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将棋界で通算1000勝をあげることの難しさと、現役最年長棋士・桐山清澄九段(72)の取り組み

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 Yahoo!で「1000勝」と検索すると、まず出てくるのは、日本プロ野球監督の勝利数です。そのリストを眺めてみると、なるほど、これは球史に名を残す名将ばかりです。1位は鶴岡一人監督の1773勝。5位は野村克也監督の1565勝です。

 昨年は原辰徳監督が史上13人目となる通算1000勝を達成しました。(現在は1029勝)

 「1000勝」の検索では、プロ野球監督、中央競馬の騎手および調教師の次に将棋の棋士がヒットします。

 将棋界で1000勝を達成すると「特別将棋栄誉賞」が贈られます。これを達成したのは、過去にわずか9人のみです。

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 1位の羽生善治九段(49歳)は改めて言うまでもなく、将棋史上のレジェンドです。その勝数、さらには7割を超える勝率を見ても、別格中の別格の存在であることがわかります。

 2位の大山康晴15世名人(1923-92)もおそるべき記録で、昭和の半ばに無敵状態で勝ち続けたのは周知の通りです。

 またそれ以前、公式記録が整備されず、戦災などで資料が消失してしまった時の対局記録についても、大山15世名人に限っては、自身で正確に記しておいたことが幸いして、戦後、公式な記録として認められることとなりました。

 上記の理由などで、過去と現在の棋士の成績を単純に比較することはできません。

 そこで1949年に四段に昇段し、通算856勝(歴代18位)をあげた二上達也九段(棋士番号57)から、2019年10月に四段に昇段した渡辺和史四段(319番)、石川優太四段(320番)まで、棋士番号を与えられた棋士の中でざっくり計算してみます。

 すると1000勝を達成した棋士は264人中8人。わずかに約3%だけの存在です。

 現在、もっとも1000勝に近い棋士は994勝(歴代10位)をあげている桐山清澄九段(72歳)です。

 現在の将棋界はコンピュータ将棋ソフトの存在なくしては語れません。愛弟子である豊島将之竜王・名人(29歳)はいち早くそれを研究に導入し、さらにパワーアップしました。

 現役最年長棋士の桐山九段もまた、同様のようです。

 将棋ソフトを抜きには語れなくなった将棋界。「もちろん使っています」と即答する。「ソフトは人間が思いつかない手を指す。人間がいくら考えても出て来ないのだから、参考にせざるを得ない。ソフトの指し手を見て、自分の工夫を加えるわけです」と明快だ。

 2007年8月に900勝を達成して11年。「ここまで来たからには、1000勝はぜひ達成したい」。いぶし銀の決意を示した。

出典:新土居仁昌「桐山清澄九段 輝き放ついぶし銀」「毎日新聞」2018年8月27日大阪

 最年長棋士がパソコンで研究というと、意外にも思われるかもしれません。実は桐山九段は、今から約三十年前には、棋譜整理の用途で、いちはやく研究にパソコンを活用していました。

 以下は桐山九段が44歳当時の記事です。

 最近、パソコンを購入して棋譜の整理をしているそうだ。

 将棋界も情報化時代を反映して、パソコンを使ってのデーター収集をする棋士が増えている。とりわけ若手は研究熱心で、近年のあらゆる局面を競って“腑分け”しており、一日遅れると新しい動きについていけなくなるという。

 将棋がかつてないシビアなものになってきた。ロマンの欠如など批判はあるが、勝つためには、いかに多くのデーターをインプットするかが必要な時代になってきた。ベテラン桐山もパソコンで現代将棋の傾向と対策を研究しているわけだ。

出典:福本和生「”いぶし銀”の桐山将棋」「産経新聞」1992年10月7日朝刊

 これらの取り組みの上で、現在までの活躍があったのかもしれません。

 桐山九段は順位戦C級2組からの陥落が決定し、原則的には残っている他棋戦の対局を終えた時点で引退となります。1000勝達成は、残念ながらやや厳しい状況と言わざるをえません。それでもファンや関係者は変わらず、最後まで声援を送り続けるでしょう。

 プロ野球の仰木彬監督(1935-2005)は通算988勝だったそうです。1000勝にはわずかに届きませんでした。それでも仰木監督が名将だったことに、変わりはないのでしょう。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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