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オンライン配信でも潤わない? アニメ産業が町工場に学べること

まつもとあつしジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者
アニメと一般企業のマッチングの模様(写真提供:COMEMO by NIKKEI)

現場に行き渡らない配信の「富」

アニメ産業は目まぐるしく収益構造が変化している。DVDバブルとも言われたビデオパッケージ全盛期があり、配信やDVDのコピーによる海賊版がその市場を一掃したあとは、パチンコに代表される遊興市場が製作出資を積極的に行い産業を支えた。しかし、その後オンラインゲーム(ソーシャルゲーム)事業者にその役割は移りつつあるのだが、いまAmazon、Netflixなどの大手プラットフォーマーが巨額の調達費を投下している。

[日本動画協会「アニメ産業2018」http://aja.gr.jp/jigyou/chousa/sangyo_toukei  より「(7)海外」の売上がここ数年で激増している
[日本動画協会「アニメ産業2018」http://aja.gr.jp/jigyou/chousa/sangyo_toukei より「(7)海外」の売上がここ数年で激増している

この構造変化に産業側が対応できているとは言えなそうだ。「製作」つまり資金調達をして製作委員会などを組成しリスクを取ってプロジェクトを行う大手事業者は、グッズやゲームなど幅広い事業を展開するバンダイナムコHD、東映アニメーションやアニプレックスなどが好業績である一方、ポニーキャニオン、IMAGICA、エイベックスなど従来のパッケージ型のビジネスの比重が大きい企業は軒並み減収・赤字となっている。(→参考記事

「制作」つまり映像制作を受注するスタジオについてはどうだろうか? こちらは中小企業が多く、決算を公開しているところは少ない。大日本印刷株式会社(DNP)とJAniCA(日本アニメーター・演出協会)が協力して実施した『(仮称)アニメーター実態調査2019』では、その平均年収が440万8千円という結果が示されている。2015年の前回調査の332万8千円を大きく上回っているのだが、内訳を見ると様々課題も見えて来る。

なお改正労働基準法の施行を控え急遽実施された本調査では、これまでより短い約1ヶ月という短い期間で回答を集めなければならなかったという事情(※調査の詳細なスケジュールはこちらの資料で確認できる→第5回下請等中小企業の取引条件改善に関するワーキンググループ平成30年10月15日(月)資料3)があり、有効回答数が少なく(前回759→今回382)回答者の平均年齢が上がっている(前回34.27歳→今回39.26歳)。平均年収の値が上振れしたのはその影響もありそうだ。

平成30年度 メディア芸術連携促進事業 研究プロジェクト 活動報告シンポジウム 配布資料より
平成30年度 メディア芸術連携促進事業 研究プロジェクト 活動報告シンポジウム 配布資料より

データの精度については留保して見る必要があるのだが、それでもやはり若手(20-34歳)の年収の低さは引き続き課題だ。

実際、現場に話を聞くと人材の「払底」が深刻だ。Netflixで独占配信されるような「大型作品」がスタッフを潤沢な予算を用いて確保する一方、それ以前に企画が立ち上がっていたその他の作品では、人手・予算が足らず著しいクオリティの低下が起る事例も出てきている。あくまで推測となるが、経験を積んだ中堅~ベテランが比較的良い条件で制作を請けることができた一方、若手はその恩恵に預かれず厳しい環境に留め置かれている可能性もある。

配信へのシフトが進む中、「明暗がわかれた」という見方もできそうだが、前述のとおりアニメ産業を巡る環境は常に変化し続けている。中小・零細企業、個人事業主が多数を占めるこの産業において、ヒットにつながる良い作品を生み出しながら環境変化への対応を進めるのはなかなか容易ではない。

「町工場の冴えたやり方」に学べるか?

環境の変化への対応策の1つが、経営統合やグループ化によって規模を大きし、さらにその中での最適化を図ることで、全体としての強さを維持する手法だ。「製作」の分野においてその動きが続いている。バンダイナムコHDは、長くパッケージ事業を主導してきたバンダイビジュアルを音楽事業を手がけるランティスと統合させるなど大幅な組織改編を続けている。直近では、角川グループの再編も大きな注目をあつめた。(→参考記事

しかし、そういった「大手術」が行なえるのは余力のある大手「製作」事業者ならでは、という見方もできる。実際に映像の「制作」を行なう現場=中小事業者・個人事業主はその動きを見守り、結果に身を委ねるしかできないのだろうか?

