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充実著しい豊島将之名人(29)スキのない盤石の強さで竜王挑戦権獲得

松本博文将棋ライター
(記事中の写真撮影・画像作成:筆者)

 9月5日。東京・将棋会館において竜王戦挑戦者決定戦三番勝負第3局▲豊島将之名人(29歳)-△木村一基九段(46歳)戦がおこなわれました。10時に始まった対局は21時56分に終局。結果は115手で豊島名人の勝ちとなりました。

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 豊島名人は三番勝負を2勝1敗とし、広瀬章人竜王(32歳)への挑戦権を獲得しました。

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 1組4位の豊島名人は、藤井聡太七段(4組優勝)、渡辺明三冠(1組優勝)、木村一基九段(1組3位)を連破して、決勝トーナメントを勝ち上がりました。

 数々のタイトル戦に登場している豊島名人ですが、竜王戦七番勝負への登場は初めてとなります。第1局は10月11日・12日、東京都渋谷区・セルリアンタワー能楽堂でおこなわれます。

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充実著しい豊島名人、初の竜王挑戦を決める

【前記事】豊島名人・王位か木村九段か 9月5日、ついに竜王挑戦者が決定

https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotohirofumi/20190904-00141262/

 棋譜は公式ページをご覧ください。

 http://live.shogi.or.jp/ryuou/

 振り駒の結果、先手は豊島名人に。戦形は王位戦第5局に引き続いて、角換わり腰掛銀となりました。

 先に動いたのは後手の木村九段。豊島名人は自陣に角を打って、局面を落ち着かせました。

 局後の豊島名人のコメントによれば、最近有力とされる形の一つ。仕掛けた後に駒組が始まるので、先まで突き詰めて研究できる形ではないようです。

 その言葉通りに、両陣営では駒組の再構築がおこなわれました。木村玉が金銀4枚の堅陣に収まったのに対して、豊島玉は逆に城を出て、守り駒の少ない中原へと移動します。

 角換わりらしく、互いに間合いをはかり合った後、豊島名人が前に出て、本格的な戦いが始まりました。

 先にペースを握ったかと思われたのは、木村九段の方でした。自玉は金銀4枚の堅陣に収まった状態で、飛車筋が相手陣に通っています。満を持して、どう攻めるか。

 注目された木村九段の攻めは、最も過激な順でした。まずは豊島陣に角を打ち込むハードパンチから入ります。

 豊島名人はするりと体をかわすように、当たりとなった金をかわします。

 その次、木村九段は打ったばかりの角を、王手で成り捨てました。これは「タダ」です。千駄ヶ谷の受け師による、角のタダ捨てという驚くような攻めでした。

 角のタダ捨てから、飛車を成り込んで薄い豊島陣に一気に迫る。もしこの順が成立していれば、あまりに鮮やかなコンビネーションでした。

 しかし残念ながら、結果的には、木村九段の攻めの構想は疑問だったようです。

「ちょっと攻めが暴発だったですかね。もうちょっと丁寧に指さなくてはいけないところだった」

 局後に木村九段はそう語っていました。

 とはいえ、薄い豊島陣は、受け間違えればそれまでとなります。豊島名人の対応は的確でした。まずは玉を中段に逃げ出し、次に得した角を攻防の位置に打ち据えます。木村九段の指し手を的確にとがめ、返す刀で木村陣の守りを薄くして、優位を確立しました。

 苦しくなった木村九段。しかしここで簡単にあきらめ、相手を楽にさせるようなことは絶対にしないのが、木村九段の勝負師人生です。

 木村九段は時間を使って懸命に粘ります。きわどいところでこらえるのが、受け師木村のスタイル。豊島名人が寄せ形を築く間に角を取り返し、駒損をほぼイーブンに戻して、逆転の可能性を残しました。

 最終盤。木村九段は打ちひしがれ、落胆したようなそぶりを見せながらも、手順を尽くして最後の勝負に出ます。

 そして豊島玉に対して、銀をタダで捨てる王手をかけました。これが木村九段が用意した、大逆転の可能性を秘めた鬼手でした。

 将棋は強者を相手に勝ちきるまでが、本当に容易ではありません。終盤はわずか1手のミスであっという間にひっくり返ります。豊島ファンからすれば、ヒヤリとするような場面だったかもしれません。

 しかし、豊島名人は動揺したそぶりは見せません。残しておいた時間を使って慎重に考え、木村九段が仕掛ける罠を看破します。そして静かな手つきで、誤りなく、着実にゴールに向かっていきました。

 豊島名人の馬はずっと、盤面左上隅にいました。それを115手目、▲5五馬と盤上中央、天王山に引きつけます。「盤石」(ばんじゃく)と表現したくなるような、最後の決め手でした。銀に取られてしまう位置ですが、馬を取らせれば、木村玉を詰みに追い込めます。

 残り時間は35分。勝ちのなくなった盤面を、木村九段はずっと見つめていました。そして席を立ちます。ずっとワイシャツ姿だった木村九段は、対局室に帰ってきた時には、上着を着ていました。

 残り35分のうち、24分を使った21時56分。木村九段は、次の手を指しませんでした。

「参りました」

 はっきりした声で頭を下げ、投了の意思を告げました。長きにわたっておこなわれた竜王戦決勝トーナメントはここで閉幕。豊島名人・王位が、最後の勝ち残り者となりました。

 終局後、豊島名人は挑決三番勝負、続く挑戦手合の七番勝負に関して、以下のように語りました。

「なかなか竜王戦は勝ち上がることができなかったので、挑戦できてうれしいですね。第2局は逆転されてしまったので、そこは反省点ですけれど、そうですね、3局通して力を出すことができたかなと思います」

「タイトル戦が続いていて、いろいろ課題が見えていますけれど、まずは体調を整えて、という感じですかね」

 対して木村九段。

「ちょっと力が足りなかったかな、という感じがします」

 そう潔く語りました。そしてインタビューが終わった後、「そうか・・・」と深くため息をつきました。

 竜王戦での両者の戦いは、ここで決着がつきました。

 しかしまだ、王位戦七番勝負の戦いは残されています。

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 現在は豊島3勝、木村2勝。第6局は9月9日・10日、神奈川県秦野市鶴巻温泉「元湯 陣屋」でおこなわれます。

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 王位戦七番勝負が終わった後の10月。広瀬章人竜王に豊島将之名人が挑む七番勝負が開幕します。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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