渡辺明三冠(35)A級4連勝 過去順位戦で全敗の羽生善治九段(49)を降す
10月3日。東京・将棋会館においてA級順位戦4回戦▲羽生善治九段(2勝1敗)-△渡辺明三冠(3勝0敗)戦がおこなわれました。9時に始まった対局は大熱戦となり、翌4日0時34分に終局。結果は132手で渡辺三冠の勝ちとなりました。
渡辺三冠はこれで負けなしの4連勝。初の名人挑戦に向けて大きな1勝を挙げました。一方の羽生九段は2勝2敗となりました。
渡辺三冠、近来の名局を制す
今年度が始まった時点で48歳だった羽生九段は、9月27日の誕生日で49歳となりました。
【参考記事】佐藤康光九段(49)、羽生善治九段(48)は五十歳名人となれるか?
将棋の棋士は競技の性格上、スポーツ選手と比べて現役時代は長くなります。それでも50歳前後になれば、はっきりとベテランの域に入ります。実力制名人戦史上、名人在位の最年長記録は米長邦雄名人の50歳です。羽生九段は、その記録も更新することができるでしょうか。ちなみに50歳の米長名人から名人位を奪取したのは、当時23歳の羽生挑戦者でした。
一方の渡辺三冠は35歳。2019年には棋王防衛、王将奪取、棋聖奪取と着実に実績を積んで、自身2度目の三冠となるなど、充実いちじるしいところです。
しかし、過去に通算23期のタイトルを獲得している渡辺三冠も、名人戦では七番勝負の舞台に立ったことがありません。その理由の一つとしては、名人挑戦権を争うA級順位戦で、羽生九段にすべて敗れているからでしょう。
両者の過去の対戦成績は羽生九段40勝、渡辺三冠37勝。拮抗の数字ながら、A級では羽生九段が5戦全勝と圧倒していました。
10人が総当りで戦うA級順位戦は、9月までに3回戦の対局が終わりました。本局からは4回戦の戦いとなります。
リーグは事前に先後がすべて決まっていて、本局は羽生九段の先手。戦形は角換わり腰掛銀の最新形でした。
桂を跳んで、羽生九段が先に仕掛けます。渡辺三冠にとっては、竜王戦決勝トーナメントで豊島将之名人に敗れた一局も同じ形でした。
渡辺三冠はそんな感想を残しています。そして再び同じ形になったわけですから、その後に十分な研究をしているであろうことは推測されます。
羽生九段は、豊島-渡辺戦とは違う攻め筋を選びました。そちらももちろん有力です。中盤で飛車交換となり、羽生九段が先に渡辺陣に飛車を打ち込んだ時点では、羽生九段がペースをつかんでいました。
「自分が苦しい時にわかりやすい手を指すと、楽になれます。すると相手も楽になります。そうなっては勝てません」
今から十年以上前、筆者は若き日の渡辺竜王(当時)に、そんなことを聞きました。苦しくなったと見られた渡辺現三冠は長考の末、羽生陣を乱す歩を放ちます。相手を楽にさせない、さすがの勝負術だったかもしれません。局面は複雑化し、形勢不明の終盤となりました。
残り時間が少なくなった渡辺三冠は勝負手を連発します。対して、比較的時間に余裕のあった羽生九段は、方針を決めることを迫られました。ゆっくり指すのか。それとも寄せに行くのか。
羽生九段は時間を割いて考えた上で、大駒の馬(成り角)を切り捨てて、寄せに行く順を選びました。渡辺玉は見る間に危ない形となります。ネットで観戦していた多くのギャラリーは、これは羽生九段よしと見ていたようです。
しかし渡辺三冠は秒読みの中で正確に受け続けました。玉の逃げ道をふさいでいる銀を引いてみると、意外なほどに耐久力があります。そして要所に据えた角が、攻防に効くはたらきをしました。
羽生九段の厳しい寄せが続く中、渡辺三冠は一瞬の間隙を縫って、羽生九段の玉に王手をかけました。ただで取られる位置に金を打ったのです。これが絶妙手でした。取っても取らなくても、羽生玉は寄り形となります。
最後は両者の玉が中段に泳ぎだす形となりました。渡辺玉は上部が広く、つかまりません。一方で羽生玉は上下はさみうちで、受けが難しい。
決着がついたのは日付が変わった0時34分でした。
「あんまり名局、名局っていうと、安っぽくなっちゃうけれど、これは名局だったですね」
解説を担当していた藤井猛九段は、局後にそんな感想を述べていました。
渡辺三冠はこれでA級4連勝となりました。他に無敗の棋士はいません。全9回戦のリーグはまだ先が長いですが、豊島将之名人(29)への挑戦に向けて、一歩リードした形となりました。
渡辺三冠の2019年度成績は、これで18勝4敗。黒星全てはただ一人、豊島名人から喫したものです。
一方で羽生九段は一歩後退の形です。しかしこれまでのA級順位戦では、何度も追いついて名人挑戦権を獲得してきました。こちらもまだまだこれから、というところでしょう。
羽生-渡辺の対戦成績は、羽生40勝、渡辺38勝となりました。
渡辺三冠は羽生九段との「百番指し」の達成を強く意識しています。あと22局。はたしてそれは、いつ実現するでしょうか。