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大器晩成の星・木村一基九段(45)は史上最年長でタイトルを獲得できるか?

松本博文将棋ライター
2005年、順位戦で昇級を決めた際の木村一基現九段(撮影筆者)

 2019年6月6日。王位戦挑戦者決定戦で木村一基九段(45歳)が羽生善治九段(48歳)を破り、豊島将之王位(29歳)への挑戦権を獲得しました。

<人>将棋・王位戦で挑戦者に 木村一基さん(神戸新聞NEXT)

https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201906/0012404178.shtml

 木村九段は1973年(昭和48年)生まれ。小学6年で棋士の養成機関である奨励会に入会し、その実力は早くから評価されていました。しかし難関の三段リーグで、意外なほどに苦戦をしいられます。苦労して四段に昇段し、プロとなったのは23歳の時でした。

 木村九段はプロとなってからは高い勝率をあげ、順調にステップアップを重ねていきました。将棋界の根幹をなすシステムである順位戦では、トップ10のA級にも入っています。全棋士参加棋戦の朝日杯でも優勝経験があります。

 また直近では、木村九段は竜王戦1組と王位戦挑決で立て続けに羽生九段に勝ち、羽生九段のタイトル通算100期への道を阻んでいます。

 木村九段の強いところを挙げていけば、キリがありません。また「解説名人」と言われるほどに、話が上手くて面白い。木村ファンが多いのも当然のことです。筆者は以前、木村九段に関して、以下のような記事を書きました。お時間のある方は、ご覧ください。

好漢、木村一基の挑戦

https://cakes.mu/posts/13591

好漢、木村一基の挑戦 その2

https://cakes.mu/posts/13759

好漢、木村一基の挑戦 その3

https://cakes.mu/posts/13852

 実に惜しいことに、木村九段はまだタイトル獲得経験がありません。

 タイトル戦ではこれまで6回も挑戦権を得ています。しかしあともう一歩というところで栄冠を逃してきました。木村九段の前に何度も立ちはだかったのは、羽生現九段でした。また2009年の王位戦七番勝負では、木村九段は深浦康市王位に最初3連勝しながら、そこから4連敗ということもありました。

 そうして今回は7回目の挑戦。タイトル獲得経験がない棋士の挑戦回数としては、単独新記録となっています。

 木村九段がこれからもし王位を獲得すれば、46歳での初戴冠です。それがどれだけの偉業なのか。データを見ていただきましょう。

タイトル経験者のデビュー年齢は平均18歳

 将棋界では1935年の実力名人戦開始以来、八十数年のうちに、43人のタイトルホルダーが生まれています。

 以下の表は、初めてタイトルを獲得した時の年齢を表しています。

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 まずは何歳で四段になったか。それが将棋界において、いかに重要な指標であるかが示されているでしょうか。

 加藤一二三九段(14歳7ヶ月)、谷川浩司九段(14歳8ヶ月)、羽生善治九段(15歳2ヶ月)、渡辺明二冠(15歳11ヶ月)の4人は、中学生のうちに四段昇段を決めています。4人はその後いずれも、将棋史に燦然と名を刻む超一流棋士へと成長しています。

 史上最年少で四段となった藤井聡太七段(14歳2ヶ月)の将来の活躍が確実視されているのは、図抜けた実力が認められていることに加えて、先人の例があるからとも言えるでしょう。

 タイトル経験者の平均のデビュー年齢は、18歳と少しです。このあたりまでに四段になれれば、十分将来有望と見られるでしょう。

 一方で、20歳以上で四段となってタイトルを獲得したのは、これまでにわずかに4人しかいません。中でも、森けい二九段(21歳11ヶ月)が四段になった年齢が最も遅い棋士です。

 森九段は将棋のルールを覚えたのが16歳の時。棋士としては異例中の異例の晩学組です。将棋界で最も「大器晩成」という言葉がふさわしい棋士は、森九段かもしれません。

 木村九段が四段に昇段したのは23歳。もし今回、王位を獲得すれば、森九段の記録を抜くことになります。

 なお表には木村義雄14世名人(1905-1986)、塚田正夫名誉十段(1914-1977)、升田幸三元名人(1918-1991)、大山康晴15世名人(1923-92)という、昭和に活躍した4人の巨匠は含めていません。これらの棋士がプロとなった戦前と、将棋界が再構築された戦後とでは、四段の位置づけやタイトル戦の数など、状況が違うことが理由です。とはいえ、この4者もまた、四段昇段の年齢はいずれも十代半ば。当時としても、現在から見ても、早熟であることに変わりはありません。

タイトル経験者の初戴冠は平均27歳

 次にタイトルを初めて獲得した年齢をご覧ください。

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 屋敷伸之九段(18歳6ヶ月で棋聖)、羽生善治九段(19歳3ヶ月で竜王)、渡辺明二冠(20歳8ヶ月で竜王)、中原誠16世名人(20歳10ヶ月で棋聖)、谷川浩司九段(21歳2ヶ月で名人)と、やはり錚々たる棋士の名が並んでいます。

 平均年齢は27歳半ば。

 平均値だけを見ると、18歳で四段となり、約9年半をかけ、2回目の挑戦で、27歳七段で初戴冠、というキャリアが算出されます。

 一方で、三十代後半になって初戴冠、という例はほとんどありません。最も遅い年齢では有吉道夫九段(37歳6ヶ月で棋聖)。次いで桐山清澄九段(37歳5ヶ月で棋王)、森けい二九段(36歳3ヶ月で棋聖)、深浦康市九段(35歳7ヶ月で王位)と続きます。

 段位が九段の棋士が初めてタイトルを獲得したのは、桐山九段が唯一の例です。

熱い王位戦がこれから始まる

 もし今回の王位戦七番勝負で木村九段がタイトルを獲得すれば、その時の年齢は46歳。これまでの最年長記録を、大幅に更新することになります。

 王位戦七番勝負は7月3日に開幕します。

 木村九段を待ち受けているのは、豊島将之王位。名人・棋聖と三冠を併せ持ち、現棋界最強と言っても過言ではなさそうです。木村九段にとって、また数多くの木村ファンにとっては、いつにも増して熱い夏となりそうです。

 参考までに、木村九段が七番勝負をフルセットの末に制したと仮定したデータを掲載しておきます。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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