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女子サッカーの強豪校、常盤木学園高校。その風変わりな練習風景には理由があった(1)

松原渓スポーツジャーナリスト
なでしこジャパンにも多くの選手を送り出してきた(左から熊谷紗希、鮫島彩)(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

【一風変わった練習風景】

夜7時。すっかり陽が落ち、小雨が降る初夏のグラウンドを、ライトが煌々と照らし始めた。

授業を終え、寮からマイクロバスに乗って約40分をかけてグラウンドに到着した選手たちは、トレーニングウェアに着替えてポツポツと姿を現した。テキパキと準備を進めると、各々がアップを開始。50名を超える部員で、みるみるうちにグラウンドは人口密度が高くなった。

しかし、体育会系ならではの大きな掛け声での準備運動や、整列して何かを始める、といった光景はまったくと言っていいほど見られない。選手たちは個別に、基礎練習やシュート練習など、異なるトレーニングメニューをそれぞれのペースでこなしていた。

一見バラバラにも見えるのに、整然とした印象を与えるのは、全員が同じ目的をしっかり共有できているからだろう。

アップが終わると、男子中学生チームとの練習試合が始まった。

体格が一回り大きく、スピードのある男子中学生相手に、丁寧にパスをつなぎ、攻撃を組み立てていく。

しかし、グラウンドに響くのは相手チームの声ばかり。

試合に出ていない選手たちは試合に目もくれず、グラウンドの外で黙々と自らの練習に集中している。

グラウンド脇に設置されたスピーカーからは、ワーグナーのタンホイザー行進曲が、試合の邪魔にならない程度にBGMとして流れ、荘厳な雰囲気を作り出していた。

これが、宮城県を代表する女子サッカーの強豪校、常盤木学園高校(以下:常盤木)の練習風景だ。

【23年間の歴史で培われた「常盤木流」】

全国優勝5回、準優勝6回。 

1992年に始まった全日本高校女子サッカー選手権大会で、出場校中、最多のタイトル数を誇る常盤木は、2011年の女子ワールドカップ優勝メンバーである鮫島彩、田中明日菜、熊谷紗希らを筆頭に、現在も多くのタレントをなでしこジャパンや年代別代表に送り出している。

常盤木は2010年から、なでしこリーグに参入した。現在はなでしこリーグ3部にあたるチャレンジリーグに所属しており、大学のサッカー部やクラブチームを相手に週末のリーグ戦を戦っている。

1995年、同校に女子サッカー部を創設し、以来、23年間指導を続けてきたのが、阿部由晴監督だ。

同校で体育教諭も務める阿部監督は、サッカーの指導者である前に、教育者であることを印象づける。

様々なたとえ話や雑学を混じえて、話をする相手を前のめりにさせる。今回のインタビュー中も、話題はサッカーにとどまらず、歴史や文化の話にまで広がった。熱がこもってくると、ダジャレでオチを作り、場を和ませる。

男子中学生との試合中、グラウンド脇のパイプ椅子に腰掛けた阿部監督が、チームのエースである沖野くれあに対し、メガホン片手に強烈な勢いで活を入れた。当事者でない筆者でさえ、怖いと思う迫力があった。一方で、試合に出ていない選手を見つけるとジョークを飛ばし、笑わせる。選手一人ひとりに合った声のかけ方をしているのだと分かった。

「現在52人の部員がいますが、みんなが同じではなく、先発する11人の色があって、その下にいる選手たちにも一人ひとりの色があります。試合数を重ねることが必要な選手もいるし、トレーニングを増やすことが必要な選手もいる。そこをうまく見極めます」(阿部監督)

常盤木を卒業した選手たちのスタイルが多様性に富んでいるのは、その指導の賜物だろう。

練習や試合中の「声」が少ないことについて、阿部監督は次のように理由を話す。

「守備をする時に声が必要な場面はありますが、攻撃に声が必要だとは思いません。サッカーは見て、判断することが大切な競技ですから、いちいち声を出していたら相手にバレますよね。今はちょっとしたスピードが勝負を分ける時代ですから、ノールックでも正確にパスが出せることや、味方の動きを見てプレーを決めていくことが大切だと思っています。それに、2010年の南アフリカワールドカップでブブゼラ問題(南アフリカの民族楽器で、応援の際に出す観客席からの大音量が問題になった)がありましたが、あんな環境でサッカーをやったら何も聞こえませんよね。ブーイングされることもあるだろうし、どのような環境でもプレーできるようになってほしいです」(阿部監督)

