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女子サッカーの強豪校、常盤木学園高校。その風変わりな練習風景には理由があった(2)

松原渓スポーツジャーナリスト
多様性に富む選手の個性を活かすべく、言葉のかけ方は一人ひとり違う(c)松原渓

宮城県を代表する女子サッカー強豪校、常盤木学園高校。 

1992年に始まった全日本高校女子サッカー選手権大会で、出場校中、最多のタイトル数を誇る常盤木は、2011年の女子ワールドカップ優勝メンバーである鮫島彩、田中明日菜(以上、INAC神戸レオネッサ)、熊谷紗希(オリンピック・リヨン)らを筆頭に、現在も多くの選手をなでしこジャパンや年代別代表に送り出している。

現在、なでしこリーグ1部の10チームで、常盤木学園の卒業生は36名にものぼる。2部やチャレンジリーグを加えると、その数はさらに増える。

女子サッカーの強豪校、常盤木学園高校。その風変わりな練習風景には理由があった(1)

1995年、同校に女子サッカー部を創設し、以来、23年間指導を続けてきた阿部由晴監督に、指導する上で大切にしていることをうかがった。

常盤木学園の校内にはこれまでに獲得してきた数々のトロフィーが並ぶ
常盤木学園の校内にはこれまでに獲得してきた数々のトロフィーが並ぶ

【阿部由晴監督インタビュー】

ーー常盤木学園高校を指導されて、今年で何年目ですか?

23年目ですね。

ーー現在、なでしこジャパンには常盤木出身のディフェンダーの選手が多く選ばれていますが、いかがですか?

元々ディフェンダーだった選手もいますが、どちらかというと卒業してからコンバートされてディフェンスをやる選手が多いですね。(元々、攻撃的なポジションだった)サメ(鮫島)がコンバートで成功したこともあって、そういう選手が増えたのかな、と思います。

ただ、卒業した後はその選手に対する責任がなくなるので、普通の人として見るようになりますね(笑)。新しいチームの監督や、なでしこジャパンの監督にお任せしています。指導している在校生とは責任の度合いが(卒業生とは)違うんですよ。(在校生が)年代別代表に呼ばれれば、チームに戻ってきた時に、それなりの責任を持って指導していかなければいけないですからね。

ーー常盤木学園高校では、対戦相手のスカウティングも選手自身が行なっていますが、阿部監督はどのように関わっているのでしょうか?

こちらから選手に要求することはないですよ。私がミーティングに入ると、全て私の形になってしまうから、あえて入らないようにしています。私がこうだ、と思っても、選手から見れば違う場合もありますからね。

でも、大枠の方向性は決めます。たとえば、「スペースを活用すること」とか、「まずは(ピッチを)ワイドに使って、そこからどうするのか」とか。線は一つですが、そこから自由に枝を広げてほしいと思っています。私の話を聞いていない選手もいますけれど、それも自由ですから(笑)。ただ、その「線」のキャパシティをどれだけ指導者が持っているかが大切だと思います。

選手たちにこまめに声をかける阿部監督
選手たちにこまめに声をかける阿部監督

ーー試合中、選手たちが積極的に声を出さない理由を教えていただけますか?

守備をする時に声が必要な場面はありますが、攻撃に声が必要だとは思いません。サッカーは見て、判断することが大切な競技ですから、いちいち声を出していたら相手にバレますよね。今はちょっとしたスピードが勝負を分ける時代ですから、ノールックでも正確にパスが出せることや、味方の動きを見てプレーを決めていくことが大切だと思っています。それに、2010年の南アフリカワールドカップでブブゼラ問題(南アフリカの民族楽器で、応援の際に出す観客席からの大音量が問題になった)がありましたが、あんな環境でサッカーをやったら何も聞こえませんよね。ブーイングされることもあるだろうし、どのような環境でもプレーできるようになってほしいです。

ーー世界で戦える選手を育てるために、普段からプレッシャーへの対応については、どのようにアプローチされていますか?

