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折田翔吾アマ(30)棋士編入試験第3局でスペシャリスト山本博志四段(23)の三間飛車を受けて立つ

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 1月27日10時。東京・将棋会館において棋士編入試験五番勝負第3局▲山本博志四段-△折田翔吾アマ戦が始まりました。

 折田アマは現在1勝1敗。トータルで3勝をあげると、試験に合格となります。

 山本四段は初手に▲7八飛。左から3列目の筋に飛車を移動させました。「三間飛車」と呼ばれる戦法です。「三間」は「さんげん」か「さんけん」か。将棋界的には「どっちでもええやないか」という感じです。

 元をたどってみると「さんげん」が古く、最近では「さんけん」と読む若者が増えてきたようです。

 山本四段の師匠の小倉久史七段も三間飛車党です。師弟には『三間飛車新時代』、『三間飛車戦記』という共著があります。2017年に出版された『三間飛車新時代』は山本四段がまだ奨励会三段時代に書かれたものでした。

プロ棋士になるという夢がまだかなっておらず、手順前後とのご指摘もあるかとは思いますが、必ずプロになって三間飛車の魅力をお伝えできるような将棋を指したいと思います。

出典:山本博志『三間飛車新時代』まえがき

 山本三段はその1年後の2018年10月、奨励会を卒業して四段に昇段しました。

 三間飛車をはじめとする振り飛車は、昔から指されてきた由緒正しき戦法です。特にアマチュアの間では、大きな人気を誇ります。

 ところがコンピュータ将棋ソフトは、振り飛車をあまり評価していません。筆者の手元のソフトは評価値の初期値が先手80点ぐらいよしのところ、初手▲7八飛を入力すると、後手が200点ぐらいよしになります。振り飛車にしただけで、出入り300点ぐらい違うというのは、振り飛車党にとっては切ない話です。

 現実にも、棋士の間で振り飛車党は減っている印象があります。だからこそ、振り飛車を指す棋士には、ファンから熱い視線が注がれます。現代では藤井猛九段、久保利明九段、鈴木大介九段、菅井竜也新八段などが振り飛車党の棋士の代表例です。山本四段もまた、その系譜に連なる棋士の一人と言えるでしょう。

 折田アマは2手目△8四歩。いつもの通り、飛車を元の位置に置いたままで指す「居飛車」の作戦です。第1局の黒田尭之四段戦では、黒田四段は意表の四間飛車の作戦を採用しました。折田アマにとってはほとんど予期していない展開でしたが、落ち着いて指し進め、完勝を収めています。

 本局の山本四段の三間飛車については、予想通りだったでしょう。

 和室でおこなわれる将棋の公式戦では「脇息」(きょうそく)という、肘を乗せてもたれかかる道具が対局者の横に置かれています。折田アマは対局開始前、記録係に頼んで用意されていた脇息を片付けてもらい、持参の「マイ脇息」を取り出して置いています。これは第1局から引き続いてのことで、自分のペースで対局するために、折田アマが必要と感じておこなっていることでしょう。

 三間飛車に対して、居飛車は大きく分けて急戦、持久戦の2つの方針がありますが、折田アマは玉を深く囲う持久戦策を取りました。そして玉の横に銀を上がる左美濃(ひだりみの)に組んでいます。

 午前中は駒組で終わるかと思われたところ、山本四段は出てきたばかりの折田アマの攻めの銀に歩を突っかけて動いていきました。対して折田アマも銀は引かず、歩を取ってさらに前に出ていきます。

 折田アマの手番で12時、昼食休憩に入りました。40分の休憩はもちろん、食事を取るために用意されたものです。ただし頭の中では何を考えても自由ですので、休憩の時間をうまく使うというテクニックもあります。

 折田アマは食事の注文がないのに対して、山本四段はうな重の松を頼みました。赤だしを含めて4800円。対局者がうな重を頼むことは珍しくないのですが、豪華版の「松」はあまり見かけません。それだけ山本四段が気合が入っているという表れでしょう。

 ところで山本四段は先日のC級2組順位戦で、自身が敗勢の局面で、対戦相手の瀬川晶司六段が二手指しの反則をしようとしたところ、その前に声をかけて押し止めたそうです。

 これはなかなかできることではありません。

 対局の結果、勝った瀬川六段は4勝4敗、負けた山本四段は3勝5敗となりました。

 C級2組では成績下位(今期は10人)に降級点がつきます。それを3回取ってしまうと、フリークラスに降級。そこで一定の成績を挙げてC級2組に復活しないと、原則的に10年で引退となります。

 降級点がちらつく大きな勝負で相手の反則を押し止めた。その一事だけで、山本四段がどれだけの好漢であるかが、うかがえそうです。

 12時40分、対局再開。折田アマは昼食休憩の時間を含めると1時間近く考え、攻めを継続する手を指しました。居飛車としては比較的うまく攻めが続きそうな形で、折田アマが少しずつペースを握りつつあるかもしれません。

 持ち時間は各3時間。時間は少しだけ、折田アマの方が使っています。終局は夕方頃の見込みです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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