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「餃子の王将」社長射殺事件で男を逮捕 決め手は吸い殻か、今後の捜査の焦点は

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 「餃子の王将」を展開する「王将フードサービス」の当時の社長が何者かに射殺されてから9年。警察は工藤会系暴力団幹部の男を実行役とみて、殺人と銃刀法違反の容疑で逮捕した。今後の捜査の焦点は――。

長期にわたる捜査と9年越しの逮捕

 2013年12月19日早朝、京都にある王将本社前の駐車場で、腹や胸をけん銃で4発撃たれ、心肺停止の状態で倒れている社長が発見された。1人で車を運転して出勤し、車から降りたところを至近距離から射殺されたとみられる。

 しかし、目撃者はおらず、現場付近の防犯カメラにも車に近づいてすぐに離れる人影や現場から遠ざかるバイクのライトが不鮮明に撮影されているだけだった。押収された薬きょうなどから凶器は25口径の自動式けん銃と判明したものの、発見には至らず、直接的な証拠がない中、捜査は難航を極めた。

 そうした中で警察は、長期にわたる地道な捜査の結果、少なくとも次のような事実を積み上げ、9年越しの逮捕に至った模様だ。

(1) 確実に急所を狙って全て命中させており、けん銃の扱いに慣れた暴力団関係者らによる犯行とみられる。

(2) 男は2019年に銃刀法違反などで懲役10年の有罪判決を受けているが、2008年にゼネコン社員らが乗る車をけん銃で4発撃ち、原付バイクで逃げた事件の実行役であり、工藤会系組員らと共謀するなど組織的な関与もうかがえ、今回の事件と手口などが類似している。

(3) 現場周辺の防犯カメラのリレー捜査により、今回の事件で逃走に使用されたとみられる盗難バイクが数キロ離れた駐輪場で発見され、ハンドルから硝煙反応も検出された。

(4) このバイクの近くからナンバープレートを付け替えた不審なミニバイクが発見され、現場周辺の防犯カメラには、事件当日、不審な車両と並走する姿が撮影されていた。

(5) バイクもミニバイクも同じ日に京都府内で盗まれたもので、ミニバイクが盗まれた現場の防犯カメラには、福岡・久留米ナンバーの車両から降りた人物が盗む様子が撮影されていた。

(6) この車両は工藤会が拠点を置く九州で発見されており、所有者は九州の暴力団関係者で男と接点があった。

(7) 現場付近の通路から押収した吸い殻を鑑定した結果、男のDNA型と一致するという鑑定結果が出た上、たばこも男が普段から吸っている銘柄だった。

同じ轍を踏みたくない捜査当局

 中でも決め手となるのは、(7)の吸い殻の点だろう。ただ、DNA型が一致したとしても、いつ捨てられた吸い殻なのか、本人が捨てたものに間違いないのか、だからといって殺害に関与しているとまで断定できるのかといった問題が残る。

 現に重要な物証である吸い殻が裁判で問題となり、死刑判決が一転して最高裁で破棄され、差し戻し後の2017年に無罪が確定した大阪の平野母子殺害事件のような例もある。母子が暮らすマンションの階段の灰皿から大量の吸い殻が押収され、1本から事件への関与を否認する被告人のDNA型が検出された。しかし、最高裁は、事件当日に押収されたはずの吸い殻が茶色く変色しており、かなり以前に捨てられた可能性もあるとして、地裁に審理を差し戻した。

 捜査当局は同じ轍を踏みたくないはずだ。今回のような難事件の場合、警察は送検のはるか以前から検察に捜査資料のコピーなどを提供し、立件の可否について相談しているし、検察からも立証上の問題点などを指摘し、補充捜査を求めている。

 当然ながら検察は、平野母子殺害事件のような失敗例を意識し、2015年にDNA型の一致が判明していたという(7)の吸い殻について、事件直前に男が現場で自ら捨てたものだと認定できるような「もう一段上」の証拠が必要だと考え、警察に指揮したはずだし、警察もその必要性を理解していたことだろう。

 現に警察は、専門家の協力を得た上で、たばこの燃焼状況の実験まで行っており、最近になって、小雨により湿っていた事件当時の地面で消されたものと考えて矛盾しないといった鑑定結果を得たという。

今後の捜査の焦点

 とは言え、それだけで男が殺害に及んだと断定するには飛躍がある。逮捕はゴールではなく、起訴されて裁判で有罪を得るところまで見極めなければならない。そのためにも警察は、事件前後の男の足取りを丹念に追い、犯行時間帯に別の場所にいた可能性はないといったアリバイの吟味に時間を費やしたはずだ。

 現場付近や周辺の防犯カメラの解析などから、犯行時間帯の前後に犯行現場に出入りした人物を特定した上で、軒並み潰し、社長の射殺が可能だった者は現場に吸い殻を捨てたとみられる男しかいないという裏付け捜査も慎重に行ったことだろう。

 それでも、事件に至った経緯や計画の内容、下見の状況、けん銃の入手経路、犯行の態様、逃走後の状況、犯行に要した資金の出どころ、動機や背景事情、依頼者や指示者、協力者など事件に関与した人物としてほかに誰がいるのか、全て明らかにされなければ、事件の解決に至ったとは言えない。今後の捜査の焦点は、まさしくそれらの事実を解明することにある。

 特に重要となるのが、動機や背景事情だ。警察は複数犯による犯行とみているが、男の逮捕容疑は「氏名不詳者と共謀の上」というもので、それが具体的に誰なのか、証拠に基づいて断定できる段階には至っていない。

 王将創業者らと特定の企業経営者との不適切な不動産取引などを巡り、王将側から200億円超の資金が流出しており、社長主導で内部調査を進め、関係解消を図ろうとしていた時期でもあったことから、報復として殺害されたのではないかという見方もあるが、いまだに社長と男や工藤会との接点が見えていない状況だ。

 工藤会は容疑を否認して警察と闘うことをポリシーとしている組織であり、黙秘や全面的な否認が予想される。現に男は、ゼネコン社員襲撃事件の捜査や裁判の際も否認を貫いており、動機が不明なまま、着衣や逃走に使用した原付きバイクの特徴などから実行役だったと認定され、有罪判決を受けている人物だ。

 京都府警は福岡県警と合同捜査本部を設置し、組織的な犯行を視野に入れ、関係先への徹底した捜索や関係者の事情聴取などを進める方針だという。男が実行役であることや指揮命令系統、事件の背景事情などを示す客観証拠がどれだけ得られるかが重要となるだろう。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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