プレッシャーに強いのは日本人の特徴だと思いますよ。日本は権力を持った女性が国を統治していた時代もありましたから、世界の中でも女性の意志が強い国の一つだと思うんです。そういう歴史の話をすることもあります。芯がしっかりすれば、揺るぎない、プレッシャーに強い選手になっていくと思います。

ーー勝者のメンタリティーを培うために、どのような指導を心がけていらっしゃいますか?

失敗のイメージを描かず、常に成功のイメージを描ける、それがトップアスリートだと考えています。大切なことは、意識の持っていき方だと思います。たとえば、(個人競技で)優秀な選手がたくさんいるのに、ある選手よりも上に行けない場合、それは意識レベルの問題だと思います。こちらからみると(勝ち続けている選手は)「勝負強い」という見方になりますが、本人は自分のパフォーマンスの完成度を求めているに過ぎないと思うんです。

用具の準備や片付けなどはすべて3年生が行う
用具の準備や片付けなどはすべて3年生が行う

ーー常盤木学園高校では3年生が率先して準備や片付けをしたり、1年生に敬語を使わせないなど、上下関係を撤廃していますが、その目的と、指導において意識されていることを教えてください。

年上の選手が、年下の選手に生意気を言われることだってあります。でも、そこで腹を立てていたら、その選手はそれ以上のレベルにはいけない。強い者が強いフリをすることは『弱い』ということです。トップの人間として、与えられた環境でしっかり自分の心をコントロールするように伝えています。ですから、強い生徒を抑えなければいけない場合があります。

うまくいっていない選手も、どこかで状況が変わるかもしれません。それは、サッカーとは関係ないことがきっかけかもしれない。サッカーがすべてではないんです。「どうせ試合に出られないから」なんて思っていてはダメで、いつでも出られる感覚でいなければいけない、と伝えています。「どうせ…」と思う選手がいると、チームは勝てません。その考え方が周りに悪い影響を与えていることも、しっかり教えなければいけないんですよ。

ーー女子選手を指導する上で、気をつけていることはありますか?

(女子選手は)好き嫌いが激しいですね。そして、表にそれを出さない。嫌いなくせに好きと言ったり、平気で嘘をつきますからね(笑)。ただ、そんなことでこっちが悩んでいてもダメなんです。地のままで接するしかないんです。その上で、こちらはどんな選手も平等に公平に見て、選手に(自分に対して)変なわだかまりを持たせないようにしています。

ーー組織として、チームを強くするためには、どのようなことが大切だと考えていらっしゃいますか?

現在52人の部員がいますが、みんなが同じではなく、先発する11人の色があって、その下にいる選手たちにも一人ひとりの色があります。試合数を重ねることが必要な選手もいるし、トレーニングを増やすことが必要な選手もいる。そこをうまく見極めます。練習は、量よりも質を上げることが大切ですし、その質をどこで発揮していくかが大切です。

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インタビューの後、常盤木学園高校のトレーニングを取材した。

常盤木のトレーニングには、他の学校やクラブチームにはない、ユニークな習慣がいたるところにあった。

女子サッカーの強豪校、常盤木学園高校。その風変わりな練習風景には理由があった(1)

特に、選手たち自身が映像を見ながら相手のスカウティングをする習慣は、個々がサッカーへの理解を深め、選手としての引き出しを増やすという点で、同校が世界で戦う代表選手を多く輩出している大きな理由でもあると感じた。

5月30日に発表されたなでしこジャパンのオランダ・ベルギー遠征のメンバーは、ディフェンダーの7人中4人(鮫島彩、熊谷紗希、中村楓、市瀬菜々)が常盤木学園高校の卒業生である。

なでしこジャパンは、6月9日(金)にオランダ女子代表、13日(火)にベルギー女子代表との親善試合を行う。 

なでしこジャパンとオランダ女子代表の一戦は、BS日テレで、6月10日(土)1:20より、ベルギー女子代表戦は6月14日(水)2:50より生中継される(いずれも日本時間)。

異なる個性が光る、常盤木学園高校出身の4選手の活躍を期待したい。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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