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NHK杯将棋トーナメント1回戦 藤井聡太七段(17)と阪口悟六段(40)が対戦

松本博文将棋ライター
(画像撮影:筆者)

 8月11日(日)10時30分~12時、NHK杯将棋トーナメント1回戦最後の対局、藤井聡太七段(17歳)-阪口悟六段(40歳)が放映されました。

 NHK杯はファンの注目度の高い棋戦です。

 藤井七段はデビュー以来3年連続の出場で、今期は前年度に朝日杯、新人王戦などの実績があるためシード。

 一方の阪口六段は予選で3連勝。NHK杯本戦には、初めての出場となります。

藤井七段のこれまでのNHK杯での戦績

 2017年、藤井四段(当時)は29連勝フィーバーの過程でNHK杯に登場しました。

 テレビ放映される本戦に出場するのは実は大変で、序列、成績上位のシード棋士をのぞけば、予選を勝ち抜かなければなりません。

 予選では浦野真彦八段(4連勝目)、北浜健介八段(5連勝目)、竹内雄悟四段(現五段)(6連勝目)に勝ち。

 本戦1回戦では準優勝の経験もある千田翔太六段(現七段)に勝ち。新人の連勝記録更新中ということで、収録直後に結果が発表される異例の措置が取られていました。

 連勝が一段落した後、2回戦では数々の実績を残す超一流棋士の森内俊之九段と対戦。9月3日、この時は異例の生放送での対局となりました。結果は藤井四段の勝ちでした。

 この後の3回戦では、稲葉陽八段に負け。現役A級棋士が貫禄を示した格好となりました。

 2018年度は1回戦で今泉健司四段と対戦。今泉四段は奨励会退会後、幾度もの挫折を経て、41歳でプロ編入試験に合格。プロ入りの最年長者と最年少者との対戦ということで、大変な注目を集めました。下馬評では圧倒的に藤井七段に乗る声が多かったのですが、苦戦を耐え抜いて、今泉四段が大逆転勝ちを収めています。

凡人、天才に勝つ 遅咲き棋士の大勝(NHKドキュメンタリー)

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/4470/1795006/index.html

藤井聡太七段と1勝1敗 オールドルーキー今泉健司四段の魅力

https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotohirofumi/20181102-00102730/

 そして2019年度。藤井七段が対戦する阪口悟六段は、26歳、奨励会の年齢制限ギリギリで四段となった苦労人でした。

藤井七段-阪口六段、過去の対戦

 藤井七段と阪口六段は過去に2回対戦しています。

 1度目は2017年6月。上州YAMADAチャレンジ杯2回戦で、持ち時間各20分、使い切ったら1手30秒の秒読みという棋戦でした。藤井七段に22連勝目の記録がかかり、大変な注目を集まっていました。

 後手番の阪口五段(当時)が四間飛車からすぐに三間に振り直す作戦を取ったのに対して、藤井四段は角交換から手堅く指し進めます。

 途中では藤井四段が優位に立ち、終盤までずっと優勢を保っていました。しかし阪口五段の穴熊での粘りが功を奏し、最終盤ではついに形勢が逆転しました。普段の対局では終始冷静に見える藤井七段ですが、内心のハートは熱く、実はかなりの負けず嫌いです。思わしくない展開だったためか、膝をパンと叩く仕草が見られました。

 そして最後。阪口五段が正確に指せば勝ちという場面。阪口五段は魅入られたかのように、大落手を指してしまいました。阪口玉は3手詰。藤井四段が、奇跡のような再逆転勝ちを収めました。

 2度目は2017年7月、棋聖戦予選。藤井四段の連勝が一段落した後でした。この時は阪口五段の先手で、中飛車に。結果は藤井四段の勝ちでした。

藤井七段、冷静に勝利

 今期のNHK杯で、両者は3度目の対戦となります。

 戦形は先手の阪口六段の中飛車。対して藤井七段は素早く銀を繰り出す速攻の構えを見せます。藤井七段が先攻したのに対して、阪口六段も相手の手に応じて、駒をさばきにかかりました。

 中盤、阪口六段が自陣にじっと馬(成り角)を引けば、藤井七段もじっと金を寄る。じりじりとした戦いの中、阪口六段が先に持ち時間を使い切って、1手30秒以内に指す秒読みとなりました。

 藤井七段が攻めに桂を打ったのに対して、阪口六段は強く催促。藤井七段の攻めを受け止め、阪口六段が有望ではないかと思われた場面もありました。

 しかし藤井七段は、巧みに攻めを続けていきます。阪口六段は桂を打ち、龍と角の両取りをかけました。対して、藤井七段が龍を逃げながら阪口六段の馬に当てたのが絶妙手。

「これはええ手やわ」

 解説の井上慶太九段が思わずそううなりました。藤井七段の対局では、一局に一度、必ずと言っていいほど目をみはるような手が飛び出してきますが、本局はこの△6四龍が特に印象深い一局だったかもしれません。

 藤井七段は集中した際、前傾姿勢となります。将棋盤を映すカメラには、時折藤井七段の頭と、前についた手が映し出されていました。

 NHK杯は持ち時間を使い切ると30秒の秒読みのため、数々の逆転のドラマが生まれてきました。しかし藤井七段は冷静に、最後まで1分の考慮時間を残していました。

 阪口六段が中央に据えた飛車が、最後までは十分に働かなかったのに対して、藤井七段は攻めの銀まで使え、全軍躍動する形に。好防ともに見込みなしと見た阪口六段が投了して、藤井七段の勝ちとなりました。

 藤井七段はこれで2回戦に進出。久保利明九段との対戦が決まりました。先日の竜王戦では、両者は大激戦を演じています。

藤井聡太七段(16)が感動の名局を制して久保利明九段(43)に勝利 竜王戦決勝トーナメントを勝ち進む

https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotohirofumi/20190705-00133048/

 藤井七段はNHK杯の勝利分を足すと、今期成績は17勝4敗(勝率0.810)となります。(8月11日午後の対局、将棋日本シリーズ・三浦弘行九段戦までは含めず)

 藤井四段(当時)の連勝フィーバーの際にもそうでしたが、NHK杯などのテレビ棋戦の成績は、連勝や勝率などの記録がからんだ場合には、その結果をどう扱うか、難しいところがあります。

 テレビ棋戦は放映時まで、できるだけ結果は秘密にしなければならない。これが鉄則です。しかし現在は収録時を成績の基準としているため、記録がリアルタイムで注目されている時には、そちらの発表の必要も生じる。そこで、これまでしばしば「ネタバレ」「記録上での謎の勝敗」などが生じてしまったことがありました。

 この問題を解決するためには、記録上は収録日ではなく、放映日をもって成績の基準とすべきという意見が昔からあります。メリット、デメリットはあるのですが、現行の方式と比較した上で、合理的であるように筆者も思います。

 藤井七段はこの先、NHK杯はどこまで勝ち進めるのか。今年度も注目です。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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