声を出さずともパスをスムーズにつなぐためには、声を出す場合よりもさらに濃密な連携を要する。

2013年の初め頃、当時、常盤木のエースだったFW道上彩花(INAC神戸レオネッサ)は、「あえて声を出さないようにしているわけではない」ことを強調しつつ、

「日頃から一緒に生活しているので、チームメイトとのコンタクトやコミュニケーションが非常によくとれている」(道上)

と、話していた。常盤木のサッカー部に入学する選手たちは、トップレベルの環境を目指して親元を離れ、寮生活を送っている生徒が多い。日頃から生活を共にしている仲間だからこそ生まれる阿吽(あうん)の呼吸も、ピッチ内の連携の良さに表れている。

また、相手チームのスカウティングは、選手たち自身で行う。一昨年に常盤木を卒業し、今年4月になでしこジャパンに初招集されたDF市瀬菜々(マイナビベガルタ仙台レディース)は次のように話していた。

「常盤木では、自分たちでサッカーについて考えることを学びました。クラブチームだと、(対戦相手の)スカウティングをしてくださるコーチがいますが、高校時代はスカウティングも全て自分たちでしていたんです。試合後も4時間近くビデオを見ながらミーティングをしていましたね」(市瀬)

共に過ごせる時間を有効に使い、試合映像を見直して自分たちのプレーと徹底的に向かい合う。そうやって連携や状況判断の質を高めながら、同時にサッカーへの理解を深めていく。国際試合で戦う代表選手が多く輩出される背景には、個々の資質や才能だけに頼らない、このような日々の取り組みがあった。

オフザピッチにも、「常盤木流」は存在する。

1年生は、入部当初から3年生に対して敬語を使わず、ボール磨きやグラウンド整備、片付けに至るまで、すべて3年生が率先して行う。日本の部活動に根強く残る上下関係や年功序列は、常盤木ではむしろ「逆転」している。そうすることの意図を、選手たちも理解している。

「年上の選手が、年下の選手に生意気を言われることだってあります。でも、そこで腹を立てていたら、その選手はそれ以上のレベルにはいけない。強い者が強いフリをすることは『弱い』ということです。トップの人間として、与えられた環境でしっかり自分の心をコントロールするように伝えています」(阿部監督)

率先して行動を起こし、偉(えら)ぶらない3年生に対し、1年生は自然と尊敬の念を抱くようになるという。阿部監督は「私も、生徒からいつも勉強していますから」と話す。

グラウンドに立てば、年齢は関係ない。激しい競争を勝ち抜いてポジションを勝ち獲るために、選手たちは自分の心とも向き合っている。

【高校女子サッカー界のレベルアップがもたらすもの】

最後に、今後、女子サッカー界で常盤木が目指すものを阿部監督に問うと、即答で「うちは踏み台ですから」と返ってきた。

常盤木が所属するチャレンジリーグの上位チームには、2部に昇格する資格が与えられるが、常盤木は元々、昇格することを目標にしていない。

日本が世界でトップレベルの女子サッカー強豪国になるためには、より整った環境で選手を強化・育成できる社会人チームを増やすことが不可欠であり、なでしこリーグは、高校年代のチームである常盤木が残れないぐらいのレベルでなければならないと、阿部監督は考えている。

そのための「踏み台になる」ということだ。

一方で、高校女子サッカー界に目を移すと、近年は選手権やインターハイで上位に名乗りを上げる強豪校が多様化し、群雄割拠の傾向にある。そんな中、ここ数年は常盤木もチャンピオンの座を明け渡しており、2012年大会を最後に4大会連続で涙を呑んでいる。

それは、なでしこジャパンがワールドカップで優勝した2011年以降、女子サッカー部を持つ高校の数が右肩上がりに増えていることと無関係ではないだろう。全国高等学校体育連盟(高体連)に登録しているプレイヤー数は、2011年は8234人だったが、2016年には11000人を突破(※)した。

しかし、受け継がれてきた「常盤木流」の伝統は色あせることない。卒業生たちは大学やクラブチームなど、それぞれの場所で活躍しており、現在、なでしこリーグ1部の10チームで、常盤木学園の卒業生は36名にものぼる。2部やチャレンジリーグを加えると、その数はさらに増える。

高校の3年間をいかに過ごすかは、その後のサッカー人生を決める上で、特に重要である。

再び日本一を目指す常盤木学園の今後、そして、強豪校がしのぎを削る高校女子サッカー界からも目が離せない。

(※)公益財団法人全国高等学校体育連盟ホームページ内の統計資料(http://www.zen-koutairen.com/f_regist.html)による。この資料によると、女子サッカー部を持つ高校の数は、2011年に482校だったが、2016年には615校に増加している。

(2)【阿部由晴監督インタビュー】に続く

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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