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「ワールドカップ本番だったらこれで帰国」。デンマークに敗れたなでしこ、欧州2連戦から見えた現在地

松原渓スポーツジャーナリスト
デンマークに0-1で敗れた

【勝負を分ける「1点」】

 なでしこジャパンが抱えてきた積年の課題が、再び浮き彫りになった。

 今年7月にオーストラリアとニュージーランドで共催されるワールドカップに向け、なでしこジャパンは欧州遠征を行い、強化試合2試合を実施。7日に行われたポルトガル戦は2-1で勝利したが、11日にはデンマークと対戦し、0-1で敗れた。

 ポルトガル戦は「ワールドカップ初戦でいい入りをするために、前からアグレッシブに奪いにいってチーム全体の勢いを出す」(池田太監督)というイメージを持って臨んだが、相手の流動的な動きに対して守備がはまらず、ワンチャンスを決められ、先制を許した。後半に修正して理想的な崩しで逆転したものの、終盤に3バックから4バックへの切り替えがうまくいかず、追加点を奪われてもおかしくないピンチもあった。

 デンマークはポルトガルよりも格上で、ワールドカップ本番で対戦する可能性がある「仮想ベスト16」の相手。北欧勢は伝統的に身体能力を生かしたダイナミックさが強みだが、近年は世界ランク3位のスウェーデンを筆頭に、戦術的にも高度な戦いを仕掛けてくる。そして、この試合の立ち上がりは、戦術的な駆け引きとフィジカル差を生かしたデンマークの”日本対策”に苦しむこととなった。

デンマーク女子代表
デンマーク女子代表

 3-4-2-1の日本に対して、デンマークは4-3-3。スピードと高さのある前線3人が日本の最終ラインに強くプレッシャーをかけてきた。

「最初の相手のプレスの掛け方を見て、(日本を)分析してきたな、と感じました。ピッチ状態が悪い中で、パスの少しのズレが重なってテンポが悪くなったり、細かいミスもありました」と、MF長谷川唯は振り返る。

 守備では、ポルトガル戦よりもスタート位置を下げて相手のスピードを封じようとしたが、立ち上がりは狙い通りにボールを奪えず、サイドから攻め込まれる時間が続いた。

 序盤に与えた3本のコーナーキックも、相手を勢いづかせた。空中戦では分が悪く、3本ともシュートに持ち込まれた。だが、日本はこの時間帯を粘り強く守ると、試合中に修正を図り、前半30分過ぎからは主導権を奪い返した。池田監督は選手間のコミュニケーションと修正を促すために、「少し(指示を)我慢した部分もあった」と、選手たちにある程度判断を委ねていたことを明かしている。

 後半は、効果的なワンタッチパスやサイドチェンジを交えた日本らしい攻撃も見られ、両ウイングバックのDF清水梨紗とMF遠藤純の攻撃参加も増加。だが、最後のクロスが合わず、ゴールネットを揺らすことができない。

左サイドで起点となった遠藤純
左サイドで起点となった遠藤純

 そして、両チームスコアレスで迎えた78分。日本が前がかりになった背後を突かれる形で、デンマーク陣内の深い位置からロングボールを蹴られる。中央にカバーに入ったDF南萌華がMFジャンニ・トムセンの前に体を入れ、倒れ込みながら頭でGK山下杏也加にバックパスを送ったが、飛び出した山下との呼吸が合わず、ボールはゴールに一直線。これが痛恨のオウンゴールとなり、先制点を献上した。

 南は試合後、「ああいう一本のミスで試合が決まってしまう。難しいことをしないでクリアという判断が一番だったと思います」と、悔やみきれない様子だった。

 終盤、リードを奪ったデンマークは自陣で守備を固めて日本の攻撃をシャットアウト。途中交代のMF宮澤ひなたやFW浜野まいかが積極的にゴールに迫ったが、焦りもあってか攻撃が単調になり、クロスは長身のディフェンダー陣にことごとく跳ね返され、そのまま試合は終了。90分間を通じてデンマークの枠内シュートは「0」(日本は2本)に抑えていただけに、受け入れ難い結果となってしまった。

 ボール保持率で上回りながらゴールが奪えず、逆にワンチャンスでゴールを奪われるーー。3月にアメリカで行われた4カ国対抗戦「シービリーブスカップ」では、ブラジル戦とアメリカ戦(いずれもスコアは0-1)でも同じような形で敗れている。

