メディアミックスの蹉跌 ――川上氏退任、角川グループさらなる再編へ至る道

(写真:つのだよしお/アフロ)

「ケッコン」=経営統合は失敗だったのか?

2月13日、コンテンツ業界が騒然となるリリースが飛び込んできた。KADOKAWAグループ(ホールディングカンパニー=カドカワ株式会社)が、特別損失を発表し、大規模な再編と人事異動を発表したのだ。

誰もが驚かされたのが、それまで組織図上は対等の関係にあった出版メディア事業を営むKADOKAWAの下にドワンゴが入り、「孫会社」となったことだ。これに伴い、これまでグループの代表を務めていた川上量生氏は取締役となり、ドワンゴの役員からも離れ顧問に就任することが発表された。既に指摘されているように単なる業績不振であれば、経営陣の入れ替えだけに留まるのが自然だが、人事だけでなく組織にも大鉈が振るわれた形だ。

2014年5月に発表されたKADOKAWA・ドワンゴの経営統合と川上量生氏の会長就任は、当時大人気だったゲーム「艦これ」のイベントになぞらえて、「ケッコン」とも評された。動画サービスにおけるニコニコ動画の全盛期を築き上げた川上氏の手腕への期待も非常に高いものがあった。わずか4年たらずでこの「ケッコン」は破綻してしまったのだろうか?

物語が生まれる場所はどこなのか?

「新しい物語を作ろう。」はKADOKAWAが掲げるコーポレートメッセージだ。物語は著作権の根幹であり、メディアミックス企業を標榜するKADOKAWAにとって、あらゆるビジネスの源泉になっている。ところがいわゆる出版不況が続く中、「新しい物語」が生まれる場はネットへとその重心を移した。かつて文芸誌やマンガ週刊誌が主催する新人賞は、商業デビューへの登竜門であり、新しい才能の発掘の場であったが、いまその役割は「小説家になろう」などのウェブ小説投稿サイトが担っている。

両社の経営統合は、この変化への対応を目論んだものであったことは疑うべくもない。出版とニコニコ動画のようなウェブサービスでは、人的リソースも流通経路も展開のスピード感も全く異なる。大手出版社が変化への対応に苦慮する中、ニコニコ動画を擁するドワンゴと1つになることは最適解であったはずだ。実際、経営統合は川上氏のポジション含めドワンゴ側に優位な形で進み、統合後も主導権があった。

ところが時間が経つにつれ、出版とネットの「融合」はそう簡単には進まないことが外からも垣間見えるようになっていく。統合後まもなくエンジニア中心のドワンゴで行われていたプログラミング学習をKADOKAWAにも拡げる方針が示されると、「なぜ編集者までもがプログラムを学ばなければならないのか」と社内に動揺が拡がったという。急速にインターネットシフトが示されたことで、物語を生みだしてきた編集者たちのスキル自体にあまり価値を置かれていないのか、といった声も聞こえてきていた。

2016年にはウェブ小説投稿サイト「カクヨム」がスタートし注目を集めたが、その開発パートナーに選ばれたのはケッコンしたはずのドワンゴではなく、ブログサービスを手がけるはてなだった。「カクヨム」はまさにネット時代の物語を生み出す本丸であるはずだ。しかしドワンゴでも電子書籍や小説関連の機能を幾つか持っていたにも関わらず、外部の企業を出版部門がパートナーに選んだことは当時取材をしていても不思議な印象を持った。こういったあたりにも出版とネットの融合が容易ではないことが現れていたように思う。

詰まるところニコニコ動画はユーザーが様々なコンテンツ(=物語)を投稿し、ユーザー同士で楽しむ場(=プラットフォーム)として独特の地位を築いていたが、それは「物語を(作り手と併走して)作る」という出版が築き上げてきたスキル、ノウハウとは似て異なるものだった。ある意味、ドワンゴ側がドラスティックに統合を主導したことで、ウェブプラットフォームの「運営」業務と出版という「創造」を巡る営みがそう簡単には融合できないこと、そして、そこで何が障害となっているのかが、比較的短い時間投資で明らかになったとも言えるのではないだろうか?

「次なるメディアミックス」への模索は続く

角川書店、春樹氏の時代からKADOKAWAはメディアミックスによって商機を掴んできた。春樹氏の時代は、大作映画と新人タレント、そして文庫小説の大規模メディアミックスで新しいエンターテインメントが生み出された。その後、歴彦氏の時代に入りアニメなどテレビ番組と情報誌との群発連携的なメディアミックスというビジネスモデルを確立し、業界からの反発や波紋を巻き起こしながらもコンテンツ産業の閉塞状態を打破してきた企業だ。(このあたりの歴史や文化的考察は「なぜ日本は〈メディアミックスする国〉なのか」(角川E-PUB選書)に詳しい)

歴彦氏が確立した情報誌とテレビ番組とのメディアミックスは、そのいずれのメディアもネットの台頭によって厳しい環境にいま置かれている。であれば、ネットメディア――それもユーザー参加型のクリエイティブプラットフォームであるニコニコ動画を擁するドワンゴと一緒になり、彼らのやり方を学び取るのが近道だと判断しても不自然ではなく、むしろ時間を金で買う慧眼であったとも言えるだろう。

しかし、川上氏率いるドワンゴは物語を「作っては」いなかった。読者の中には、それまでインターネットに対しては比較的柔軟な主張を展開していた川上氏が、サイトブロッキングの議論の場で強硬にその実施を主張したのに驚いた人も少なくないはずだ。筆者は、川上氏がそれまでプラットフォームとして一定の距離を保ちながら向き合っていた「物語」が、出版社も束ねる経営者として急に守らなければならない存在として迫って来たのではないかと考えている。 ネットの怖さ、暴力的な面をよく知る川上氏だからこそ「ブロッキングしかない」という考えに至ってしまったとすれば、その主張には同意はできないものの、その心象は理解できる。

しかし、極めてインターネット的なバックボーンを持つ氏のもとでは、歴彦氏が思い描いていた「新しいメディアミックス企業」は生まれなかった。川上氏に代わりホールディングカンパニー「カドカワ」の代表取締役社長に就任した松原眞樹氏は、紀伊國屋書店元名誉会長の松原治氏の子息で、現在も紀伊國屋書店の社外取締役を兼務している。グループの舵取りは出版を基軸としたものに揺り戻されるはずだ。

では、今回の「ケッコン」は失敗だったのか? 筆者はそうは言い切れないと考えている。たしかにドワンゴ主導の融合は果たせなかったが、「カクヨム」の誕生や電子書店「BOOK☆WALKER」の堅調な展開など、出版側も危機感やある種の反発心も伴いつつインターネットへの対応を推し進める効果があったはずだ。また、ドワンゴの開発力やプラットフォーム運営能力は引き続きグループ内で活用できる。川上氏というカリスマが一歩引いたことで、両者はむしろ向きやすくなった面も出てくるだろう。後継者問題は棚上げにされた形だが、ややいびつとも言える今回の組織改編は「この次」を見据えたものであるはずだ。