「いぶし銀」の名棋士・桐山清澄九段(72)順位戦C級2組からの陥落決定

(記事中の画像作成:筆者)

 1月16日。東西の将棋会館に分かれて、C級2組順位戦8回戦の14局がおこなわれました。注目された▲桐山清澄九段(0勝7敗)-△高見泰地七段(7勝0敗)戦は高見七段の勝ちとなりました。

 高見七段は8勝0敗で昇級争いのトップの位置をキープ。

 桐山九段は0勝8敗で、リーグ全体で下位10人に入ることが確定したため、降級点を取ることになりました。桐山九段にとってはこれでC級2組における3回目の降級点となり、規定により、降級が決定しました。

 60歳以上の棋士がC級2組から降級した場合には、他棋戦におけるいくつかの猶予規定はあるものの、基本的には引退へと進むことになります。

 桐山九段の通算成績は993勝950敗(勝率0.5111)。他棋戦の結果次第では、1000勝達成、及び現役続行の可能性は残されていますが、順位戦は残る2戦をもって、今期が最後となります。

前叡王を追い詰めた最年長棋士

 現在の最年少棋士は藤井聡太七段(17歳)です。藤井七段は既報の通り、本日のC級1組順位戦で勝ち、8勝0敗となりました。

 最年長棋士は桐山九段(72歳)です。藤井七段と同じ日、桐山九段は長年に渡って活躍してきた順位戦にとどまれるか、という対局を戦うことになりました。

 桐山九段の対戦相手は高見泰地七段(26歳)。前叡王という実績が示す通りの若手強豪であり、C級2組における昇級候補の筆頭格でもありました。

 白星を集めて昇級を目指す上り調子の若手と、黒星が続いて引退の危機が迫る大ベテランとでは、もちろん前者が勝つ確率が高いでしょう。しかし逆の目が出ることもあるのが、順位戦というところです。

 1992年度B級2組。森内俊之六段(現九段)の8連勝、および順位戦通算26連勝を止めたのは、その時8連敗中だったベテランの佐伯昌優八段(現九段、引退)でした。

 森内六段はその1敗が響いて、昇級を逃しています。

 2009年度C級2組では7勝1敗の金井恒太四段(当時23歳、現六段)が1勝7敗の児玉孝一八段(当時58歳)と対戦。金井四段は勝てば昇級、児玉八段は負ければ降級点3回目で降級という一番で、千日手指し直しの末、未明の午前4時10分に児玉八段が勝利したということもありました。

 ▲桐山九段-△高見七段戦は互いに飛車先の歩を伸ばし合う相掛かりとなりました。

 間合いを取るのが難しそうな中盤で、リードを奪ったのは桐山九段でした。駒がぶつかった後、桐山九段は4枚の金銀を巧みにまとめあげ、優位を確立しました。

 高見七段は崩れぬように指し進め、じっとチャンスを待ちます。

 21時過ぎ、いよいよ終盤戦に入りました。桐山九段は2枚の桂を高見玉の上部に並べ、右サイドからプレッシャーをかけます。そして左サイドからあと一押しがあればという局面で、主力である大駒の飛角を躍動させ、突破をはかりました。

 ともすれば勢いのまま突き崩されそうなところで、高見七段は踏みとどまりました。左サイドからの突破を食い止め、そこで形勢は逆転したようです。

 桐山九段は飛を右サイドに転じて高見玉に攻撃を続けたものの、高見七段はしのぎきりました。そして満を持して反撃に転じ、桐山玉を寄せ切って、126手で難局を制しました。

弟子がかなえた名人の夢

 桐山九段は1966年に四段に昇段。以後はずっと順位戦で指し続けました。1975年にはA級に昇級。1980年にはA級でトップの成績をあげ、中原誠名人への挑戦権を獲得しました。名人戦七番勝負では1勝4敗で敗退したものの、「いぶし銀」と呼ばれる玄人受けのする棋風で、以後も安定した活躍を続けました。

 A級は連続14期。タイトル獲得は通算4期。名棋士と呼ばれるにふさわしい実績を残しました。

 名人位へとつながる順位戦は、今期で終わりとなりました。桐山九段の夢であった名人となる夢はついに叶いませんでした。しかしその夢は、弟子である豊島将之(現竜王・名人)がかなえています。

 桐山九段の順位戦の対局は今年度までですが、他棋戦での対局はまだ残されています。そこで勝ち続ける限りは、まだ引退となりません。名棋士のラストランを、最後まで見届けたいものです。