 それでも、アメリカやブラジルよりもゴールに迫る回数が多く、いくつかの攻撃の「型」を示すことはできた。

 だが、今回対戦したデンマークは組織的かつ戦略的に日本の良さを封じにきた。そして、その壁を越えることができなかった。

浜野まいか
浜野まいか

 同じように1点が遠い試合を、なでしこジャパンは何度も経験してきた。印象に残っているのは、2019年のフランスワールドカップのグループステージ初戦・アルゼンチン戦だ。

 アルゼンチンは男子の強豪国だが、女子では日本の方がFIFAランクは上で、なんとしても勝ち点3を取りたい相手だった。しかし、日本は圧倒的にボールを保持しながらも、「勝ち点1」を狙って自陣に閉じこもった相手の堅守をこじ開けられず、スコアレスドローに終わった。

 そのように、ワールドカップは親善試合とは違い、どの国もあらゆる手を使って勝ち点を奪いにくる。また、強豪国は勝負どころを逃さずに先制点を奪い、したたかに時間を使って試合をコントロールする。

 試合後、池田監督は「1点の分かれ目になるプレーなど、勝負の厳しさを学んだ試合になった」とコメント。一方、収穫として、いろいろな選手の組み合わせを試せたこと、中3日のW杯本大会を想定したシチュエーションで戦えたこと、オフザピッチのコミュニケーションが活発になったことなどを挙げた。

池田監督
池田監督写真:ムツ・カワモリ/アフロ

【欧州勢の壁】

 国際大会で、同じような苦渋を味わってきたDF熊谷紗希の一言には重みがあった。

「本大会なら私たちはここで帰国になります。世界を取るにはヨーロッパを絶対に倒さないといけないので。自分も含めて、全員がチームに帰ってもう一度パワーアップしなければいけないと感じます」

 国際大会で欧州勢が国際競争力を高めている背景には、プレー環境が向上していることもあるが、「立ち位置で相手の優位に立つ」という考え方が浸透していることもあるだろう。

 ヨーロッパでプレーする選手に話を聞くと、そのリアルな実態が見えてくる。トッテナム(イングランド)でプレーするFW岩渕真奈は、「所属チームでも戦術、システム、戦い方はすごく教え込まれているし、その中でフィジカルの強いチームが、試合中に戦い方をコロコロ変えてくる。戦術勝負となってくる中で、選手同士が臨機応変に解決できるようにやっていかないといけないと思います」と、危機感を口にした。

岩渕真奈
岩渕真奈写真:ムツ・カワモリ/アフロ

 また、マンチェスター・シティ(イングランド)に所属する長谷川は以前、ヨーロッパのクラブチームの練習の傾向についてこう語っていた。

「相手を分析した上でこう戦う、という戦術練習をしっかりやっています。相手のプレスによってボールの動かし方を変えたり、回し方によってプレスの掛け方も明確に提示されるのが印象的でした」

 海外勢に対してフィジカル面で優位に立ちづらい日本が、ポジショニングや戦術面でも優位に立てないとなると、かなり厳しい戦いが予想される。

 そんな中で、日本も従来の4バックに加えて昨年末から3バックのオプションを積み上げ、前線からのハイプレスや中盤でブロックを作る守備など、戦い方の引き出しを増やしている。ワールドカップに向けてチーム全体でその共通理解を高めつつ、試合の中でスイッチの切り替えをよりスムーズに行えるようにしていきたい。

 今回の2連戦はワールドカップメンバー発表前最後の試合で、メンバー23人を見極める場でもあった。拮抗した展開の中で、交代枠は2試合とも使い切らず、ピッチに立てなかった選手もいる。だが、池田監督は「オフザピッチやベンチでの準備、言動も含めてチームにプラスになる」ことを重視。6月のメンバー発表はそうした面も考慮されるだろう。

 ヨーロッパ、アメリカ、WEリーグと、選手たちの所属リーグのシーズンが重なるこれからの時期は、各選手の所属チームでの活躍と、トップレベルで戦えるフィジカルやコンディション維持が鍵になりそうだ。活躍次第では、“サプライズ選出”もあるかもしれない。

 なでしこジャパンはこの後、6月のメンバー発表を経て、7月に国内で最後の親善試合を行い、ワールドカップに向かう。

*表記のない写真は筆者撮影

(取材協力:ひかりのくに)

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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