが、合駒で銀を打って手順に自玉を固めることができて、貴重な手番をにぎります。

 勝敗不明の、白熱した終盤戦が続く中、渡辺三冠が席を立ったところで、豊島竜王・名人は眼鏡をはずし、目薬を差しました。

「初王手、目の薬」

 という言葉がありますが、豊島玉は何度も王手をかけられた後、周囲が補強され、こちらも次第に堅くなってきました。両者ともに金銀3枚の囲いが作られ、容易には負けない態勢です。

「いやあ、わかりません」

 という渡辺三冠の大きなぼやき声。渡辺三冠も残り時間が切迫し、いよいよクライマックスを迎えました。わかりません、と言いながらも、渡辺三冠は着実に上から押していきます。途中までの苦しい形勢を思えば、ここでは流れは逆転していたのかもしれません。

「豊島先生、これより一分将棋でお願いします」

 と記録係の声。秒を読まれ、ギリギリまで考えた豊島竜王・名人は、王手で角を出ました。

「渡辺先生、これより一分将棋でお願いします」

 対して渡辺三冠は、ひるむことなく、一番強い応手でガツンと受けます。

「いやー」

 和服姿の渡辺三冠は袖をまくり、秒を読まれながら頭に手をやり、その後で指します。渡辺三冠が背筋を伸ばすのに対して、豊島竜王・名人はじっと身体を傾けて盤上を見続けます。

 秒読みの中、渡辺三冠は銀を引いて自玉の逃げ道を開きました。しかしこの手が直接の敗着となったようです。豊島竜王・名人はゆるまずに渡辺玉を追いつめていきます。

 渡辺三冠は歩を打って豊島玉に王手をかけます。そして冷静に対応されてみると、さすがの渡辺三冠も、ついに手段が尽きました。最後は豊島竜王・名人が渡辺玉を寄せきって、大熱戦に終止符が打たれました。

 手数はそれほど長くはないものの、一手一手の密度が濃く、また形勢は二転三転。現代のトップ棋士2人が作り上げた名局と言って間違いではなさそうです。

 挑決三番勝負を2勝1敗で制した豊島竜王・名人は、永瀬拓矢叡王への挑戦権を獲得しました。こちらもまた当然ながら、現代将棋界最高峰の戦いと言えるでしょう。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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