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俳優ケヴィン・スペイシー氏、なぜ英検察は17年も前の性的暴行で訴追できた?【追記あり】

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:ロイター/アフロ)

 英検察当局は、映画「アメリカン・ビューティー」などで米アカデミー賞を2度受賞した米俳優ケヴィン・スペイシー氏を男性3人に対する性的暴行罪などの容疑で訴追した。2005~13年の事件だという。

 スペイシー氏は、2017年の告発を皮切りに、米英で複数の男性から性的被害の告発を受けてきた。今回の英検察による訴追は次のとおりであり、同氏がロンドンの名門劇場で芸術監督を務めていた時期と重なる。

2005年3月 ロンドンで現在40代の男性に2件の性的暴行罪

2008年8月 ロンドンで現在30代の男性に性的暴行罪と不同意性的行為罪

2013年4月 英南西部グロスターシャーで現在30代の男性に性的暴行罪

 英検察は、2018年から進められてきたロンドン警視庁による捜査を踏まえ、収集された証拠を慎重に検討したうえで訴追に至ったと説明している。

性犯罪に時効なし、「同意」の有無が重要

 これが日本であれば「時効の壁」により起訴できない。強制わいせつ罪で7年、強制性交等罪(旧強姦罪)でも10年で時効になるからだ。一方、英国では性犯罪に時効がない。17年も前の事件でも、証拠がそろっていれば訴追できる。しかも、暴行・脅迫の有無ではなく、被害者の「同意」の有無やそれに対する加害者の認識が重視されている。

 例えば、訴追の対象となった不同意性的行為罪は、相手が同意していると合理的に信じていないのに、同意なく故意に他人に性的行為をさせれば成立する。男性器を口に挿入したり、男性器や指、玩具などを肛門や膣に挿入していれば、最高で終身刑だ。それ以外の性的行為でも、正式起訴されて有罪評決を受けると、10年以下の拘禁刑に処される。

 同様に性的暴行罪は、相手が同意していると合理的に信じていないのに、同意なく故意に他人の身体に性的に接触するだけで成立する。こちらも正式起訴により有罪になれば、10年以下の拘禁刑だ。

 「同意」はその選択をする自由と能力がある本人によるものでなければならない。相手が同意していると信じたことが合理的か否かは、同意しているか確認するためにとったあらゆる手段を含む全事情を考慮して決められる。

 立証上の負担を考慮し、同意に関する推定規定まである。暴行・脅迫や監禁があれば当然のこと、薬物の影響や泥酔などで意識を失ったり、意思疎通が不能であればアウトだ。性的行為に応じたら劇場の舞台に出演させるなどと嘘をついてだましたような場合も、被害者の同意はなく、加害者も被害者が同意していると信じていなかったものとみなされる。

 ただし、英国は「51%ルール」、すなわち有罪の見込みが半分以上あれば起訴し、裁判という公の手続で決着をつける実務になっていることから、わが国よりも起訴率が高い一方で、有罪率は低い。性犯罪の場合、有罪率は60%を切っている。

 スペイシー氏は全ての容疑を否認している。同氏をめぐっては、2018年に米国で性的暴行罪による訴追が行われたものの、告発した男性が証言を拒否するなどした結果、取り下げられて終わっている。同氏は今回の訴追分についても自ら英国の裁判所に出廷し、潔白を明らかにしたいという。今後の展開が注目される。(了)

【追記】

 2023年7月26日、英国ロンドンの裁判所の陪審団は、訴追された全ての容疑についてスペイシー氏に無罪の評決を言い渡した。なお、わが国は、2023年7月13日施行の改正法により、強制わいせつ罪が不同意わいせつ罪に、強制性交等罪が不同意性交等罪に変わり、公訴時効の期間も延長されている。それでも、前者で7年が12年に、後者で10年が15年に延長され、被害者が18歳未満の場合には18歳に達する日までの期間分をこれらに加算するにとどまり、時効の撤廃までには至っていない。

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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