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無修正わいせつ動画をネット販売の男 なぜ初適用の「AV新法」で逮捕された?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 動画販売サイト「FC2コンテンツマーケット」で無修正のわいせつ動画を販売していた映像制作会社の男が「AV新法」違反の容疑で警視庁に逮捕された。6月の施行から半年を経て、全国初の適用例となる。

撮影前の規制内容は?

 AV新法は「AV出演被害防止・救済法」とも呼ばれ、アダルトビデオ作品1本ごとに出演契約の締結を求めるほか、意に反する性行為を禁止するなど、制作者側を縛る法律となっている。年齢や性別に関わりなく、全ての出演者が保護される。

 対象となる作品は、撮影、編集を経て販売や配信、公表されるものであれば、大手メーカーの適正AVだけでなく、個人撮影や同人サークルによるものも含まれる。無料配信の作品も含まれるし、モザイク処理の有無も問わない。撮影前の主な規制内容を挙げると、次のようなものだ。

(1) 出演契約の締結前に、出演者に対し、製作者や販売・配信者の氏名、会社名、住所、撮影の予定日時、場所、撮影の対象となる性行為の具体的内容、発売や配信の具体的方法や期間など、法令が定める出演契約事項を漏れなく正しく記載した契約書の案を示し、その内容について丁寧に、分かりやすく説明すること

(2) 出演契約の締結前に、出演者に対し、後記(4)~(15)の解除権や取消し権など、法令が定める必要事項を漏れなく正しく記載した説明書面を交付し、その内容について丁寧に、分かりやすく説明すること

【刑罰】説明書面を全く交付しなかったり、交付した説明書面に必要事項の記載が漏れていたり、虚偽の記載がある場合、最高で懲役6か月、罰金だと100万円以下(両者の併科も可能)

(3) 出演契約の締結後、速やかに、出演者に対し、(1)の出演契約事項を漏れなく正しく記載した契約書を交付すること

【刑罰】契約書を全く交付しなかったり、交付した契約書に出演契約事項の記載が漏れていたり、虚偽の記載がある場合、最高で懲役6か月、罰金だと100万円以下(両者の併科も可能)

(4) (2)の説明書面や(3)の契約書を交付した日から1か月間は撮影禁止

 説明書面や契約書は、必ずしも紙のものを手渡す必要はなく、PDFファイルなどの電子データを出演者にメールで送信し、提供しても構わない。

写真:アフロ

撮影後の規制内容や契約の解除・取消し

 撮影後にも様々な規制があり、出演者による契約の解除や取消しに関する規定も設けられている。主なものを挙げると、次のとおりだ。

販売・配信前の規制

(5) 出演者に対し、事前に販売・配信する出演シーンを確認させること

(6) 全ての撮影の終了日から4か月間は販売や配信を禁止

無効な契約条項と解除・取消し

(7) AV作品1本ごとに内容が特定されていない契約条項は無効

(8) 「出演者がドタキャンしたら製作者側に10万円を支払う」といった出演者の違約金などを定めた契約条項は無効

(9) 「出演者が妊娠しても関知しない」といった製作者側の損害賠償責任を軽減する条項は無効

(10) 出演者の権利を制限し、義務を加重する条項は無効

(11) 出演者は、(4)~(6)に違反があれば、直ちに契約を解除でき、損害賠償責任も負わない

(12) 出演者は、販売や配信から1年間(2024年6月までは2年間)、無条件で契約を解除でき、損害賠償責任も負わない

(13) 出演者の契約解除を妨害するため、解除権などについて事実に反することを告げたり、威迫したり、困惑させたりすることを禁止

【刑罰】違反した場合、最高で懲役3年、罰金だと300万円以下(両者の併科も可能)

(14) 出演者は、(1)~(3)に違反があれば、契約を取消しできる

(15) 出演者は、契約の取消しや解除に伴い、AV作品の販売や配信の停止などを請求できる

写真:當舎慎悟/アフロ

どのような事案?

 以上のとおり、AV新法による規制はかなり厳しい。出演者が多かったり、業界慣れしていない新人の出演者だと、それだけ「お蔵入り」のリスクが高まる。契約後、すぐに撮影に入れず、作品が完成しても直ちに販売できないから、製作者側としても警戒せざるを得ない。出演者ら業界関係者が仕事を失うなど、適正AVへの悪影響も指摘されている。

 4月から成人年齢が18歳に引き下げられ、親の承諾なしでAVに出演できるようになったことなどを踏まえ、議員立法で拙速に制定された法律だが、適正AV業界などからは反対論や慎重論も根強く、施行後2年以内の施行状況を踏まえ、改めて必要な措置を講じることになっている。

 ただ、説明書面や契約書の事前交付に関する(2)(3)や契約解除の妨害行為に関する(13)のように、違反に対する処罰規定があるのも確かだ。FC2をわいせつ動画配信の温床として目の敵とし、ここ数年、著名な製作者らを次々と検挙している警察としても、AV新法による一罰百戒を狙い、みせしめ的な摘発を目論んでいたところだった。

 今回の男は、2016年から約6年間で300本超の無修正AVをネット販売し、約8200万円を売り上げていたとされ、まずはわいせつな動画データを販売サイト上で公開したという容疑で警視庁に逮捕された。

 男はその事件で12月2日に起訴されており、6日までに行われたAV新法による立件は再逮捕に当たる。8~10月にかけて7本のAVを制作した際、4~15万円の出演料で出演した20~50代の女性3人に対し、契約書を交付しなかったという(3)の容疑だ。

 いずれも無修正の作品だったが、女性らには知らされておらず、女性らは「分かっていたら出演しなかった」と供述しているという。男は容疑を認めているが、多数の余罪が見込まれる。

 警察としても、「いわくつき」の制定経過をたどったAV新法だけに、全国初の摘発例として、適正AV業界からクレームがつかないような悪質で無難な事件を選んだといえるだろう。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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