1つのヒントになりそうなのがやはり環境変化に晒されてきた町工場の取り組みだ。筆者は中でも富山県高岡市の金属加工業に注目している。詳しくはこちらの記事にまとめたのだが、専門技能を持った事業者が集まり、アニメやキャラクター、その世界観をモチーフとしたユニークなものづくりを行っている。世界最大の模型見本市「ワンダーフェスティバル」にも長年出展し、その技術力をアピールしながら、仏具・高級家具などを供給することで高い収益を上げているのだ。

「ワンダーフェスティバル」高岡伝統産業青年会ブースの模様
「ワンダーフェスティバル」高岡伝統産業青年会ブースの模様

井手英策氏の「富山は日本のスウェーデン 変革する保守王国の謎を解く」(集英社新書)でも紹介されているように、富山県は持ち家率、勤労者世帯の実収入など全国的にみても高い水準にある。高岡市自体は、新幹線開通に伴う過剰投資で財政的には厳しい状況にあるのだが、職人たちの町は活気に溢れていた。

アニメ産業はその例にならえないだろうか? テレビ・配信アニメなど大規模な長編作品の制作は、やはりリスクが取れる大手「製作」事業者のもとで進める他ないが、いま注目が集まるのがCMなどの短編作品だ。テレビに限らずウェブ、ソーシャルメディアで拡散される動画CMの高い広告効果が確認されている。下請けではなくこれらの「最終製品」を中小スタジオが受注することができれば新しい収益源となるはずだ。

残念ながら、アニメCMについては現在はクライアントである一般企業の「片思い」の状況が続いている。「アニメでCMを作りたい」というニーズは高まる一方、そのマッチングの場に現れるスタジオがまだまだ少ないのだ。電通が昨年末アニメマーケティングを推進する「電通ジャパニメーションスタジオ」という取り組みを発表しているが、そこに名を連ねるのはテレビアニメの製作を主に手がける大手メーカーが中心となっている。

ウェブ電通報 https://dentsu-ho.com/articles/6417 より引用
ウェブ電通報 https://dentsu-ho.com/articles/6417 より引用

実績豊富で、クオリティも折り紙つきのスタジオが名を連ねるが、彼らの主戦場はやはりTV・配信・劇場をウィンドウとする長編アニメーションだ。15秒~数分のアニメ映像を作るために制作ラインを確保するには、それを匹敵する良い条件が必要となるだろう。つまり、この分野には、中小スタジオや個人が活躍できる余地もまだまだ大きいはずなのだ。

世界的に人気がありNetflixやAmazonによる配信・作品調達も盛んに行われているのにも関わらず、経済的に潤ってこないアニメ産業の姿や、そこからの「出口」の1つのあり方を示す以下のようなイベントが行われる。アニメと配信の関係を語るもの、もう一つは、アニメ企業とその他の一般企業とのコラボとマッチングの可能性を探るものだ。(※これらのイベントに筆者も企画・運営で係わっている)

【3月6日】アニメと配信 門外不出のガチトーク!(19:30~阿佐ヶ谷ロフトA)

【3月7日】アニメxビジネス セミナー&交流会「アニメをビジネスに活かそう!」(17:00~日本経済新聞本社2F Space NIO)

このようなイベントが数多く開催されるようになってきたのには、今回見てきたような構造変化が背景にある。様々な課題が指摘される業界ではあるが変化への対応の一環として、このようなイベントが活かされることに期待したいと思う。

ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者

敬和学園大学人文学部准教授。IT系スタートアップ・出版社・広告代理店、アニメ事業会社などを経て現職。実務経験を活かしながら、IT・アニメなどのトレンドや社会・経済との関係をビジネスの視点から解き明かす。ASCII.jp・ITmedia・毎日新聞経済プレミアなどに寄稿、連載。デジタルコンテンツ関連の著書多数。法政大学社会学部兼任講師・デジタルハリウッド大学院デジタルコンテンツマネジメント修士(プロデューサーコース)・東京大学大学院情報学環社会情報学修士 http://atsushi-matsumoto.jp/

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