最高裁判所の裁判官に対する国民審査が告示された。衆院選と同じ10月31日に実施される。期日前投票も可能だ。形骸化した欠陥の多い制度だが、司法の頂点に民意を反映させる貴重な機会であることは確かだ。

過去に罷免はゼロ

 もっとも、国民審査制度が始まった1949年以降、24回の審査が行われたものの、誰ひとりとして罷免された裁判官はいない。不信任率は約6~8%、過去最高でも約15%にとどまる。

 というのも、辞めさせたい裁判官がいれば投票用紙に印刷された裁判官名の上部の欄に「×」を書く一方で、空欄の裁判官については「信任した」とみなされる制度になっているからだ。

 さらには、辞めさせたくない裁判官に「○」を書いたり、よく分からないということで「?」や「△」などを書けば、その投票用紙全体が無効となる。これらを除いた有効票のうち「×」が50%超である場合に限って辞めさせられるから、罷免のハードルは極めて高い。

 全てを空欄にする場合はもちろん、一部を空欄にして投票していても、積極的な信任ではなく、情報不足で判断できなかったとか、興味がないといった有権者も多くいるはずだ。

 あまり知られていないが、衆院選については投票し、国民審査だけ棄権することもできる。受付で選挙管理委員会の担当者に棄権すると告げ、国民審査用の投票用紙を受け取らないか、いったん受け取っても投票箱に入れず、担当者に返せばよい。

 全裁判官に関して一括して棄権できるだけで、A裁判官は不信任、B裁判官は棄権といったやり方はできないが、それでも棄権率が上がれば相対的に有効票数は減るから、不信任率が上がることだろう。司法に危機感を抱かせるため、常に全員に「×」を付ける人もいるほどだ。

誰がどう判断した?

 今回の国民審査の対象となる裁判官は11人だ。投票用紙には右から順に裁判官名が縦書きされている。その順序は次のとおりとなる。

(1) 深山卓也(元東京高裁長官・67歳)

(2) 岡正晶(弁護士・65歳)

(3) 宇賀克也(行政法学者・66歳)

(4) 堺徹(元東京高検検事長・63歳)

(5) 林道晴(元東京高裁長官・64歳)

(6) 岡村和美(元消費者庁長官・63歳)

(7) 三浦守(元大阪高検検事長・65歳)

(8) 草野耕一(弁護士・66歳)

(9) 渡邉惠理子(弁護士・62歳)

(10) 安浪亮介(元大阪高裁長官・64歳)

(11) 長嶺安政(元外交官・67歳)

 「憲法の番人」として彼らが関与した著名な憲法裁判や、そこでどのような判断が示されたのかを分類すると、次のようになる。

【平等原則】

●夫婦同姓を前提とした民法や戸籍法の規定は違憲か?

 (合憲)深山卓也、林道晴、岡村和美、長嶺安政

 (違憲)宇賀克也、草野耕一、三浦守(ただし別姓の婚姻届不受理は正当)

●性同一性障害の男性が戸籍上の性別を女性に変更するように求めたのに対し、すでに女性と婚姻していることを理由に国が認めなかったのは違憲か?

 (合憲)岡村和美、三浦守、草野耕一

●浮気が原因で女性同士の事実婚カップルが破局した場合、男女の夫婦と同じく法的に保護される関係として、慰謝料の支払い義務が生じるか?

 (生じる)岡村和美、三浦守、草野耕一

【選挙制度】

●1票の格差が最大1.98倍だった2017年の衆院選は違憲か?

 (合憲)深山卓也、三浦守

●1票の格差が最大3.002倍だった2019年の参院選は違憲か?

 (合憲)深山卓也、林道晴、岡村和美、草野耕一

 (違憲状態)三浦守

 (違憲)宇賀克也

●2019年の参院選で導入された比例代表の特定枠は違憲か?

 (合憲)岡村和美、三浦守、草野耕一

【政教分離】

●「孔子廟」に対する那覇市の公園使用料免除は違憲か?

 (違憲)深山卓也、宇賀克也、林道晴、岡村和美、三浦守、草野耕一

【表現の自由】

●「表現の不自由展」大阪会場の施設利用を認めるべきか?

 (認めるべき)宇賀克也、林道晴、長嶺安政

 また、最高裁は人権擁護の最後の砦でもあるから、次のとおり再審開始など刑事事件でも様々な判断が示されている。

【刑事事件】

●1966年の袴田事件で死刑が確定した袴田巌氏の再審開始を認めなかった高裁の判断は妥当か?

 (不当、直ちに再審を開始すべき)宇賀克也

 (不当、高裁で審理をやり直すべき)林道晴

●1979年の大崎事件で義弟を殺害したとして有罪になり、服役した女性の再審開始を認めた1、2審の判断は妥当か?

 (妥当でない)深山卓也

●1985年の松橋事件で男性を刃物で刺して殺害したとして有罪になり、服役した男性の再審開始を認めるべきか?

 (認めるべき)三浦守

●2003年に男性患者が死亡した湖東記念病院事件で有罪になり、服役した元看護助手の女性の再審開始を認めるべきか?

 (認めるべき)草野耕一

●GPS機器を相手の車に無断で取り付け、位置情報を把握するのは「見張り」に当たり、ストーカー規制法で有罪となるか?

 (無罪)深山卓也

●医師免許がないのに客にタトゥーを入れたら医療行為に当たり、医師法違反で有罪となるか?

 (無罪)岡村和美、草野耕一

 彼らは労働事件や一般の民事事件などの裁判にも関与しており、最高裁のホームページからその詳細を確認できる。

 もっとも、最高裁の裁判官は任命後に初めて行われる衆議院議員総選挙の際に国民審査を受ける決まりだから、就任直後に衆院選が行われれば、最高裁でこれといった実績がないまま国民審査を受けることになる。

 今回も、11人の裁判官のうち安浪亮介、渡邉惠理子裁判官の就任は今年7月、岡正晶、堺徹裁判官に至っては9月だから、今のところ彼ら4人が関与した著名な裁判はない。

 それでも国民審査を受けて信任されれば、以後の実績や判断内容を問わず、そのまま定年まで勤め上げることになる。10年経過後の再審査制度もあるが、60歳超で就任しているので、現実には70歳の定年まで再審査はない。最初で最後の機会である今回の国民審査が極めて重要となる。

有意義な制度にするために

 有権者にとって最大の問題は、判断材料が決定的に不足しているにもかかわらず、それでも辞めさせるべきか否かの判断を求められるという点だ。

 投票日の2日前までには選挙管理委員会が「審査公報」と呼ばれる新聞紙大の文書を全戸に配布し、裁判官の経歴などを紹介しているものの、いずれも「中立公正」といったごく当たり前のことを心構えにしており、代わり映えがしない。

 最高裁で関与した主要な裁判も掲載されているが、文章が硬すぎ、一般の有権者には理解しにくい。ましてや、最高裁入りする前に裁判官や検事、弁護士、官僚、学者として具体的にどのような仕事をしてきたのかまでは書かれていない。

 最高裁のホームページには各裁判官の趣味や愛読書、座右の銘などが挙げられているが、読書家だからといって適任とは限らない。政見放送のような制度はなく、マスコミの報道も国政を左右する衆院選に重きを置かれている。

 国民審査を有意義な制度にするためには、普段から最高裁の動向に関心を持つとともに、国民審査の前には各裁判官に関してインターネットで検索するなどし、国民自らが積極的に十分な情報収集を行う必要があるだろう。(了)