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勝ちまくって超多忙の渡辺明棋王(35)棋王戦五番勝負第1局で新鋭・本田奎五段(22)に勢いよく完勝

松本博文将棋ライター
超過密スケジュールの渡辺棋王(記事中の画像作成:筆者)

 2月1日。石川県金沢市・北國新聞会館において棋王戦五番勝負第1局▲渡辺明棋王(35歳)-△本田奎五段(22歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。9時に始まった対局は17時4分に終局。結果は95手で渡辺棋王の勝ちとなりました。

 渡辺棋王は8連覇に向けて幸先よい1勝をあげました。

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 一方でタイトル戦番勝負初登場の新鋭・本田五段にとっては、ややほろ苦いデビュー戦となりました。

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 渡辺棋王はこれで今年度34勝9敗。超多忙の1月で少し勝率を落としましたが、あと2連勝で8割に復帰します。

渡辺棋王、銀矢倉を打ち破る

 本田五段は将棋史上初めて、タイトル戦参加1期目にして挑戦権を獲得したシンデレラボーイです。トーナメントでは予選から本戦まで、並み居る強敵を連破して、一気に五番勝負の舞台まで駆け上がりました。

 デビュー以来1年4か月でのタイトル戦登場は史上2位のスピードです。

 1位は1989年、17歳の史上最年少でタイトル戦(棋聖戦五番勝負)に登場した屋敷伸之四段(現九段)の1年2か月。屋敷四段は最初の挑戦では、当時の第一人者である中原誠棋聖(三冠)に敗退しましたが、五段昇段後、2度目の挑戦で中原棋聖を破りました。

 将棋界に存在する最年少記録、最短記録の多くは藤井聡太七段が塗り替えつつあります。しかしタイトル戦登場のスピード記録に関しては、藤井七段の後に棋士となった本田五段が上を行きました。もし3月に棋王位奪取となれば、デビューから1年5か月。屋敷現九段の1年10か月を抜いて、史上最速のタイトル獲得記録となります。

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 一方で待ち構える渡辺棋王は王将、棋聖を併せ持つ三冠王。名人挑戦を決め、叡王戦では挑決三番勝負に進出し、三冠を堅持すれば、四冠、五冠と将棋界制覇が望める勢いです。

 この五番勝負、下馬評では圧倒的に渡辺乗りの声が多いでしょう。その空気感については、屋敷伸之四段が中原誠棋聖に挑戦した頃に似ているのかもしれません。

 両者の対戦はこれまでになく、本局が初手合となります。

 8時41分。対局室に入った本田五段は将棋界の伝統にのっとって和服姿でした。そして下座に座ります。

 8時46分。次いで渡辺棋王が現れ、上座に着きました。

 振り駒の結果、歩が5枚出て、先手は渡辺棋王となりました。

 注目された戦型は、矢倉模様となりました。タイトル戦ではこれまでに何度も登場してきました。しかし最近では金銀3枚で組み合って、玉を入城させ、それから本格的な戦いに・・・という展開は、ほとんど見られなくなりました。

 本局、本田五段は「銀矢倉」という囲いを採用します。これが用意の作戦でした。

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 4三の地点に飛車側の金を配置するのが「金矢倉」なのに対して、4三と3三に銀を並べるのが「銀矢倉」です。

「守りの駒は美しい」

 という名言を残したのは大山康晴15世名人(1923-92)です。銀が2枚横に並んでいる銀矢倉は、なんとも言えない美しさがあります。大山15世名人は振り飛車党に転身する前には、名人戦などの大舞台で、この銀矢倉をしばしば採用しました。

 近年はコンピュータ将棋の影響によって、銀を3三ではなく4三の地点に上がる「雁木」の形が再評価されるようになりました。その視点で見ると、銀矢倉は雁木と矢倉のハイブリッドと言えるかもしれません。筆者の手元のソフトでも△4二銀右から△4三銀という進行は、第一候補として示されています。

 ただし攻めにも使いたい銀を守りに配置することになるので、守りが厚くなるメリットの代わりに、攻撃陣が手薄くなるデメリットもあります。

 本田陣が金矢倉ではなく銀矢倉という点はあれど、最近では珍しく、両者ともに矢倉を完成させ、玉を入城させる序盤戦となりました。

渡辺「本譜みたいな将棋は指したことがなかったんで、ちょっと午前中から長考になったんですけど」

 と渡辺棋王。最近は角換わり腰掛銀の最前線のように、互いに事前準備もばっちりという局面まで一気に進行することも多く見られます。本局では比較的落ち着いた進行ペースとなりました。

 局後、銀矢倉の採用について尋ねられた本田五段。

本田「ああいう形になったら指してみようと思ってたんですけど、微妙に想定と違ったので・・・。そうですね、一局かなとは思ってたんですけど」

 作戦が成功したという感触はなかったようです。

渡辺「ちょっと、序盤はいまいちだったかもしれないんですけど」

 渡辺棋王の方は、現代では見慣れない作戦にとまどいもあったかもしれませんが、まずは序盤を無難に進めることができたようです。

 角交換の後、仕掛けたのは先手の渡辺棋王でした。歩を突き捨てて相手陣に角を打ち込むという、部分的にはオーソドックスな攻め筋です。そして互いに角を成り返り、馬を作る展開となったのですが、先に桂を得した分だけ、渡辺棋王がリードしました。

渡辺「本譜は桂得になってから、ちょっとよくなったみたいな将棋だったですかね」

本田「仕掛けられて、すでにまずいのか・・・。ちょっと、どこからまずいのかが、よくわからなかったです。気づいたらわるくなっていた感じで」

 やや苦しくなった本田五段は、渡辺陣の桂を取り返しに、銀を進めて勝負に出ます。対して渡辺棋王は▲4五桂。狙われている桂を中空に跳ね出しました。これが次の一手問題に出題されるような、気持ちのいい手でした。矢倉はこの桂に跳ねられると、3三の銀が当たりになるというデメリットがあります。本田五段が桂を取れば、進めたばかりの銀を飛車で取り返されてしまいます。

 桂を損して取り返すことができず、その桂が攻撃の拠点になってしまうのでは、本田五段にとってはつらい限りです。このあたりで、渡辺棋王優勢がはっきりとしました。

渡辺「桂得したんでちょっと指せるかなとは思ってたんですけど。うーん、そうですね、その後に・・・。はっきりよくなったのは▲4五桂と跳ぶ手ですかね。あの図になれば、それで一手勝ちになるんじゃないかと思ってたんですけど」

本田「跳ばれて固まっている(困ってすぐに次の手を指せない)ようでは、ちょっとひどかったですね」

 あとは渡辺棋王の手堅く正確な収束を見るばかりとなりました。

 王者の側に差をつけられてしまい、挑戦者としては力の出せない展開となってしまったか。

渡辺「まだ始まったばかりなので、2週間後(の第2局)に向かって調整していければなと思います」

 超多忙のスケジュールの中で、どれだけの白星を積み重ねることができるでしょうか

本田「(タイトル初挑戦での緊張は)あまり自覚しているつもりはなかったんですけど・・・。自分で2分ぐらいで指したと思った手がもうちょっと考えていたりして、そういうところで緊張していたのかもしれません」

 第2局は先後が入れ替わって、本田五段が先手となります。

本田「先手番で自分の指したい戦型があるので、しっかり準備してきたいです」

 第2局の戦型は、本田五段が得意とする相掛かりとなるのでしょうか。新鋭の健闘を期待したいところです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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